#実神鷹 ―魔女― 1
5月2日がやってきた。
金曜日。つまり、明日は土曜日。すなわち、休日。さらに言うと、4連休。世間一般的に言えば、ゴールデンウィークだ。今年は3,4,5,6日が休みのタイプ。
五連休じゃないのが残念だが、去年はそうだったような気がする。うん。
だからと言って、別に僕の人生に大した変化は起きない。ただ、一日休日が少ないってだけ。
強いて言うなら、ゴールデンウィーク中の宿題をする時間が、24時間分短くなることが、僕の心配である。宿題の量は減らないし。
こんな感じで、僕は大した感慨もなく、ゴールデンウィークを待つ日を過ごすつもりだった。
――そうするつもりだった。だが。
世の中はそんな簡単にできてないのである。もっと複雑に―――色んな要素が絡み合っている。
それは昼休みの出来事。
僕が教室でボーっとしている時のことだ。
5月の昼過ぎの教室は暖かく、つい眠気を誘われる。
こりゃ寝れるな、と昼寝に洒落込もうと思ったその時、教室の後ろのドアの方から声が聞こえた。
「お~い実神く~ん」
女の子の声。さすがに無反応ではいられず、顔を上げた。が、そこにいたのは僕のよく知らない女生徒だった。
あれ――、2年生?
リボンの色が赤だ。つまり、学年が一つ上、先輩ということになる。だが生憎、僕は先輩方と仲良くないし、知り合いも居ないはずなんだけれど……。どうしようか、と迷っていると――
「お~い無視するな~お~い」
その先輩は教室に入ってきた。そして僕の席の前まで、その長い足で7歩程でやってくる。
「実神鷹、だね?うん。間違いないね。教室で一人なんてさぞかし暇でしょう?私が付き合ってあげるから、とりあえずこっちに来なさい。ほら、立って」
言われるがままに僕は立ち上がる。体が勝手に動いたのだ。そして、手を引っ張られ連れ去られていく。
「はいはいこっちこっち」
僕は抵抗もせず、されるがままに先輩に引っ張られていった。
人気の無い、校舎裏に連れて行かれた――。
一体何をされるんだ。一応、心構えをしておく。
「私、旭霞。2年1組だったっけな。うん。で、実神くん」
「はい?」
「『はい?』じゃないよ。自己紹介しなさい。年上のお姉さんに失礼です」
「は、はぁ……」
背中まで伸びた髪の毛、ストレート。大きめの瞳。そして、女子としては高めであろう身長―――165くらいあるだろうか?何というか、いかにもお姉さんといった感じ。
「実神鷹、1年1組です。趣味は麻雀です」
「うん、75点。合格。100点取れたら私とデートしましょうね」
何だかよく分からないが、自己紹介を採点された。75点、だそうだ。だいたい、僕の名前もクラスも知ってたんだから、今の僕の言葉は、自己紹介としての意味を全く持っていなかった。
だからって採点するのか。
デートの件はスルーしておいた。今の段階では、特に触れるべきでもないだろう。
「えと、何の用ですか?」
単刀直入に質問する。早く、目的を教えて欲しい。僕なんかに近づく、その理由を。
――あれ?というか、僕の周り、特殊な奴ばっかじゃないか?記憶喪失少女に、エスパー少女、超能力者の友達……。まさか、この先輩――旭先輩もそういう類の人間なのだろうか?
「うん。単刀直入な質問に、私も誠意を持って単刀直入に答えるよ。ずばり、私はあなたと話をすることが目的です!」
「世間話ですか?」
「10年早いよ。それに、もっと重要な話」
「重要……ですか」
「もう言っちゃうよ。ずばり、私はあなたの味方です」
「……………」
味方。みかた。ミカタ。見方?僕はその単語の意味を理解できない。意味は分かるが、意味が分からない。少なくとも、それがどういう見方――否、味方なのかということが。しかしそれも、次の言葉である程度は解消される。
「ある特定の状況において、実神くんが救済を必要とした時、私は実神くんを救済する義務がある。つまり、助ける義務。それが私にある。だから、私は実神くんの味方。少なくとも敵じゃない」
少なくとも、敵じゃない。
それを聞いて少し安堵する。だが、全ての疑問が解決されたわけではなかった。例えば―――
「ある特定の状況……というのは?」
「秘密事項」
「その義務って言うのは……」
「義務は義務。権利の対義語。噛み砕いて言えば、命令とも言えるかも」
つまり、旭先輩は誰かの命令によって動いてるということか。にしても命令って何だ。一体誰が高校生なんかに命令をするんだ。もしかして、政府の秘密プロジェクトとかで、旭先輩は国の人間なんかなのかもしれない。
そこにまで思考が至ったところで、昼休み終了を告げるチャイムが鳴る。
「あちゃー。鳴っちゃったね……。放課後も付き合ってもらうから、帰ったらダメだよ!」
「は、はい…」
そう言って先輩は行ってしまう。
校舎裏には、僕一人が残された。