表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】ケチ高校生の異世界転生  作者: けちにーと
1章 初クエスト~ギルド追放
7/29

7.理不尽

「フレイ、お腹減らない? 少し休んでいこうよ」


 エルは食堂を兼ねている酒場を横目に、いかにも空腹ですと言わんばかりの口調で話しかけてきた。

 靴屋を出た後、商店街でアイテムや野菜の相場を見て回っていた俺に付き従っていたエル(さぞかし退屈だったことだろう)だったが、ついに我慢の限界に達したのだろう。



 エルが空腹になるのも当然だ。


 なにせ俺たちは、道中の村や集落にある茶屋での飲食代をケチった結果、朝6時の鐘の前に出発してからというもの、ほとんど寄り道もせずぶっ通しで歩いてきたのだ。

 おかげで、本来丸1日かけて休み休み歩く行程なのに、昼過ぎにエランに着いてしまった。


 学ランに革靴という、高校生式正装を装備しているだけの俺はともかく、エルは重い剣と鎧を装備してここまで歩いてきたのだから、さぞかしカロリーを消費したことだろう。

 その運動量たるや、以前のクエスト以上だ。

 クエストでは待ち伏せや戦闘の後始末といった動かない時間も多いが、今日はずっと歩きっぱなしだったのだから。



「俺は大丈夫だ。ここで待ってるから、食べてきていいぞ」


 普通の人間ならエルに同意するところであろうが、俺は違う。高校時代の俺は、小遣いゼロかつ弁当を作る時間をも惜しんで勉強していたことから、基本的には1日1食を貫いてきた。

 おかげでついた称号は『ライスセイバー』。3年近くそんな生活を続けてきた俺にとっては、これぐらい何てことないのだ(本当は腹減ってきてるけど……気にしたら負けだ)。


 事実、この世界に来てからも1日1食。ライスセイバーの空腹耐性は伊達じゃないんだぞ!


「フレイ、本当に大丈夫なの? 明日は選抜だから、体力を回復したほうがいいわよ」

「大丈夫だ。それに、もうすぐ夕食の時間だ」

「そんなの、今食べるかわりに夕食を少なめにすれば済み話じゃない」


 ――いや、問題は夕食が近いことではない。外食は高くつくことが問題なのだ。


「金がかかりすぎる。酒場の定食は10Gぐらいするんだろ」

「10Gなんて普通じゃない」

「いや、高いにも程がある。普通という言葉が差すのは4Gだ」

「4Gですって!? それじゃ、まともな食事にはありつけないわよ」

「今までの俺みたいに、キャベツをかじれば4Gで済む。一度の食事に10Gも使うなんて高すぎる」

「キャベツを生でかじるなんて、あんた正気!?」


 それを聞いたエルは、思わず大声を出した。

 塩キャベツとは、そんなにイケナイものだろうか。


「ともかくだな、10G出すのはもったいない」

「わかったわよ……そこまで言うなら、屋台で何か買って済ますわよ」


 エルが呆れた顔でそう言い放つと、場に重い空気が流れた。気まずい。


「いや……俺のことは気にせず飯を食ってきていいんだぞ」

「そういう問題じゃないわ。この街は、私たちの住むマルスより治安が良くないの。

 特に今は、討伐のために集まった冒険者を狙った盗みも多いわ。単独行動は危険なのよ……」


 よく考えれば当たり前だ。この世界は文明レベルが低い。

 だから、街の治安も日本のように良いわけがないのだ。


 しかし、今朝まで俺がいたマルスの街は、婦女も一人で出歩いていたし治安が悪そうには見えなかった。

 治安の良し悪しは場所によってまちまちなのだろうか。


「そうなのか。じゃあ悪いが、適当に買い食いしてくれ」



 他の人の行動に付き合いたくないのに、別行動が許されないというこの状況、身に覚えがある。

 これは紛れもなく、学生時代にさんざん強制されてきた“協調”とかいうやつである。


 どうでもいい文化祭の出し物の準備をさせられたり、球技大会の練習に参加させられたりと散々な目に遭ってきたが、とりわけ許しがたいのは修学旅行での“協調”だった。

 修学旅行の自由行動の際に出席番号順に班を組まされ、俺と考えが全く合わない他の班員達に付き合わされた結果、ス〇イツリーのクソ高い入場料や、3000円もする焼肉の食べ放題料金を払わされた。


