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#実神鷹 ―エスパー少女― 1

 人間の睡眠時間というものは、個人差はあるにせよ、最低でも6時間はとるべきだと言われている。


 また、寝すぎもよくないらしい。僕の中学の理科の先生の言葉で、「8時間以上寝ると脳細胞が死滅する」というのがあったが、果たして本当だろうか?もし本当なら、寝すぎるとバカになるんじゃないだろうか?


 人間は、人生の3分の1から4分の1を眠って過ごす。なんて名言があったりなかったり。いや、あるわけないが、言ってることは間違ってないはずだ。1日のうち、3分の1から4分の1は眠ってるんだから。


 それなら、睡眠時間が短くて済む人のほうが、人生得するんじゃないか、と考える人もいるが、これは違う。確かに、睡眠時間を減らせば活動時間は長くなるが、睡眠時間が短い人というのは、睡眠時間が長い人より短命なのだ。


 よって、結論。


 1日7時間半寝よう。


 

 朝のバス停でそんなことを考える高校生が、果たして世の中に何人居るだろうか。僕の両手の指で数え切れてしまうかもしれない。


 

 

 完全な寝不足。目の下に隈ができている。


 昨日あれから眠れなかった。


 寝ようと思ったら抱きつかれるし、相手にしたら色々面倒だし。


 その他にも、あんなことも……それからこんなことも……。ああ、ダメだ。思い出さないほうがいい。思い出したら負けだ。


 バカな考えを早々に放棄して、時間通りにやってきたバスに乗り込んだ。勿論、座れるわけが無い、相変わらずの満員バス。人が乗り降りするたびに、ちょっとずつ移動していく。しばらくして、僕はバスのほぼ中央に居た。


 バスが終点の駅前に着いたときに事件は起きた。


 「この人痴漢です!誰か捕まえてください!」


 乗客が半分ほど降りた時、まぁつまり、中央辺りに居た僕が降りようとした時のことだった。20代だと思われる女性が、中年男性を指さしている。


 「くそっ!」


 男性はそう言うと、僕の方へ、というか出口の方へ向かってきた。


 「どけっ!」


 男性は僕を突き飛ばし、バスから飛び出した。直後。


 「待ちなさいっ!」


 制服を着た少女が颯爽とバスを飛び出し、男性の後を追う。僕も条件反射でその少女についていった。


 男性は駅ビルに向かって走っていく。周りの人たちは、何事だ、と騒いでいるが、誰も男性を止めてくれない。とにかく、今は追うしかない。僕は僕よりも先に飛び出した少女の後ろ3メートル程のところを走っていた。


 よく見るとその少女、僕の学校の制服を着ている。学年までは分からないが……。


 「ちょっと、君」


 「何!?」


 こちらを振り向かずに、返事をする少女。声に少し怒気が混じっている。やはり、声も聞き覚えが無いから知り合いじゃない。


 「僕も手伝うよ」


 「勝手にしてっ!」


 男性は駅ビルを抜け、住宅街のほうに逃げていく。それを追う僕とよく知らない少女。その間は30メートルくらい……だと思うが――。そろそろ走るのが少しきつくなってきた。


 「鞄を置いてっ!」

 

 唐突に、少女が叫んだ。


 「はぁ?」


 「いいからっ!鞄を置きなさい!早く走れないでしょ!」


 「こんなとこにかっ」


 「後であたしが持ってきてあげるから!置きなさい!」


 初対面だと言うのに命令形とは、随分気の強い女の子だ。


 「分かったよ」


 僕はその場に鞄を投げ出して、走るスピードを上げた。あっという間に少女に追いつき、前に出た。顔を見たけど、やはり、知らない女の子だった。ただ、リボンの色で同じ学年だと言うことを理解した。


 男性は既に住宅街に入りかけていた。このままでは逃げ切られてしまう。


 「あんた、次の十字路を右に曲がりなさい!挟み撃ちよ!」


 「分かった!」


 僕は右に曲がり、次の分かれ道を左に曲がる。僕の方が走るのは速いだろうから、ぎりぎり追いつける。そう思い僕は左を見ながら走る。4つほど十字路を過ぎたところで、左側の道に少女の姿が見えた。


