#実神鷹 ―魔術少年― 2
やっと5月に入った。
何となく、この4月は長かったように思えた。日々が充実していたということか、あるいはその逆か。
どちらでもないということは、無い。
そんなわけで5月、1日。
例によって?僕は朝の教室、窓際後方二番目の席で空を眺める。見事な五月晴れだ。ホント相変わらず、雨の少ない土地だ。毎日晴れることが当たり前になってるんじゃないか。
ふと、自分の左手の平を見る。
『小束本識 あんぱん』
バカじゃないのか僕は。
自分の手を見て鼻で笑ってしまった。こんな姿を誰かに見られたら、確実に人格を疑われる。
「実神くん、どうしたの?」
普通に後ろから見られてました。ああ、僕の人格が………。
「ああ、あのさ岡後さん、岡後さんと話がしたいって奴がいるんだけど、そいつと会ってくれない?」
「ん?私と……話したい人?誰?」
「えっと、小束本識って奴。男だよ」
男の子か……。と、岡後さんは少し考え込む素振りを見せる。どうせならそのまま断っちゃえ。
が、岡後さんは本当に少し考えただけで、「分かった」と言った。
「それって、実神くんも来るよね?」
「え?」
僕も行くの?
僕が行っていいのか?
「あ、い、いや、ごめん。私、変なこと言ったよね。こういうのって普通二人になるもんだよね!実神くんが来る、わけ無いよね……」
「いや、岡後さんが来て欲しいなら行くよ」
僕は即答した。どう見たって来て欲しいって感じだし。
「じゃ、そういうことで」
「う、うん。そういうことで――」
と、いうわけで決定だ。
昼休み、早速僕は4組に向かった。教室のドア付近に顔を出した途端、すぐに小束がこちらにやってきた。
「お、どうだった?」
やけにニヤニヤしながら小束は聞いてくる。何となく、嘘をつきたくなった。
「いいってさ。で、いつにするんだ?」
「今日か、明日の放課後!ちょっと今聞いてきてくれよ。俺、今からあんぱん買いに行くから」
「あ、ああ」
僕が返事する前に、小束は走って学食の方へ行ってしまった。
何か、いちいちイライラする奴だなぁ。自分勝手というか何と言うか。
僕はあいつとは相性が悪いようだ。ま、僕は好き嫌いの激しい性格だから、こういうのは日常茶飯事に起こってるし、もう割り切っている。
教室に戻り、岡後さんに確認を取る。
「今日の放課後でいいよ。早い方がいいんじゃないかな」
岡後さんは笑顔で言う。男に会うってのに、全くの無警戒だ。
「あ、実神くん、全然関係ない話なんだけど………」
岡後さんは自分の鞄をごそごそと探りだし、そこから小さい直方体に近い形の精密機械を取り出す。
最新機種の携帯電話だった。色は白。岡後さんによく似合う色をしていた。
「これ、朝家を出るときに持たせられたんだ。『携帯電話』って言うらしいね。それで、友達に見せなさいって言われたんだけど……」
「見せなさい?」
「うん、見せなさいって言われたよ。あとは任すって」
「…………………」
「それで、見せた私は何をすればいいのかなっ?」
岡後さんは楽しそうに僕に聞いてくる。純真無垢な笑顔。一点の曇りも見られない。こんな笑顔の持ち主が、どうして記憶喪失なんだ。そう思うたびに、神様を恨みたくなる。
「えっと………とりあえず、番号とアドレス交換しようか――」
「アドレス?……あ、住所のこと?」
「いや、まあアドレスは和訳すると住所だけど……」
何でそんな英単語は知ってるんだよ!
「ちょっと、借りてもいい?」
言うと、岡後さんは素直に「うん!」と言って、僕に自分の携帯を渡してくる。これ、男の僕が触って大丈夫なのか、と不安になったが、よく考えたら、今日貰ったばかりならそういう心配は無用だろう。恥ずかしい写真をうっかり見ちゃった、とか。(過去に経験済み)
携帯電話を操作して、番号とアドレスを引っ張り出してきた。そして、僕の携帯電話を開き、電話帳に登録する。名前は――――”岡後さん”でいいかな。岡後さんの方の電話帳にも。こっちは――――”実神くん”でいいか。何か不思議な気分だな。自分の名前を君付けで電話帳登録するなんて………。
「ありがと」
岡後さんに携帯電話を返す。
「あ、携帯の操作、分かるよな?」
「うん、大丈夫。私、機械は強いんだ。メールとか、電話とか、ばっちりだよ!」
「そう。じゃ、電話帳から僕の番号出してみて」
それくらいできるよー、と岡後さんは携帯電話を器用に操作し、すぐに僕の番号を出した。
よしよし―――問題ないな。
「じゃ、ワン切りって手法を教えとくよ―――――――」
放課後、某ハンバーガーチェーン店。その店の二階に二人が居る。
僕はと言うと、何と何と、一階の一番奥の席で待機中。ハンバーガーを頼んだ後、それを食べずにずっと携帯電話を眺めている。
「ワン切り?」
「そう、相手に電話をかけて、コールが一回鳴ったら電話を切るんだ。それで、相手にこっちから電話したことが伝わるだろ」
「はぁ、そうだね」
そんなことにも使うのかー、とちょっと感心したように、岡後さんは言った。
「で、これの応用編、あいつと喋ってる間、電話帳の僕のところを開いておく。そして、いつでもワン切りできるようにスタンバイ。やばくなったら僕にワン切り。OK?」
「うん。……けど、何でそんなことするの?」
岡後さんははてな?と首を傾げている。そりゃ分からないだろう。こんなこと、考えるのは僕くらいだ。
「あいつ、何か危ない匂いがするんだよ。念のため念のため」
本当は、通話中にして、二人の会話を聞いておきたいところだが、さすがにそれはプライバシーの侵害って奴だ。というか、おせっかいも甚だしい。今でも十分おせっかいなんだけどな。
最後に僕は、『絶対に携帯の番号とか教えるな!』と言って、岡後さんを見送った。つーか何だよ僕。保護者づらもいいところだ。
けど。
岡後さんは、僕が言ってることが当たり前だと言わんばかりに、僕の意見に従ってくれる。
素直、というか。
従順、というか。
僕と岡後さんの間には何かがある。何か、分からない。見えない。
けど、ある。それは確証を持って言える。あるんだ。何かが。
友情とか、信頼とかとは少し違う。似てるかもしれないけど、同じではない。
似て非なるもの。
それは、家族にも似た、あの感覚。