第13話 平民の証
能力鑑定所はその日、施設始まって以来の大騒ぎとなっていたようだ。
だって奴隷であるはずの僕に【ユニークスキル】が発現してしまっていたのだから。
こんなことあり得ない。
こんなこと考えられない。
こんなこと信じられない。
職員たちは戸惑い、どうすべきかは相談しているようだった。
「こ、この場合どうすればいいんだ……?」
「平民が貴族に上がるのはたまにあるが……奴隷を貴族にするのか?」
「平民を飛び越えて貴族!? それは飛躍し過ぎでは……」
「だがルールは【ユニークスキル】に目覚めた者は貴族に……のはずだぞ」
「それは平民の場合だろ! 奴隷の場合は……どうする?」
何人も集まって話し合いをしているが……結論に至る様子はない。
もうかれこれ二時間ほどになる。
僕はヤレヤレと今すぐに帰りたい気持ちになっていたが、ここで帰るわけにはいかない。
目的を果たすと決めたのだから。
ヨワキムに復讐する。
それも目的の一つではあるが、それより僕は証明したい。
人間、やればできるということを。
今回の目的は大きく二つ。
一つはヨワキムにリオラがやられた分をやり返すということ。
もう一つはここで新たな身分を取得すること。
ここはひとつのターニングポイントになるはずだ。
どんな身分の人だって、何かを変えることはできるはずだと。
諦めることは必要ないと。
これから何かを成し遂げようとする人に対してのメッセージ。
そして自分をさらに奮い立たせるための戦いなんだ。
しっかりと見届けなければいけない。
僕を取り囲む小さな世界であるが。
この日、それが変わるということを。
変えられるということを!
話し合いはまだまだ続く。
論点は、僕を貴族にするか平民にするか。
そして奴隷の身分の僕をどうすればいいのかの二つだ。
例外はこれまで無い。
奴隷が【ユニークスキル】に目覚めたのは初めてのことのはずだから。
初めてのことに戸惑い、どう判断すればいいのか職員たちは悩み続ける。
僕はそんな彼らのことを見てクスリと笑う。
奴隷である僕のことに頭を悩ませる平民の図。
それがとても面白く思え、顔を伏せて一人で笑っていたのだ。
「先ほどからなんの騒ぎだ」
「あ、所長……実は……」
所長が階段を下りて来て、騒ぐ職員たちの元へ。
話を聞いた彼は一瞬驚いた顔を浮かべ、僕の方を見る。
「……なるほど」
「…………」
口数の少ない人だ。
何を考えているのかも分からない。
だが、彼は誠実な人なんだと思う。
そう感じる。
僕の身分を確認した後でも僕を見下すようなことはしなかった。
礼だと言って、ジョブの内包されたアイテムを僕にくれたんだ。
そのアイテムの価値を全く知らなかったというのもあるのだろうが……
とにかく、彼は僕の行動に対して誠実に礼を尽くしてくれたんだ。
そんな彼が真っ直ぐな目で僕を見ている。
僕はその時確信した。
きっと変わる。
何かが変わるということを。
「……前例が無いというのであればこれをこれから前例にするがいい」
「では、どうすればよろしいのでしょうか?」
「階級を一つ上げてやれ。平民も【ユニークスキル】に目覚めればそうするであろう」
「は、はぁ……」
結論に達したのはすぐであった。
グダグダと無駄な会話をしていた彼らを一瞬するかのように、必要なことだけを話、所長はまた階段を上がって行ってしまう。
「……これを」
「ありがとうございます」
職員は震える手で僕に銀色の指輪を手渡す。
これは平民の証――
僕がこの瞬間に、奴隷でなくなるという証拠だ。
僕もまた震える手で指輪を受け取っていた。
目の前にいる人は怒りから手を振るわせていたのだろうけれど、僕は感動からだ。
ネガティブな感情の彼からポジティブな感情の僕に手渡された指輪。
それはどんな銀細工の物より美しく思えた。
左手の小指に指輪を通すと――それはブカブカでとてもじゃないが僕のサイズに合ったものではない。
ここまで来てまだ僕をからかうのか。
そう考えた瞬間、銀色の指輪がシュンと縮み、僕の指に綺麗にはまる。
まるで僕のために作られたかのように。
指輪は僕の小指に納まったのだ。
「……平民の子供を保護する施設があるのだが――」
「それはまたでいいです。ありがとうございました」
平民として僕を……通常、奴隷予備軍と呼ばれる僕を管理するシステムがあるように、身寄りのない平民を助けるシステムもまたあるとは聞いている。
だがそんなことはどうだっていい。
僕には帰る家がある。
それにやらなければいけないことがあるのだから。
能力鑑定所から飛び出した僕。
空に浮かぶ太陽の光。
まるで僕の新しい人生を祝ってくれているように感じられた。
僕は……自由を手に入れたんだ。
自由と可能性……これから僕は奴隷としてではなく、自分の好きな道を選べるんだ!
踊りながら平民の町を進む。
僕の指輪を見て大人たちはクスクスと微笑ましく笑っている。
その態度の違いにゾッとしつつも、僕は喜びを爆発させながら小躍りをしていた。
「おい奴隷予備軍! なんでまた平民様の地域に来てるんだよ?」
僕の前に突然現れるヨワキム一行。
そこで僕はニヤリと笑う。
こいつらを探していたから丁度良かった。
リオラがやれらた分、キッチリと仕返しさせてもらうぞ。