5.パーティ結成
「ソロでクエストに行くですって!?
絶対に駄目ですよ!!
前衛のジョブの方ならともかく……
非力かつ、魔法発動中は防御できない魔導士がソロで戦闘するのは危険です!!」
さっきまで穏やかだった受付嬢の口調が、明日はソロでクエストに行きたいと申し出た瞬間、まるで別人かのような強い口調に変わった。
以前ソロの魔導士が何かしでかしたのだろうか?
「えっと……敵に囲まれなければ大丈夫なんじゃないか?」
「もし迫ってくる敵に魔法が命中しなかったらどうするんです。
剣も盾も持てない魔導士では、攻撃を防げないので間違いなくやられますよ!!」
「剣は無理にしても、魔導士でも盾ぐらいなら持てるんじゃ」
「肉体を鍛えていない魔導士では無理です。
盾が何キロあると思ってるんですか。一番軽い皮の盾ですら、10キロぐらいあるんですよ!」
へえ。盾ってそんなに重いのか。
「ですから、ちゃんとパーティメンバーを見つけてから来てくださいね。
もちろん、後衛ジョブの魔導士とか弓使いじゃ駄目ですよ。
盾役になる、前衛のジョブの人を連れてきてくださいね。
でなければクエストは受けさせられません!!」
「わかった。
ところで、パーティメンバーってどうやって探せばいいんだ?」
「昨日と同様、クエスト掲示板の辺りに行けばいいですよ。
初級冒険者の札をつけた冒険者に、手当たり次第に話しかければそのうち見つかりますよ。
万が一気に入った冒険者が見つからなかったら、掲示板の横にメンバー募集の張り紙を出す手もありますよ」
「なるほど」
初めての自分のパーティか。
俺がパーティのリーダーってことだよな?
てことは、メンバー達に「リーダー!!」なんて呼ばれちゃったりするのかな?
リーダー……陰キャだった俺にとって、なんとも新鮮な言葉だ。
――と、それはともかくとして。
見ず知らずの冒険者に声を掛けるなんて、高校3年間ずっと教室の空気だった俺にはきついなあ。
そのうえ、相手は出会って1週間の異世界人だし。一体、どう話しかければいいんだ?
しかも、俺は一日限定でパーティを組みたいのではなく、これから長い間ともに冒険するパーティを組もうとしているんだし。
俺のメンバー選択次第で、今後の冒険者生活が決まるって考えると、プレッシャー半端ないし。
ってか、無理だわ。今の俺には、パーティメンバーの勧誘とか無理だわ。
面識のない俺をあっさりとパーティに引き込んだ、ヨーグのコミュニケーション能力が羨ましい。
俺は一体どうすればいいんだ。ああ神よ、コミュ障に祝福あれ!
――おっと、そうだ。
メンバー募集の張り紙って手もあったな。これだ!
『フレイのパーティのメンバーを募集します。前衛ジョブなら誰でもOKです』
うん。これでいい。きっと明日にはパーティメンバーが見つかるだろう。
俺はそう信じながらギルドを後にした。
********
「あなたが、フレイさんですよね」
翌朝、期待と不安の狭間を彷徨いながらギルドに出向いた俺を待っていたのは、1人の女剣士だった。
俺のメンバー募集に応じ、張り紙の前で待っていたのだ。
彼女は、鉄の札を身に着けているから初級冒険者のようだが、高身長で体格も良く、見るからに強そうだ。
おまけに、顔立ちもなかなかに整っていて、日本で街中を歩いていたらモデルと間違われ……いや、それはない。モデルにしては体格がガッチリし過ぎだ!
「そうだ、俺がフレイだ」
「えっと……フレイさん、張り紙の、『前衛ジョブなら誰でもOK』って本当ですか」
「ああ、本当だ」
「なら私でも良いんですね!!」
「ああ、構わんが……
報酬の取り分の希望は?」
昨日はヨーグ達と報酬山分けで、苦い思いをしたからな。
だからできる限り、俺の報酬の取り分を多くしたい。
そのために、昨夜必死で「メンバーの報酬の取り分をいかにして減らそうか」と思案していたのだ!!
「私は、希望はないですけど」
『要望:特になし』のパターンCだな!
よし、このパターンでの交渉法は……
「じゃあ、取り分1割でもいいな?」
そう、まず法外に低い取り分を提示する!
価格交渉において、買い手の最初の言い値は少しでも低いほうが良い。
って、どっかで聞いたことがある気がするのだ!
まあ最初は拒否される前提……
「1割……ですか。少ないですけど……それでいいです」
は?
