#実神鷹 ―家― 2
「なぁ、姉ちゃん」
晩御飯の片づけを終えて、リビングに戻ってきた姉を、僕は低い声で呼ぶ。
「何?」
「母さんと父さんが居なくなった時のこと、覚えてる?」
「……そりゃあ、覚えてるけど――。それがどうしたの?」
「いや、ちょっと思い出したんだ。昔のこと」
「ふーん……。そういえば、鷹あの時泣いてたよね。泣きながら私に寄ってきたよね」
「うるせえよ。まだ6歳だったからな……。あの時はショックだったよ」
「ね、鷹、何が言いたいの?何で雰囲気暗くすんの?ねぇ。二人だけでも明るくしていようって約束したじゃん」
姉はどうしても暗い雰囲気が嫌らしい。別にそんなつもりはなかったけど、ただ、両親について思い出してみたかったんだ。岡後さんは、家に両親がいないと言う。それを聞いて、何となく共感が持てる気がした。そして、岡後さんの記憶喪失は、両親がいなくなったショックが原因ではないか、なんてことも考えた。
同じ境遇にいるような気がした。
仲間じゃないかと思った。
姉の顔を見ると、寂しそうな顔をしていた。俯いて、床を見つめている――。
「もぅ、鷹のせいで思い出したじゃん……。バカ」
「ごめん……」
何となく、素直に謝ってしまった。そりゃあ謝るべきだとは思っているけど、普段は意地を張っているのだ。けどそれも、姉の表情を見てどこかに行ってしまった。
姉は涙目でこちらを見てくる。まだ泣いていないけど、今にも泣き出しそうだった。
「私だってね、泣きたいんだよ。私だってショックだったんだよ。それでも、あんたはまだ小さかったから、私がしっかりしなきゃって……」
僕は姉の言葉を静かに聞いていた。それは両親がいなくなってからずっと頑張ってくれた姉の初めての愚痴だった。今やっと、姉が我慢していたことに気付いて、僕は改めてバカだと思った。
「姉ちゃんはすごいな」
「………え?……」
「泣かないから」
「……ふんっ。あんたと一緒にして欲しくない」
姉は、緊張が切れたのか、すっくと立ち上がると、自分の部屋に消えていった。リビングに一人。僕は、テーブルに置いてある家族の写真を手に取った。
家族4人で、遊園地に行ったときの写真だ。僕はまだ5歳。姉は11歳の時。そこには、ちゃんと両親の姿もある。家族全員が写った写真は、今はこれしか残ってない。
「――母さんと父さんはどこに行ったんだ……」
誰も返事はくれなかった。
僕は自室で、岡後さんと話していた時のことを思い出していた。
彼女は自分の両親について語った。
そして僕も、両親についての話をした。今思えば軽率だったかもしれない。ちゃんとした友達でもない人に、家の事情をべらべらと喋って……。僕は何をやってるんだ――。
同じ境遇?仲間?
クラスメイトのことをそんなに簡単に信じてもいいのものか。超能力者だって混じってると言うのに……。
僕は目覚ましのアラームを6時40分に設定して、部屋の電気を消し、ベットに入った。ちょっと早いけど、やることもないし、もう寝てしまおう。そう思ったときのこと。
「鷹ー起きてる?」
ドアの外から姉ちゃんの声がした。
「起きてるけど、何?」
「とりあえず入れてよ」
しょうがないなぁ、と僕はベットから出てドアを開けた。目の前には、パジャマ姿の姉。当たり前。だが、その腕には枕が抱えられていた。
「…………何?」
「一緒に………寝ない?」
「はぁ??」
「い、いいじゃん、たまには!」
「たまにはって、1ヶ月に何回来るつもりだよ!」
「そ、そんなに来ないよ。今日だけ。ね、いいでしょ?」
お願い、のポーズを取ってくる我が姉。
可愛いけどさ。
「このベットじゃ無理じゃね?」
「私、体小さいから大丈夫」
「170あるくせに何言い出すんだよ」
「そのぶん細いもん!」
言って、ウエストを見せてくる。パジャマの上からでもはっきり分かるくらいくびれている。いや、くびれてるけども!
「っていうか、鷹があんなこと言い出すから、寂しくなったんだよ!責任とってよ!」
「むぅ……」
それを言われると断りづらい。
「分かったよ。今日だけな」
結局、僕が折れて、二人で寝ることになった。
「それじゃ、失礼しまーす……」
どう考えても一人用のベットだが、2人で寝れないことも無い。
「おやすみ」
「うん、おやすみ」
そう言って目を閉じる。
つーか、眠れるわけが無い。
「ねぇ鷹……」
「何だよ」
「眠れないんだけど………」
「こっちもだよ……」
言った瞬間、姉が僕に抱きついてきた。そして、自分を下にするように移動した。
「ちょっ、何?」
まるで僕が姉を押し倒したみたいじゃないか。何だその目は。何でパジャマの前がはだけてんだ。
「何、姉ちゃん、たまってんの?」
「かもね」
「狙ってたのか」
「さぁ?どうだろ?」
「どっちにしろ、やるつもりは無いけどね」
「うるさい、童貞」
1日に2回も童貞と言われた記念日である。