 俺一人が班員達の意向に反対したところで、“多数決”の論理で俺の意向は完全に否定され、多数派の意向に従わされる。

 そして、多数派の意向に背こうものなら、もれなく問題児扱いされる。その先に待つのは、教師を含む学校の人間からありとあらゆる不当な扱いを受ける破滅の未来だけだ。


 俺は内申に余計なことを書かれないようにするため、彼らに従わざるを得なかった。


 もしあのとき浪費したお金があれば。そもそも、修学旅行なんて行かなければ。

 いや、修学旅行だけでなく、文化祭や体育祭でも、さんざん支出を強いられた。

 学校社会が俺に強いた浪費さえなければ、なんとか大学の入学金を払えた可能性すらある。



 だが今は違う。

 俺はこの世界でパーティのリーダーとなった。


 そして俺は今、エルをかつての俺と同じ境遇に置いている。

 俺がさんざん味わされた憤りをエルにも体験させるのは、少し気の毒に思える。


 しかし今、行動の選択権はリーダーの俺にある。

 俺は、“協調”の束縛から解放されたのだ。行動の自由とは、なんて素晴らしいものなんだろう!



********



 しかし、俺が喜びに浸れたのも束の間。

 それからわずか1時間後、俺は重大な問題に直面してしまう。


 治安が悪いエランで野宿は危険だし、俺とエルは素直に安宿に泊まることにしたのだが……

 大規模討伐前日というだけあって、多数の冒険者がエランに集まっていたために、宿屋が足元を見てくるのだ!!


「一泊90Gだ。これ以上は負けらんないねえ」

「一部屋なら80Gだね。払えないなら帰った帰った」

「85G! 値切りは一切お断りだよ」


 まるで結託しているかのように、どの宿屋も80~90Gというボッタクリ価格を提示してくるのだ。

 昨日泊まったマルスで唯一のまともな宿は、結構強気な価格設定だったけど、それでも35Gだったんだぞ?


 なのにこの街では、明らかにマルスの宿よりボロくて汚いとこでも平気で倍以上の値段を提示してくる。

 これをボッタクリと言わずして、何というんだ!



 時間はかかるが、隣村の宿まで行くことも考えた。

 だが、同じことを考える冒険者は多いらしく、エルいわくおそらく空室はないという。

 さらに、選抜を受けるためには明日未明にエランまで歩いて戻らねばならず、道中で盗賊に襲われる危険性が高い。


 もうこうなったらネカフェ難民のように酒場に朝まで居座ろうかとも思ったが、マルスですら夜明けの酒場は無法地帯と化すらしいのに、ましてエランでは……もはや野宿より危なそうなのでやめにした。


 もはや万策尽きたか?

 いや、何らか宿代回避法はあるはずだ。


 ――と考えあぐねているうちに日が傾きはじめ、宿泊場所に悩んでいる時間がなくなってしまった。


 この世界ではランプの油が高く、日没後は酒場を除いたほとんどの店が閉まってしまうのだ。宿屋とて、例外ではない。

 俺は渋々、空室が残っていた85Gの宿に泊まることにした。


 冒険者の慣習では、宿代は報酬の取り分に応じて支払うことになっている。

 報酬の取り分の少ない冒険者は懐も寒いので、クエストや討伐における必要経費の負担も少なくすべきという発想からだ。

 よって、宿代の9割(76.5G)は俺持ちである。この出費は痛い!


 おまけに、ドブさらい5日分の料金を取る割には部屋はみすぼらしく、寝具はペタンコ。

 ボッタクリ&ボロ設備&理不尽な宿代9割負担で、負けたような気がしてとても悔しい。許しがたい。畜生、覚えてやがれ!


 いつかエランの宿屋主どもが俺に何か頼むことがあったら、思い切り吹っ掛けてやるからな。

 ――まあ、俺の金をふんだくった奴らの顔など二度と見たくはないけど!



