卒業旅行のお土産
よろしくお願いします。
母親の思い出話を語ったあと、妻のアレクサンドリアが単身卒業旅行にさっさと出かけてから、二週間。
遠征で二週間会えないこともたまにあるが、今回は国内に妻がいないということで、殊の外、会えない時間が長く感じた。
旅から帰ってきた妻は、一層美しくなっているようだった。
「おかえり、アレクサンドリア。」
そう言って抱き寄せると、
「ただ今帰りました。」
と微笑んで見上げてくれる。その顔の可愛いこと可愛いこと。
今回の卒業旅行で、彼女はきっと成長したのだろう。だから美しさに磨きがかかったのだ。いや、会えない期間がただただ夫の目を曇らせたのか?
とりあえず妻が愛おしいことには変わりがない。抱きしめて、幼子のように玄関ホールでぐるりと一回ししてやると、楽しそうに腕の内で笑った。
「無事に帰ってきてくれて嬉しい。君が喜びそうなものを色々と準備したんだ。でも、君の口からも直接聞きたいな。卒業祝いに何が欲しい?」
「そうですね。もう一度、抱き締めて欲しいです。」
そう言うので、なかなか玄関から離れられない二人であった。
この日は夫が用意した食事を二人で食べた。
その後いつもの居間に移動し、お気に入りの暖炉の前で、ソファに寛ぎながら話をする二人。
アレクサンドリアは旅で手に入れたお土産を、ソファの前のローテーブルに並べた。
木の葉、小石、木の実。
なんの変哲もないものに見えるが、きっと素晴らしい物なのだろう。
「二週間もかけてようやくたどり着いたんだね。」
「はい。途中知り合いのところに寄りながら行ったので。」
並べていくお土産の中に、くたびれた革表紙のノートがあった。
「これは?」
夫は不用意に妻のものに手を触れない。これは魔法使いと共に暮らす上でとても大切なこと。
そのため、目線でノートを示す。
別に手で指し示してもいいのだが、あいにく妻を包み込んでいて手が塞がっているのだ。
「これはお母さんの手記です。」
「…お師匠様の。」
夫はアレクサンドリアの母を師匠と呼ぶ。
そしてその性格も熟知しているので、手を触れなくて良かったと安堵する。
アレクサンドリアはそれをおもむろに手に取ると、中身を読み始めた。
「読んでいいの?」
「はい。これはお母さんの日記ではなく、旅の記録なので、読んでいいと言われています。」
そして、夫の腕の中で、アレクサンドリアはゆっくりと母親の手記を読んでいく。
長い時間をかけて読み終わったあと、あまり泣かないアレクサンドリアが目に涙を浮かべていた。
「あなたも読んでください。」
曰く有りげな手記をほんの少し躊躇してから受け取り、夫も中身を読んだ。
アレクサンドリアよりかは早めに、しかし、じっくりと読む。
読み終えて、一息つく。分厚いものではなかったのだが、長編の小説を読んでいるような読後感があった。
夫は腕の中でまどろみ始める妻の額に口づけをした。
「良かったね、アレクサンドリア。」
手記には、長年アレクサンドリアが抱いていた母親への疑問の、その答えが書いてあった。
その答えとは。
母カサンドラが死なせたくなかったのは父ではなかった。
母が死なせたくなかったのは、娘アレクサンドリアだった。
読んでいただきありがとうございます。