この人、何言ってんの。
パーティの報酬配分は、山分けが普通。
メンバーの強さに格差がある場合は、取り分にも格差が生じるが、どんなに取り分が少ない場合でも他のメンバーの半分ぐらいの取り分はある。
3割ならまだしも、1割なんて絶対にあり得ないのだ。
「お前……本気か?」
「ええ」
正気か? まさか、冷やかしじゃないだろうな。
「――後から冗談でした、はなしだぞ?」
「ええ、わかってます」
え、まさかマジなの?
「では、私をパーティに入れてくれるんですね」
「ああ」
――とその時、俺と女剣士のやり取りを見物していた冒険者たちが、一斉に歓声を上げた。
「スライムちゃん!」「スライム殺しだ、キャー!!!」「麗しのスライム姫様!!」「スーライム!ス~ライムッ!!」
――なんかこの女剣士、スライムスライム言われてるな。なんでだろ?
まあとりあえず……
「お前、名前は何という?」
「私は…」
そのとき、冒険者達が一斉に叫んだ。
「「「スライム姫!!!!」」」」
「ほう、スライム姫というのか」
「い、いえ……」
どうやら見るからに訳ありだ。
まさか、新参冒険者からスライムのように身ぐるみを剥ぐ地雷剣士、とかじゃないだろうな。
「おいお前、スライム姫ってどういう意味だ」
「どうもこうもあるか。
姫は、スライム以外倒したことが……」
彼女が、スライムしか倒したことがない!?
んなバカな! どう見ても、そんな弱いようには見えないが……
まあ、恐らくはからかっているだけだろう。よくあることだ。
――まあともかく、彼女がからかわれているにしても、パーティメンバーが見つかったのは事実だ。
これで、晴れてクエストを受注できる。
「パーティメンバーを見つけてきたぞ。
クエストを受けさせてくれ」
「言われなくてもわかってますよ。
さっきからずっと見てましたから」
「物分かりが良くて助かる。
早速クエストを紹介してくれ」
「では、こちらのビッグワーム退治なんてどうでしょう?
初級冒険者向けの依頼としては大きめの魔物ですけど、皮膚が薄いので魔法の効き目は抜群ですよ。
図体がでかいので攻撃力が高く、近接戦闘をする剣士には厳しい相手ですけど…」
ビッグワームは剣士の彼女には厄介な敵のようだが、俺が倒せば問題ないだろう。
「構わん。それで頼む」
「では、気を付けて行ってくださいね」
****
ギルドから離れ、騒ぎ立てる冒険者達が視界から消えたところで、俺は“スライム姫”とやらに話しかけた。
「ところで、お前はなんでスライムスライム言われているんだ」
「いえ、それはその」
「言いづらいのか?」
「い、いえ」
彼女は、物凄く気まずい顔をしている。
このことについては、細かい詮索はせずに放っておいてやろう。
所詮、彼女は同じパーティの仕事仲間に過ぎない。
誰だって、上司にプライベートを詮索されたら嫌だろう。
この話のせいで彼女の気分を害して、彼女にパーティから離脱されたらバカバカしいし。
「そういえば、まだ名前を聞けていなかったな」
「私はエリーゼです。
本名で呼んでくれる人は少ないですけど」
本名、か。
――うーん、面識のない女性、しかも年上女性に対して名前で呼べなんて、もはや恥辱プレイの一種としか思えない。
日本なら普通、名字で呼ぶよな。
「名字はないのか」
「字を持つのは爵位のある人だけです。
私は平民ですから、名字はないんです」
「では冒険者名は?」
「冒険者名は『エターナルライト』です」
――なんか、中二っぽいな……
でも、この世界の冒険者は、みんなこんな感じの名前だったりして。
カッコイイ名前を付けなかった俺が異端なだけか?
なんせ、ラビットから逃げて死んだフリしてたヨーグさんですら、冒険者名は『ブレイブ・ブライト』だ。
まあ確かに、ベタすぎる死体のフリを敢行したという点においては、彼は勇敢かもしれないが。
「わかった。
じゃあエターナル……は呼びづらいから、エルと呼ばせてもらおう」
――言った後に気づいたのだが、本名のエリーゼを略してもエルになるんじゃ。
だがしかし、かといって今更訂正するのも逆に恥ずかしい気がする。
「ところで、フレイさんは何と呼べば?」
「俺なら、フレイでいい。あと、俺はお前と同じ初級冒険者なんだから、タメ口でいいぞ」
さすがに、年上に対して敬語を使わせられるほど、俺の面の皮は厚くない。
あれでも、今の俺って客観的に見れば、堂々と訳あり冒険者の足元を見て、劣悪な条件でパーティに加入させた、相当な恥知らずなんじゃ?
「はい」
「いや、そこは『うん』だ」
「は……うん」
「よし、いい感じだ」
「ところで……アイテムは買わなくていいの」
――アイテム?