 「左に曲がって!」


 一瞬だけそう聞こえた。もしかしたら空耳かもしれないが、ここは自分の耳を信じるしかなかった。


 次の十字路を左に曲がった。


 すると、目の前に逃げていた男性が現れた。鉢合わせだ。


 やりやがったな―――。


 男性は僕の姿を見るやいなや、引き返そうとしたが、そこにちょうどあの少女が到着した。


 挟み撃ち――。


 男性は僕と少女を互いに見る。息が上がってるのは3人とも一緒だ。僕も苦しい。だが、2対1では男性が圧倒的に不利だ。


 「あんた、もう、おとなしく、捕まれよ……」


 僕は息絶え絶えに言ったが、男性は聞こえなかったようで、鞄から大きめのナイフを取り出した。


 ナイフを見て思わず怯む。大抵の人はそうだろう。だが、痴漢の犯人がまさかナイフを持っているとは思ってなかったので、驚きもあった。


 「お前ら!怪我したくなかったらここを通せ!!」


 男性はナイフを構えてそう叫ぶ。通すつもりはなかった。勿論、ナイフは怖いが、まだ距離は遠い。


 「そこの男子高校生!絶対通しちゃダメよ!」


 少女は僕のことを『男子高校生』と呼んだ。向こうも僕のことは知らないらしい。しかし、この際そんなことは問題じゃない。僕が道を通さないとなると、男性は少女の方へ向かっていくだろう。戦うなら男より女、という固定観念を男性が持ってないわけがない。


 「お嬢ちゃん、そんなこと言って怪我しても知らねぇぞ!」


 「来なさいよ。そのナイフ、使ってみなさいよ」


 少女が挑発気味に言ったその時だった。


 ぷちっ―――。


 切れた音がした。


 脳の血管が切れたような音。


 男性は少女に真っ直ぐ向かっていった。右手にはナイフ。僕は危険を感じ、男性と同じく少女の方へ向かう。――だが、間に合わない。


 「うおおおおおおおおおおおおお」


 男は奇声を上げながら、少女に向かっていく。それに対し少女は、右手を前に出す。そして3本の指を男性に向かって立てた。フレミング左手の法則のような指の形。右手だけど。


 「ナイフっていうのはね………」


 瞬間、男の右手からナイフが消えた………ように見えた。かと思えば、少女の左手には同じようなナイフが握られている……ように見えた――。


 「こうやって使うのよっ!」


 その左手から繰り出されたナイフは、走ってきた男性の喉の数センチ手前まで伸びた。そして、止まった――。


 男性は時間が止まったかのように、身動き一つしない。僕はその男性の後頭部を、右の拳で思い切り殴りつけた。


 ボゴッ――


 鈍い音とともに、男性はその場で倒れて気を失った。


 「………気、失ったよな?」


 「……多分ね」


 「……はぁぁ~~~」


 身体中の力が抜けた感じ。よく考えれば、相当な距離を走った。


 「男の癖に、情けない声出すんじゃないわよ」


 少女は見下したように言う。


 「つーか、さっきの何だよ?」


 「さっきのって何?」


 「だから、ナイフ」


 「あああああああああああああ」


 僕の言葉を遮って、少女はつんざくような大声を出した。


 「な、何だ?」

 

 「今何時?」


 「え、……8時25分……」


 腕時計を見て確認する。


 「遅刻!遅刻する!」


 そこでやっと気付いた。僕らの学校は、朝8時半を過ぎると遅刻になる。あと5分しかない。


 「ちょ、ちょっと待てよ。こいつこのまま放っておくのか!?」


 そこで気を失ってるであろう男性を指さしていった。


 「だって、遅刻するじゃない!」


 「君達ー!捕まえたのかー!」


 「あ………」


 向こう側から警察官が走ってくる。


 それが見えた瞬間だった。


 少女は僕の手をとって住宅街を走り出した。

 

 「お、おい!」


 少女は予想以上の速さで住宅街を駆け抜ける。手はしっかり握られていて、離れそうも無い。少女の手は妙に温かかった。


 「あたし、小金井文香こがねいふみか!1年3組だから!」


 風を切って走る彼女から、そう自己紹介された。




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