カサンドラ
よろしくお願いします。
アレクサンドリアの母、カサンドラの視点のお話です。
カサンドラは焦っていた。
夫が亡くなってからというもの、得体の知れない焦燥感が消えない。
なぜ焦っているのかはわからないが、何に焦っているのかはわかる。娘のアレクサンドリアについてだ。
「アレクサンドリア。旅に出ようと思うんだ。」
お絵かきをしている娘に話しかける。
「アレクサンドリアはどうする?」
「行く。」
カサンドラでも戻ってこられるかわからない旅に、娘を連れて行くか迷ったが、娘に渡したい物もあったし、どの道カサンドラの側が一番安全なのだ。
いつもより長い、二人旅に出ることにした。
―この娘は本当に美しい娘だ。
そして夫も、とても美しい人間だった。いや、人間かどうかも怪しい。妖精と言われても誰も疑わないだろう。
透けるような銀髪。色素の無い肌。湖の様な澄んだ瞳。これ以上美しい者に会うことはないだろうと思っていたが、もう一人同じような人間が生まれた。それがアレクサンドリアだ。
姿もだが、その性質もよく似ていた。
ふわふわとすぐどこかへと行ってしまう夫に連れられて、娘と二人行方不明になることがよくあった。
人に好かれるところも似ていた。
唯一異なるのが、生命力の強さだろう。生命力の塊のようなカサンドラの血が入っているので、娘の方がいくらか夫よりも生きる力が強かった。
その夫が、突然死んだ。ただの風邪だった。
しかし、カサンドラの魔法も、お守りも、何も効かなかった。
それは異常事態だった。カサンドラは他に類を見ないほど優れた大魔法使いだ。死者をも蘇らせられる。そのカサンドラ以てしても、ただの風邪から大事な者を救えなかったのだ。
今までできなかったことは何一つとしてなかったカサンドラは、非常に焦った。何よりも守りたい者がまだいたのだ。
夫は生まれて初めて大切に思った人間。娘は一番大切に思っている人間。
何よりも守りたい娘が、守れなかった夫と瓜二つ。この事実はカサンドラの心をゆっくりと蝕んでいった。
旅の目的は、ある物を手に入れることだった。
ある物とは、神の遺物と言われる『神様の落とし物』。これはあらゆるモノをこの世界に留め置く効果があると言う。
ふわふわと浮かんでいく夫の魂もこれがあれば留めていられたかもしれない。何となく、人の性から外れた夫と、人智を超えたこの『神様の落とし物』は同じ性質を持つように思えた。
ついでに他にも効果のあるお守りがあると知ると、つい手に入れたくなってしまう。
お守りのような強い思いの籠もった物は、カサンドラでも模倣が容易ではない。現地で手に入れるのが一番だった。
これがあれば、夫は死ななかった。そう思いながらお守り集めの旅を続ける。
別に、夫の死が受け入れられずにいるわけではない。夫が死ななくて済むようなお守り。つまり、夫によく似た娘を守れるお守り。
こうして娘を守る旅を続けた。
「あの人は、何故逝ってしまったのだろう。」
カサンドラは気がつくとそのことばかり考えていた。
カサンドラは超現実の魔法を使う割に、現実的な人間だった。だから、ただ単に夫の死を嘆いていたのではなく、実際に『何故なのか』その理由を分析していたのだった。
その死の理由を解明することで、娘を守れると思っていた。
別にアレクサンドリアが今にも死にそうなわけではない。なぜこんなにも焦るのか自分でもわからなかったが、日に日に亡き夫に似ていく娘をみていると、焦らずには居られなかった。
娘を連れてふらりとどこかへ行ってしまった時のように、また娘を連れて行ってしまうかもしれない。夫もアレクサンドリアのことを何よりも大切にしていたから。
『何故貴方は逝ってしまったの。』
『連れて行かないでほしい。』
そのつぶやきを娘が聞いていたのも気づかず、カサンドラは研究に没頭した。
旅に出てしばらくたった。アレクサンドリアは少し大きくなった。そして、更に夫に似てきた。
―とうとうあの娘の目も見ていられなくなってしまった。
夫を思い出して辛いのではない。冷たくなってしまった夫の顔を、娘に重ねたくなかったのだ。
流石にあの娘も動揺したのがわかるが、どうすることもできない。後ろから抱きしめてやると、その暖かさに自分が安心する。娘を安心させたいのに、自分が安心していることに笑ってしまう。
なかなか旅は終わらない。
気がついたら長い旅になってしまった。母がいなくても娘が生きていけるように、色々教えるために寄り道ばかりしていたからだった。
しかし、そんなことをしなくても、おそらくこの娘はどこでも生きて行けただろう。父親似だとばかり思っていたが、逞しいところは母親に似ていたようだ。
そんな娘となぜ長いこと寄り道していたのかと言うと、なんてことはない。娘と離れ難かったのだ。
―『神様の落とし物』を手に入れたとき、私はこの世界には居られないだろう。
まあ、でも。比べるまでもない。
この世界で、母娘二人でいて、いつか娘を失うか。
別々の世界でも、娘がずっと笑って生きていられるか。
どちらがいいのか、答えは出ていた。
それでもやっぱり娘を見守りたくて。
そばにいてあげたくて。
そこで思いついたのは、違う世界にいる人間とも話ができる水晶の存在。
水晶はこの計画の要だ。私の最後の我がまま。別の世界に行っても、娘と話がしたい。
娘なら最高の水晶を作ってくれると信じている。
神様の落とし物がある場所まであとわずか。
決別の時は近づいている。
娘に贈る最後の言葉は決めている。
あの人は死んでしまった。でも、『貴方は生きなさい。』
――貴方は生きなさい。私は、別の世界で生きるから。
読んでいただきありがとうございます。




