#実神鷹 ―話し合い― 1
午後1時前。
僕は教室でバタンキューだった。
より正確に言うなら、昼食後、眠るように机に突っ伏した、といったところ。
寝不足の上、朝から全力疾走したせいで、僕の体は昼休みで既に限界が来ていた。
もう動く気がしない。
もう動きたくない。
学校に引きこもりたい。
学校から出たくない。
教室から出たくない。
授業を受けたくない。
顔も上げたくない。
呼吸もしたくない。
眠りたい。
寝たい。
普段、最低でも6時間以上眠っている僕にとってはこれが限界。
っていうか僕、結局何時間寝たんだ?
「あ、あのー……実神、くん?」
誰かが僕を呼んでいる。僕の名前を呼んでいる。多分、後ろから聞こえたから岡後さんだろう。
「み、実神くん?」
右肩を、ポン、と叩かれた。その瞬間、眠気が一気に吹き飛んだ。
なんてことはあるわけがなかったが、燃料0の僕に少しばかりガソリンを与えてもらった感じだ。何となく、力が湧いてきた。岡後さんと話せるくらいの力が――。
「何、岡後さん……」
「ふぇっ!み、実神くん、か、顔が怖いよ……」
「顔?」
……………………ああ。
「ごめん、寝不足なんだ。ちょっと待って」
僕は自らの両頬を両手でパチン、と叩いた。すると、いくらか眠気が飛んでいった。これなら岡後さんと十分話せるレベルだろう。さすがに、目の下の隈は消えない……。
「ごめん、もういいよ。で、どうしたの?」
「うん、えっと、聞きたいことがあって……」
「何?」
「今日実神くん、遅刻してきたでしょ。私、実神くんが校門から歩いてくるところ見たんだ。その時、女の子と一緒に、いた、よね?」
「んー……」
女の子――。
「ああ、あいつか。うん居たよ。あいつも遅刻」
「何で、一緒に歩いてたの、かな?友達?」
「いや、行きのバスで知り合った。友達……ではない。確か、1年3組って言ってたような」
「あ、そうなんだー。うん、そっか」
それを聞いて、岡後さんは安心したような様子だった。安心、というか、安堵、というか。今の話のどこにそんな要素があったかは分からないが、岡後さんにも色々考えがあるに違いない。それをいちいち問いだそうというのは、野暮というものだろ。
「あ、そうじゃなくて、こっちが本題なんだけど……」
「ん?」
「実神くんは、知らないよね。今日朝にね、部活動についての説明を受けたんだよ。それで、来週までに部活を決めなきゃいけないんだ」
何故、部活の話の前に僕の朝の話をしたのか、という疑問はさておき。
「部活、か。……岡後さんは何かやりたいことあるの?」
「い、いや、特には……。私、スポーツはルール知らないし、音楽とかも分かんないし……」
記憶喪失。
そんなものも忘れてしまうのか……。つくづく可哀想だ。それなのに、岡後さんは当たり前のように生活している。自分が何故記憶喪失になったのか、追求しようとはしないのだろうか。
「岡後さん、帰宅部って知ってる?」
「……知らない。どんな部活?」
「い、いや、知らないならいいんだ。それより、もしかしたら分かる部活があるかもしれないからさ、ちょっとその紙貸して」
「あ、うん」
僕は岡後さんから、部活動の一覧表を受け取る。僕も初めて見たが、それなりの数がある。全て見学に行くのは無理だ。となると……。
「この中で、ルールが分かるスポーツはある?」
まずは運動部だ。
テニス、バレーボール、バスケットボール、バトミントン、卓球、ソフトボール、ハンドボール…。
「うう、よ、よく分かんないなぁ……」
「やっぱり運動部は無理か……」
仕方ない、今度は文化部だ。
吹奏楽、軽音楽、合唱、美術、演劇、写真、放送、書道、茶道、華道、映研、文芸、ESS…。
これなら、何とかなるんじゃないか?
「え、えっと、音楽はダメで、それから……」
岡後さんが挙げる部活動に斜線を入れていった結果。
「合唱……?」
「合唱……が残りましたね……」
これは来たんじゃないか?
僕はニヤリと笑った。
「岡後さん、合唱、よくない?道具とか使わないし、知識なんかもいらないじゃん」
「え、ほんとに?何にもいらない?」
「うん、歌うだけだよ。勿論、コーラスもやると思うけど、それだって、練習すればできるよ」
そう言うと、岡後さんの瞳が一瞬、輝いたような気がした。
「私、合唱、やってみたい!」
「じゃあ、今日の放課後見に行こう」
「うん!」
こうして、何も知らない彼女は、自分の入る部活動を決めた。
チャイムが鳴ってハッとする。
僕の眠気はいつの間にか消えていたのだ。
それに何故か、岡後さんについていくことになった。どう考えても僕からついて行くと言っただけだけれど、岡後さんは何も考えることなく、その意見に賛同した。確かに、断るには不自然だったろうけれど。
そして僕は、重大なことに気がつくことになる。
……僕達って、こんなに仲良かったっけ?