 しばらくエルにそんな愚痴を吐いた後(聞かされたエルはご愁傷様だが)、宿代については忘れることにして、俺は井戸端にて夕食に取り掛かることにした。


 材料はいつも通りコスパ最強のキャベツである。

 しかし今日の夕食はいつもとは違うのだ。


 というのも、今日はエルの夕食も用意しなければならない。

 食えればいいという思想の俺が人様の食事を用意する事態になるなんて初めてだ。


 だが、自炊を嫌がったエルを無理に押し切って外食を拒否してしまったのでやむを得ない。

 そしてあろうことか、その際に『野菜丸かじりは駄目』という厳しい条件を飲まざるを得なかったのだ!


 至高の塩キャベツ定食を全否定されるとは心外だが、『野菜を生で食べるだけの夕食は嫌』というのは俺の知る限りでは極めて一般的な発想といえるだろう。


 でも大丈夫。なぜなら、俺にはとっておきのアイデアがあるのだ!

 え、それは何だって? それは、完成してからのお楽しみ。

 


 さて、調理開始だ。

 この世界で初めての料理。気を引き締めていくぞ!


 まず取り出しましたるは、こちらの鉄のフライパン!

 言わずもがな、さっき買ってきたばかりの新品。50Gもする高級調理器具だ。同時に、フライパンを持ち歩くための背負えるタイプの藁袋(15G)も購入した。

 今までは学ランのポケットだけでやり過ごしてきたが、持ち物袋はそのうち必要になるだろうし、これは必要経費だ。


 続いてはこちらの食用油!

 市場に出向いて1リットル10Gで買ってきたものだ。

 日本で見慣れている、ごま油っぽい色の油も売っていたが、値段が5倍だったのでこちらにした。

 もちろん、プラスチックなんてものはないこの世界において容器は別売りなので、油を入れられる粗末な革袋も5Gで追加購入した。


 ちなみに、この油が何から抽出したものか俺は知らない。

 いや、教えてもらえるとしても知りたくない。色は薄い水色で、見るからにやばそうな油だ。しかしそのことを気にしてはいけない。

 毒が入っていなければ大抵のものは加熱すれば食べられるのだ!



 おっと、油のことに気を取られ過ぎてしまった。本日のメインは油ではなく、1キロ6Gで買ったこちらの薄茶色の粉である。

 そう、これは米粉なのだ!

 つまり、この世界で初めて食べる米なのだ。

 色が白くないのには違和感があるが、日本と違って精米する前の米を挽いているのだろう。

 精米機なんてものがあるとも思えないしね。



 こうして材料が出揃ったところで、木でできたボウル(ちなみに10Gだ)に水と米粉とキャベツと適量の塩を投入し、手でグルグルとかき混ぜる。

 続いてフライパンの上に油を敷いてから、ボウルの中身をフライパンに敷いて、木の板(3G)で蓋をすれば準備は完了だ。



 で、これから何が始まるのか――それは、お察しの通り、加熱調理だ。


 井戸端にかまどなんてないので、フライパンを持ち上げてから、フライパンの底めがけて威力を最小限に抑えたファイアボールを数秒おきに発射してフライパンを加熱する。

 ファイアボールを熱源とするのだ。


 そう、これこそ俺が考案した人力コンロだ!


 自分の魔力を使うのでガス代はもちろんタダ。

 おまけに火力は魔力の限界まで出し放題なので、あっという間に調理が完了する。

 世界一エコでサステナブルなコンロだ。


 ただ欠点があるとすれば、低出力とはいえファイアボールを連射するのは意外に疲れることと、火力調整をミスれば火傷するから使用中は神経がすり減ることだろうか。

 あと、フライパンが結構重い。


 そして、スリル満点の2分が経過したら、フライパンの中身をひっくり返す。

 その後もう1分間だけ集中力を切らさないように耐えたら、料理は完成だ。



「エル、夕食が完成したぞ」

「何これ」

「これは俺の国の料理だ。お好み焼きという」

「こんな料理見たことないわ」


 この世界にはお好み焼きがないのか?

