第18話 森へと向かう
師匠は遥か西にある国からやって来たようだ。
腕試しのために海を渡り、この地に辿り着き、戦士として腕を振るい続けてきた。
師匠の国でも能力主義は変わらないらしく、身分を現す指輪こそ無かったようだが、能力の低い人間は酷い生活を強いられていたとのこと。
そんな師匠は元々『貴族』であったらしいが、右足を失い、平民に身分を格下げられたようだ。
「能力が全てだが、その能力を存分に発揮できない肉体になってしまったからな。だが身分を落とされて見えてきたことがある。この世界は腐ってるとな」
「……師匠もそう思いますか?」
空に明るみが無い中、木剣を振りながら僕は尋ねる。
「ああ。あまりにも当たり前過ぎて、それまでおかしいとも思わなかったんだが、平民になって初めて分かったよ。身分が高い者のために身分の低い者が働き犠牲となり、そして貴族は甘い蜜を吸い続けるだけ……これまで同じ身分で冒険をしてきた仲間までもが、格下となった俺に対して手のひら返しだ。なんてつまんねー制度だって思ったよ……そして俺もずっとそうだったんだなって恥ずかしくもなった」
「でも今の師匠は違うじゃないですか。元奴隷である僕に対しても同じように接してくれてます」
「それは同じ身分だからかも知れねえぜ?」
「違いますよ」
僕は断言する。
だって師匠はそんな人じゃない。
以前の彼は知らないが、今の師匠は身分で人を判断するような人じゃないと分かっているから。
「師匠は違います。例え僕の家族に対しても同じように接してくれる。そう信じてます」
「だといいがな」
師匠は楽しそうに笑うだけでそれ以上は何も言わなかった。
無言の中、剣の稽古は続く。
しかし無言ではあるが、気まずい雰囲気は一切ない。
穏やかでありながら緊張感のある時間。
ただひたすらに強くなるための時間であった。
そして彼の話すことは、剣の教えと同じぐらい、あるいはそれ以上に役立つような気がした。
「直感を信じるのは勇気がいる。だがきっとお前の力になるはずだ。だから直感を磨くことも忘れるなよ」
「直感を磨くって……どうすればいいでしょうか?」
「何も考えない時間を持つんだ。そしていざとなった時に何も考えない。だからと言って、考えるのを止めろってことじゃないぞ。考え抜いた後に考えを捨てるんだ」
「考えを捨てるか……」
「ああ。そのために、考えない時間を持つんだ」
直感の大事さ、人間としての正しさ、そして弱き者を守るための強さ。
色んな物を日々教えてくれた。
◇◇◇◇◇◇◇
師匠に剣を教えてもらいながら、僕はスライムとの戦いも毎日行っていた。
ウェイブと共に戦い、お互いにフォローしながら確実に仕留めていく。
スライム狩りで安物ではあるが真剣を手に入れた僕たち。
気が付けばスライム相手なら苦戦することは無くなっていた。
「そろそろもう少し強い相手と戦いたいな」
「レイン。なんだかすごく楽しそうだな」
「え? そうかな?」
強くなるのが楽しすぎるのか、自分では気が付かなかったが笑みをこぼしていたようだ。
強くなる自分を想像しているとワクワクする。
今の僕の最優先事項というわけではないが、とにかく強くなることを優先的に思案してしまう。
「まぁ、楽しいのには間違いないかな」
「楽しいのはいいけど、リオラのやつ、ちょっと寂しそうにしてたぞ」
「リオラもアルバートも、皆同じように遊んでるつもりなんだけどな……」
「遊んでる時でも、心ここに非ずって時が多々あるからだろうな」
「えー? そんなことある?」
「大ありだ。だからリオラは拗ねてるんだよ。もっとお前と遊びたいだろうからな」
笑うウェイブに僕は詰め寄る。
「ウェイブだって同じだろ?」
「俺はその辺はわきまえてるからな。皆と遊ぶ時は、そっちに気を使ってるよ」
子供のくせに子供に気を使えるなんて……
元大人としての自分が少し情けなく思えてしまう。
だが遊んでいるより、今は強くなる方が楽しいのだから仕方ない。
僕は苦笑いしながらアドに訊ねる。
「スライムよりもう少し歯ごたえのある相手はいないか?」
『現在のあなたたちならば……南に位置する森の中に出現するスパイダーが丁度いいでしょう』
「南のスパイダーか……」
弱い敵と戦っていても大した成長はできない。
それは経験値としての話ではなく、師匠曰く気持ちの問題らしい。
あまりにも余裕な戦いばかりしていたら気持ちが緩くなり、あまりにも強い相手ばかりと戦っていると気持ちが負けてしまいダメなようだ。
だから緊張感を持って戦える、それなりの敵と戦わないと強くなれないとのこと。
実力だけではなく、気持ちも緊張感を持ち続けなければいけない。
そうでなければ本当の強者にはなれないようだ。
「次はスパイダー……勝てる相手ならいいけどな」
「勝てるさ。きっと僕たちなら勝てるはず。少しずつ、一歩ずつ上に進んで行くんだ」
「ああ」
僕とウェイブは剣を合わせ、そして南の森に向かて歩き出すのであった。
強くなるため、日々一歩ずつ前に前に進んで行くように。
高揚した気分で目的地を目指していた。