第2話 ウェイブとベルナデット
「あはははは! じゃあな女男! 悪いのは弱いお前だ! この世は能力こそ全てなんだよ!」
ヨワキムたちは気がすんだのか、僕を裏路地に放って笑いながら去って行った。
「う……ううう……」
僕はヨワキムたちの姿が見えなくなった瞬間、号泣を始める。
情けない……
悔しいのに何もできない、できやしない。
諦めるんだ。
諦めて生きていくんだ。
そうしないと、無駄な希望を抱いてはいけない。
これが僕に定められた人生なんだ。
前世と同じく、何も成し遂げることなく、何も残すことなく死んでいくんだ。
まるで魂に刻まれた運命のように思える。
この世界と同じで、僕の人生は地獄なんだ。
一通り泣いた僕はゆっくりと起き上がり、当初の目的の店へと向かう。
ありがたいことにお金は取られなかった。
少しばかりのお金を持って店へと入る。
「いらっし……なんだ、奴隷のガキか」
「あの……傷薬をいただきたいんですが」
「…………」
客が来たことにより最初は笑顔を見せた店主であったが、僕が奴隷地区から来た者だと分るや否や、急に態度を一変させた。
無駄に笑顔を浮かべてしまった。
そんな怒りがあるのか、ムスッとしたまま音を立てて薬をカウンターに置く。
僕はオズオズとお金を出し、その薬を受け取って店を後にした。
「あ、ありがとうございました……」
あんな態度の人間にお礼など言いたくないのだけれど、言わなければまたそれを理由に暴力を振るわれるような気がした。
いや、間違いなく殴りつけられるだろう。
店から出るなり僕は走って平民地区を抜け出す。
南に駆けて行くと、ボロ小屋ばかりが立ち並ぶ地区へが見えてくる。
そこに住む人々は覇気がなく、絶望色を顔に浮かべている人ばかり。
着ている物も平民の人たちと比べれば貧相な物で……って、僕も人のことを言えないのだけれど。
その地域の中にある建物。
周囲よりは少々大きい。
が周囲と同じくボロボロであるそれが、僕が、僕たちが住んでいる家である。
トタン板で補修した扉を開けると、中には大人の女性がおり、彼女は僕の姿を見るなり小さな悲鳴を上げた。
「レイン! どうしたの、その怪我は!?」
「あ、いや……ちょっと転んだだけだよ。それよりはい、これ」
この女性はシスター・ベルナデット。
僕たちの世話をしてくれているシスター。
この地域にしては清潔な修道服を着ており、髪の色は鮮やかな金色でそれは肩辺りまで伸びている。
ベルナデットは世間一般的感覚から言えば、美人に分類される人。
彼女に言い寄る男性は少なくない。と言うか多い。
だが僕たちの世話があるからその全てを断っているようだ。
「よおレイン。お前もやられたのか」
「ウェイブ……僕は何もやられてないよ」
「そっか……」
ウェイブ。
僕と同じ七歳の少年。
ベルナデットと同じ金髪で、いつも穏やかな表情をおり、実際ウェイブは優しく、ここで住む皆から慕われている。
その髪の色からベルナデットの息子なんて疑われていたこともあるが……実際のところは血の繋がりなど全くない。
ウェイブはそんな噂を耳にして『ベルナデットと本当の親子だったら嬉しかったけど』なんて言っていたな。
そんなウェイブは僕と同じ様に怪我だらけ。
いや、僕よりも酷い顔をしている。
顔は倍ほど腫れあがり、鼻の骨が歪んでいるようだ。
口と鼻からは血が出ており、それは固まって顔がカピカピになっている。
ベルナデットは僕から傷薬を受け取り、それでウェイブの傷を治療していく。
途中ウェイブは痛みに顔を歪めるが、彼女を心配させまいと声だけは出さなかった。
ウェイブはいつだって自分のことより他の誰かのことを心配している。
本当に良い奴だ。
「……ごめんね。あなたたちを守ってあげられなくて」
「いいんだよ、ベルナデット。悪いのはベルナデットじゃない。悪いのは全部この世界だ」
「そうだよ。僕たちは世界の被害者。文句は世界に言うから気にしないで」
「世界に文句言っても返事はしないけどな」
「確かに。いつだって世界は見て見ぬふりだ。ふざけてたものだね」
僕とウェイブは顔を合わせて苦笑い。
ベルナデットはいまだに申し訳なさそうな顔をしていた。
子供たちを守れないのは自分の所為。
そんな風に考えているのであろう。
「ベルナデット。僕たちはあなたに感謝してるんだ。他のシスターは子供たちに対しても酷い扱いをしていると聞いているよ。でも僕らはベルナデットに優しく接してもらえている。それだけで嬉しいんだ」
「そうだ。俺たちはまだ幾分か幸せなんだよ。ベルナデットがいてくれるだけでね」
「レイン……ウェイブ……」
「ああ、辛気臭くなってしまいそうだ。レイン。ちょっと外に行こうぜ」
「うん。行こう」
ベルナデットは僕たちが怪我をすると責任を感じてしまうようだ。
僕たちの顔を見ていると彼女は落ち込んでばかり。
だから僕らは家を出て、怪我している顔を見せないようにした。
それはいつものことで、当たり前のことで、当然のこと。
奴隷が平民に痛めつけられるのは、日常のことであった。