 貧乏人御用達の最強料理だと思うのだが。

 いや、この国にはないだけで別の国に行けばあるのかもしれない。


「これは結構うまいぞ。食ってみろ」


 俺はお好み焼きを半分ずつ切り分け、早速口に運ぶ。

 米粉でお好み焼きを作るのは初めてだが、モチモチして食感は悪くない。やはり米は最高だ。


 ただ贅沢を言うなら、もう少し味が濃かったらなお良かった。

 塩をケチりすぎたか。


「あら、美味しいじゃない。

 フレイがこんな料理を作れるとは思っていなかったわ」

「まあ俺は、この料理に熟達しているからな」


 俺にとって、小麦粉とキャベツという安い食材だけで完成してしまうお好み焼きは、もはや相棒とも呼べる存在だ。親父が起業した日以来、何度お世話になったことか。



「でも良かったの?

 調理器具や食材を買いそろえるぐらいなら、普通に外で食べたほうが安かったんじゃない」

「問題ない。フライパンだってボウルだって、一度買えばずっと使える。

 長い目で見れば、こっちのほうが安上がりになる」

「本当かしら」

「今日のお好み焼きなんて、材料費は2人分で8Gだぞ。調理器具代は、たった8回の自炊で元が取れる」

「よくそんな細かく計算するわね。感心するわ」

「これぐらい当たり前だ。エルも、物事をしっかり計算するよう心掛けるといいぞ」

「そういわれたって、農家育ちの私にはそんな計算できないわ。

 私にできるのは、足し引きと簡単な掛け算ぐらいよ」


 そうだ、エルを含めたこの世界の人間の多くは学校に行っておらず、算数があまりできないんだった。


「そうだったな。じゃあ今度暇なときに算数を教えてやろう」

「でも、金のことしか頭にないフレイのことだから、授業料取るんでしょ」


 どうやらエルは、俺のことを金の亡者と認識しているらしい。

 それについては反論できないが、それにしても……素人高校生が年上に算数を教えて金をせびるなんて、どんな構図だ。

 大人に小遣いをねだる幼児みたいで、みっともない事この上ないわ。


「それぐらい、授業料なしで構わん」

「あら、フレイって優しいとこあるのね」


 なんだそれ。なんか照れくさいな。


「い、いやそうじゃなくてだな。

 俺が算数を教えることでエルの貯金が増えれば、エルは強い装備を買えるようになる。

 そうすれば、パーティの戦力が上がって、クエストの報酬も増える。Win-Winというわけだ」


「やっぱり結局、金なのね。

 あれ、でも攻撃ができない私がいい装備を買ったところで、本当に戦力が上がるのかしら」


 あ、そうなんだった。俺としたことが、恥ずかしい。


「お、お前なあ……自分でそういうこと言うのは良くないと思うぞ」



 さて、そんな話をしているうちにお好み焼きを完食し、俺たちがいざ明日に備え眠らんとしたとき――

 俺たちは、宿に入ってからずっと先延ばしにしてきた問題とついに向き合わざるを得なくなった。


 その問題とは――


 それは、ベッドを追加すると、オプション料金を10Gもふんだくられることだ。エル曰く、この街の宿ではこれが普通らしい。

 というわけで、当然ベッドは一人分しかない。


 しかし、この街の宿ときたら、こんなところまでしっかり商売しやがって!

 ったく、商魂たくましいことこの上ない。ただでさえ宿代ぼったくってるんだから、おもてなし精神でオプションベッドぐらいタダにしろや。ってか、デフォルトだと部屋にベッド1台って、ラ〇ホかよ!


 でもだからといって、さすがに女性と同じベッドで寝る――なんて許されないよな。

 小学生ならまだしも、俺は高校3年・18歳だし。そういう行為が許されるのは、たぶん恋人同士だけだ。


 そこで、俺とエルのどちらがベッドで寝るかが問題となるのだが……

 どちらがよりベッドを必要としているかは一目瞭然。

 今日重装備で歩き続けたエルのほうが俺より明らかに疲れている。


 宿代の9割を出してるのはこの俺だ!と言いたいところだし、実際言いかけた。

 でも、俺が道中の飲食費をケチり倒したため休憩が取れず、エルが余計に疲弊したのも事実。決して強く出れたもんじゃない。


 というわけで、疲労で明日に差し支えないようにと、俺は大人しくエルにベッドを譲ることにしたのだった。



 宿代のほとんどを払ってるのに硬い床で寝ることになるとは――

 うーん理不尽……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