♯岡後舞魅 ―家― 1
家に帰ると寂しくなる。
こんなのは特殊なのだろうか?
多分、特殊だろう。少なくとも、私のクラスにはそんな人は居ないだろう、と玄関の前で考えた。
がちゃり――。
聞きなれた音を聞き、敷地内に入る。相も変わらず無駄に大きな庭。扉までがとても遠い。
「お帰りなさいませ、舞魅様」
これももう聞き慣れた。人間なんてそんなものじゃないのかな。
きっとこんな感じだよ。
最初は不自然だと思っても、それを何回も続けると、それが当たり前に思えてくる。
学校のことも。人間関係のことも。家のことも。社会のことも。友達のことも。
私は、記憶のうちでは1ヶ月くらいしか生きてない。だから、私のこの思考は、この1ヶ月の中で得た知識、経験によって成されている。
「岡後さんって変わってるよね」
聞こえないように喋ってるつもりなのか、コソコソする女子の声。
私が変わってると言うなら、皆はどうなんだろう?
皆は普通なのか?私だけ変わってるのか?
私には判断材料が無い。いくら技術とスキルを持ち合わせていたとしても、何も無いところから何かを作ることはできない。
パティシエは、砂糖からお菓子を作るんだ。
なんちゃって。
がちゃ、と自分の部屋のドアを開ける。すると、見たことの無い黒い物体が目に付いた。ベッドと反対側の小さなデスクの上に置かれている。
「何これ?」
携帯電話の画面と同じような、というか、そのまま大きくしたような画面。よく見ると、脇に小さな機械が置いてある。私は鞄をベッドに放り出し、その小さな機械を手に取った。
「……えっと、電源…」
数字や文字の羅列とボタンがたくさん。何だこれ。
私がどうしようか悩んでいると、ドアがノックされた。歩美さんだ。
「舞魅さん?入ってもいいですか?」
「どうぞー。早く入ってきてくださーい」
「何ですか、早く入ってって」
歩美さんは笑いながらドアを開けて部屋に入る。
「歩美さん、これ何ですか?」
謎の黒い物体を指さして私は問いかける。すると歩美さんは「え、知らないの?」と不思議そうな表情をした。が、すぐ後に「あ、そっか」と訂正した。
「これ、テレビっていうの。見てみるといいよ。そのリモコン貸して」
「あ、はい」
これはリモコンっていうのか。
歩美さんがリモコンをテレビに向けて操作をすると、画面が明るくなって音が聞こえてきた。
「おおお、すごい!何これ!わぁぁ、すごい!」
「あはは、舞魅さんは反応が面白いね。テレビ初めて見た人ってこんなのなのかな?」
「歩美さん!これ、何やってるの!」
「ん、んと、これはバラエティ番組だね。面白い?」
「うん!とっても面白い!」
正直何をやってるのかはよく分からないけど、私は大きな画面で動く物体に興奮していた。
「これね、今日の昼に届いたんだ。舞魅さんはこれ見て、色々知識を付けた方がいいと思って」
「ありがとうっ!歩美さん!大好きっ!」
「どういたしまして」
歩美さんはニッコリ笑っていた。何だかすごく嬉しそうに見えた。
私がテレビの方を振り返った途端―――。テレビが消された。
「え、何で!?歩美さん、何で消したの!?」
「テレビはまた後で。今はお風呂に入ってください」
「そ、そんな……」
私はどうしてもテレビが見たい。もう完全にテレビに惚れた。
「ダメです。さ、早くお風呂に入ってください」
「歩美さんも一緒に入ろうよ……」
世の中には、お風呂を他の人と一緒に入ることがある、と実神くんが言っていた。その、銭湯って言われるところとかで。
「私は使用人だからダメなの。私は毎日別のところで入ってるし」
「ダメなことないよ。そんな事、誰が決めたの?」
「………舞魅さんのご両親から――」
「そんなの気にすること無いよ。だって、お母さんもお父さんもいないじゃん。帰ってこないし。今は私がこの家の主だよ。それに、私、この家では歩美さんとしか話できないんだよ」
「………………………」
歩美さんは困っている。何か悪い事したな、思った。
「ごめん……歩美さん、我がまま言って。一人で入るよ」
私がそう言って、着替えを取り出そうとクローゼットに向かったその時だった。
「分かったよ」
「え……」
「一緒に入ってあげる」
「本当に!?」
本当だよね!?今言ったよね!?
「うん、その代わり、私のお願い聞いてくれる?」
「うんっ!」
「私、昔から妹が欲しかったんだ」
「うんうん」
妹が欲しかった?歩美さん、妹いないんだ。で、えっと、妹が居ないから何なんだろう?
「私の妹になってくれない?」
歩美さんの妹に?
「別に……いいけど、具体的にはどうすればいいの?」
「えっ!?いいのっ!?」
歩美さんはすごく驚いている。私も驚いた。こんなに驚いた歩美さんを見るのは初めてだったからだ。文字通り、目を丸くしている。
「いいんじゃないかな。よく分かんないけど……で、具体的には」
「ええ、えと、とりあえず、お、お姉ちゃん、って、呼んでくれる、かな?」
そんなことでいいのか。
「お、お姉ちゃん?」
「舞魅ちゃんって呼んでいいかなっ!」
間髪いれずにそう言われた。何というか、歩美お姉ちゃん―――興奮しております………。
「ど、どうぞ……。お姉ちゃん」
「よし、舞魅ちゃん!一緒にお風呂に入ろう!」
私は歩美お姉ちゃんに引っ張られて、お風呂に連れ込まれた。