#実神鷹 ―魔術少年― 4
「一つ、忘れてた勢力があるんだけどね――」
屋上のドアを開けたところで、旭先輩が口を開いた。
「奇術っていうのがあるんだ。怪奇現象の奇に、魔術の術で奇術。奇術の勢力」
「奇術……っていうと、マジックと似た感じの印象ですけど」
「そう、奇術はマジック的な要素を持つよね。で、それの姉妹勢力みたいなのがあって、鬼に術で鬼術―――まあ読み方は同じなんだけどね」
鬼に、術で鬼術――。何とも恐ろしそうな術だ。いや、それともその勢力そのものを指しているのだろうか。どちらにしても……。
「嫌な名前だよね。うまく奇術と掛けちゃってさ」
そう言って旭先輩は苦笑する。僕もそれと同じような表情を返す。
この屋上の真下の教室では、今、合唱部が活動している。勿論、岡後さんも。
岡後さんを狙う勢力、つまり魔術少年の小束は、バレー部だそうだ。さっき、体育館でちらっとバレー部を見たときには、ちゃんと小束もいた。が、練習自体は大したことなく、むしろ楽そうだった。そのことを旭先輩に話すと、「バレー部は弱いからね~」とのこと。
「でも旭先輩、どっちかって言えば、小束をマークしてた方がいいんじゃないですか?」
「実神!」
「え?あ、はい!」
何でいきなり名字を呼び捨てで呼ばれるんだ。
「いい加減その”旭先輩”っていうのを止めなさい!長ったらしいし、よそよそしいし、鬱陶しい!ほら!他の呼び方を考える!」
また旭先輩の気まぐれが始まった。今度は名前の呼び方………。何が気に食わないのだろう。先輩に向かって、名字+さん付けというのは、……まあおかしくは無いだろうけど、どうも僕の性に合わないような気がする。と言うことで僕は、思いついた呼び方を言っていくことにした。
「旭さん……」
「よそよそしいなぁ。もうちょっとひねって」
「霞さん」
「名前になっただけ?全然ダメ」
「あさひっち……」
「ダサい……センス無い………」
「か…かすみたん……」
「90点、もうちょい」
ダメだ……。僕としては、『かすみたん』が最終兵器だったのに。リーサルウェポンだったのに…。めちゃくちゃ可愛いと思ったのに。もう思いつかないぞ。いっそのこと、全然関連が無い名前の方がいいか?
「き、……気まぐれちゃん……」
最後まで考えた僕がバカだった。
僕は忘れてたのだ。自分が考えた名前、例え変な名前をつけたとしても、旭先輩がそれがいいと言ったらそう呼ばなければいけないことを。
だから結局―――。
「か、かすみたん、こ、これからどうするつもりですか?」
「折角親しい呼び名にしたんだから、ですます口調も止めてよ。ね、実神」
ご覧の通りの呼び方になった。かすみたんは、やっぱり気が変わったらしい。さすが気まぐれ、猫のスペシャリストと陰では呼ばせて頂こう。僕の方はと言えば、『実神』で落ち着いた。ま、こっちはいいだろう。
「か、かすみたん、こ、これから、どうするん、だ?」
「とりあえず、彼の尾行をするよ!実神!」
何ていうか…………。
女将軍とその部下みたいな関係になってしまった。
今、男子バレー部は活動を終えて、生徒達が体育館から出てくる。1年の小束はまだ出てこない。
「小束はまだか……」
僕は、てっきり学校でバトルでも行われるものだと思っていたけど、その可能性は、旭……かすみたんによって否定された。
「学校にはCMMSっていう、能力を制御する機械があるんだよ。だから、学校でバトルなんか、したくてもできないよ」
そんな事も知らなかった僕は、てっきり学園バトルみたいな洒落た感じの話になると思っていた。
「あ、あれ、小束出てきま……じゃねえ、出てきた……」
「うん。多分、彼女――岡後さんを探してるんだよ」
「にしても、何で、か、かすみたんは今日あいつが動くって分かったんだ?」
「それは、上からの指令だよ」
けろりと言ってみせるかすみたん。
「魔女のほうが、魔術より序列が上だからね。あいつらの行動がそれなりに予知できるんだよ。勿論、私みたいなレベルの低い人じゃ無理だけど、もっと上の、高レベルの人たちが予知して、それを下に伝えるんだ」
「えっと、かすみたんは、レベルいくつなんですか?」
「レベル3だよ。この前、上がったばっかり」
レベルの最高は6という知識は持っていた僕だが、レベル3というのは、どれくらいの強さなのか、抽象的にしか理解できない。まあまあ強いんだろ、くらい。
「ってあれ?学校って、レベル2までの人しか通えないんじゃなかったっけ?」
入学説明の時にそんな事を言われたような記憶が、頭の片隅に残っている。
「それくらいどうにでもなるよ」
またも簡単に言うかすみたん。
「あ!岡後さんが出てきた――」
かすみたんが、校舎の出入り口を指さす。そこには、一人で歩いている岡後さんの姿があった。その岡後さんに、小束が歩み寄っていく。そして、二、三話した後、一緒に歩き出した。
かすみたんの行動は非常に迅速だった。僕が話しかけようとそちらを向くと、もうそこには誰も居なかった。それこそ、瞬間移動でも使ったんじゃないかと言いたい位――。
「遅いよ、実神!もう始まったんだ!」