面影/喋らない豚の人
よろしくお願いします。
ある日、アレクサンドリアと母は辺境の集落にいた。
そこにいる人々は豚の顔をしていた。体は少し厳ついが、通常の人間と同じだった。
皆皮の鎧を身に纏い、何らかの武器を手に持っていた。口元には牙が覗いている。
彼らはいつの間にか母娘を取り囲んでいた。しかし、何をするわけでもなかった。
最強の母がそばにいるので、アレクサンドリアは特に怖くはなかった。
不思議なことに、視線を外して、また同じところに目を戻すと、豚の顔をした人は少しずつ移動していた。再び視線を外してまた見ても、音もなく移動している。
目線もどこを見ているかわからない。何も喋らない。
しかし、隣を歩く母も大した反応をしていない。
彼らの行動の意味がわからないので、母の袖をひく。
「ただ気持ち悪いだけで、何をしてくるわけでもない。気にしなくていいよ。」
目で訴える娘に母はそう答え、近所を散歩するかのように不気味な集落を素通りしていった。
旅はアレクサンドリアには冒険であり、日常でもあった。
定住も好きだったが、不思議なモノと出会う旅はとても好きだった。
色々なことを教えてくれる母といるのも楽しかった。
しかし、いつの頃からか、母が私と目を合わせなくなった。
初めは気のせいかとも思ったが、不意に振り向いてたまたま目が会ったとき、思い切りそらされたので確信してしまった。
「あなたはお父さんに本当によく似ている。」
そうつぶやいた言葉が、目を合わせなくなった理由だろう。
父は母にとって最愛の人だ。
日に日に父に似てくる私を見ると、父を思い出すので見たくないのだろう。
しかし、母は相変わらず過保護だった。
アレクサンドリアがくしゃみを一つすると、「風邪を引いてはいけないよ。」そう言いながら、毛布を掛けてくる。
目を見ることができなくなった代わりに、母は後ろから抱きしめてくれる。
お互いの存在を確かめ合いながら、二人旅は続く。
読んでいただきありがとうございます。