第15話 ヨワキムの涙
大人の男性は僕の顔と指輪を見て戸惑うばかり。
しかしそれはヨワキムたちも同じであった。
ただ一人、この空間で平然としているのは僕だけだ。
「お前……絶対奴隷だったよな? その服装もそうだし、間違いない。指輪を盗んだのか?」
「まさか。そんな無粋なことはしませんよ。ただ昇格しただけです。平民にね」
「へ、平民に昇格!? そんなの嘘だ! お前は絶対に指輪を盗んだんだ!」
鼻血まみれのヨワキムが大声でそう叫ぶ。
間違いを正すように。
自分たちが正しいとでも言わんばかりに。
だけど残念ながら、これは真実だ。
僕はもう平民で――君たちと同格なんだ。
だから僕が君たちに手を出したところで、大した問題にならないのだ。
同じ平民同士の子供の喧嘩。
これはそういうことなんだよ。
ただそれだけのことなんだよ!
「だから盗みなんてするわけないだろ。本当に平民になったんだ。嘘だと思うなら、『能力鑑定所』に問い合わせてみなよ。嘘か真実か分かるからさ」
「……嘘だ!」
そんな時である、町の人たちが僕の噂話をし始めたのは。
「聞いたか……奴隷が平民になったらしいぞ」
「平民に? 平民が貴族になったんじゃなくて!?」
「ああ! これまでこんなことなかったからパニックになってるらしいぞ!」
「おいおい……俺だってそんな話信じられないよ」
周囲の噂話を聞いて、ヨワキムたちは「まさか」なんて言って顔を合わせている。
ようやく僕の言っていることが真実だと理解しはじめ、そして顔を青くしていた。
「どうやら僕の噂話をしているらしいね」
「本当に平民になったというのか?」
「ええ。そうですよ」
「…………」
男の人は大量の汗をかきながら、くるりと踵を返す。
先ほどまでの怒りの滲んだ顔はどこへやら。
現実から目を逸らすかのようにそそくさと立ち去ってしまう。
「へ、平民同士の喧嘩なら仕方ない! 自分らで話し合え!」
「あ……」
去って行く男性の背中をヨワキムたちはポカンと見つめている。
そして今置かれた状況を認識し、僕の顔を見て震え始めた。
「さてと……お前、昨日女の子――」
っと。
リオラは男の子なんだった。
そういう設定を忘れかけていたな。
危ない危ない。
「――僕の仲間を傷つけたな」
「お、お前の仲間なんて……奴隷のことなんていちいち覚えていない……」
「でも僕のことはよく覚えいるよね?」
「それは……お前が可愛い顔してるから」
そこでヨワキムはハッとし、泣きそうな顔をする。
その表情は真っ赤に染まり、俯いてしまう。
「まさか……僕のことが好きなの?」
「そんなわけあるか! ただ……ただ……」
「…………」
察するに、嫉妬していたのだろう。
自分より身分の低い者が、自分より容姿が優れていたことに。
そう言えば、ヨワキムがイジメているのは、全員顔の整った子供ばかりのような気がする。
ウェイブにしてもリオラにしてもそうだ。
そうか、イジメをして単純に楽しんでいたと思っていたけれど、内心では嫉妬し、腹を立てていたんだな。
まぁ理由なんてどうでもいい。
やっていいことと悪いことがある。
この世界では当然のことで許される問題だとしても、それでも間違っていることだ。
ルールに反しているのではなく、人として間違っている。
それをどうしても僕は赦すことができない。
僕はヨワキムとの距離を縮め、彼の顔を睨み付ける。
「あ……あああ」
ヨワキムは涙を浮かべ腰を抜かしていた。
まるで怖い大人に睨まれ、委縮する子供のようだ。
まぁこの子も子供なんですけどね。
「いいか? これから先、僕の仲間をイジメたなんて話を聞いたら、僕が仕返しする。少しでも君の名前が出たら絶対にやり返しに来るからな」
「す、少しでもって、そんなの――」
言い訳をしようとするヨワキムの頭部に拳骨を叩き込む。
ヨワキムは痛みに頭を押させ、涙目で僕を見上げていた。
「いいな? 少しでもイジメに加担していたら倍返しだ。それはここにいる全員誰でもだ。分かったな!」
「「は、はい!!」」
ヨワキムを筆頭に、男子も女子も全員が声を揃えて僕に返事をする。
これならもう大丈夫そうだな。
ま、まだイジメをやる気なら、その時は本当にやり返しに来てやればいい。
「仲間を守るためなら、僕は容赦しない。次はこの程度で済むと思うなよ」
「…………」
ヨワキムはボロボロと涙をこぼし、そして悔しそうに僕を睨んでいた。
大丈夫そうだと思ったけど……まだ何かやるような予感もする。
絶対に仕返しをしてやる。
まるでそんな決意を秘めているような目だった。
僕はため息をつきながら彼らに背を向け、その場を離れることにした。
これで一応は皆の安全を確保できたかな?
だけどヨワキムのあの目も気になるしな……
とうぶんは気を付けておこう。
皆が安全に暮らしていけるように、皆を傷つけさせないように。
力のある僕が、力の無い皆を守るんだ。