前回クエストを受けた時は、ただヨーグ達に付いていっただけだから、そんなこと気にも留めていなかった。
アイテムって言えば、やっぱりRPGでお馴染みのポーションとかエリクサーとかだろうか?
たしかに、万が一に備えて回復薬は持っておくべきかもしれない。
少なくとも、俺のやったことのあるRPG全てで、回復薬を常備するのは鉄則だった。
百聞は一見に如かずというし、とりあえず見に行ってみるか。
「へい、らっしゃい!
今日は特売日だよ!」
「おっさん、ポーションはいくらだ?」
「ポーション?
それなら本日限り95Gだぜ!
いつもは110Gだから15G引きだ!」
――95G!?
めっさ高いやんけ!
昨日のラビット狩りの報酬の3倍だぞ、3倍!
缶ジュースサイズの瓶に入ったポーション1本の値段が、3日分の収入と同じだと!?
ゲームとかだと、気軽に買えるアイテムなイメージがあるけど。
――でもまあ、高いといえるかどうかはポーションの効果次第だ。
もしかしたらこの世界のポーションは、回復力がゲームより高いのかもしれない。
「ポーションの効果って、どの程度なんだ?」
「ただのポーションだったら、火傷が2、3日で治る程度よ」
「もっと重い怪我ならどうなんだ?」
「大火傷で1ヶ月、骨折なら1ヶ月半ってとこね」
「ほう、結構効果があるんだな」
――骨折なら普通、完治までに2,3ヶ月かかる。
それが1ヶ月半になるというのだから、この世界のポーションは結構すごいのかもしれない。
「でも、ポーションの効果は、負傷してから時間が経つほど低下するの。
骨を折った直後に使えば1ヶ月半で治るけど、半日後に使った場合には2ヶ月かかってしまうのよ。
だから、冒険者は普通、すぐに使えるようにポーションを1本は常備しておくものなの」
なるほど。ポーションは負傷直後に使わなければほとんど意味がない、ということか。
「ってことは、エルも持ってるのか?」
「私は、お金ないから……」
「そうか。
そういうことなら、もう少し資金が貯まったらポーションを1本買っておこう」
「フレイもお金ないの?
ギルドナンバー2の魔力って聞いたから、ポーション1本分ぐらいのお金は持ってるのかと……」
「実は最近冒険者になったばかりでな。
まだ104Gしか貯まってないんだ」
「そうなのね。
てっきり、フレイを異国から来た冒険者とばかり思ってたわ。
でも、104Gあるならポーションを買えるじゃない」
「今ポーションを買ったら残金9Gになる。
不測の事態が起きて所持金が尽きたら大変だ」
「値切ったらもう少し残金が増えるんじゃないかしら」
――しかし、10G値切ったとしても残金は19G。残金が不安なことに変わりはない。
「それでも残金は少ない。今はよしておくべきだ」
「でも、ポーションを持ってないと負傷したとき大変なのよ」
「だが、負傷して仕事できない状態で所持金が尽きたらもっと大変だ。
食べ物が買えなくなったら行き倒れだぞ」
「10Gあれば2日は持つから大丈夫よ。
それに最悪、お金を借りるという手もあるわ」
「たった2日しか持たないのでは不安だ。
そして、借金は論外だ!!」
「借金といっても、仕事ができない時の食費分を借りるだけなら大した額にはならないわ。
せいぜい50Gぐらいよ」
「どんな少額でも借金は借金だ。借金とは破滅の道だ。
決してしてはならないのだ!!」
借金は人を破滅へと導く。なぜなら、借金には利息が付くからだ。
例えばサラ金で借金をした場合、(年利18%の場合)わずか4年で返済額は倍になる。そして、返済額は10年で5.2倍、20年で27.4倍にまで膨れ上がる。さらに、ひとたび借金すれば、借金の返済で生活費が減り、所持金不足で再び借金に頼らざるを得なくなる可能性が高まる。
これを、破滅のループと言わずして何と言えようか。俺は借金の恐ろしさを、嫌というほど知っている。
「でも、50Gぐらいならすぐ返せるわ。1ヶ月で返せば、利息も2割ぐらいよ。それで安心が買えるなら、安いもんじゃない」
1ヶ月で2割、だと。
えっと、1ヶ月で返済額が1.2倍になるってことは、2ヶ月で1.44倍で、3ヶ月で約1.7倍、4ヶ月で約2倍。
1年で8倍以上に膨れ上がるってことじゃないか!
「もし怪我が長引いて借金が返せなくなったらどうなる。
たった50Gの借金でも、1年経つと400G以上になるんだぞ」
「そ、そうなの」
「そうだ。2年半も経てば、借金は1万Gを超えるだろう。そうなれば、初級冒険者の収入では一生働いても返しきれないぞ」
「知らなかった。借金って、そんなにすぐに増えるものなのね」
言われてみれば、エルが借金の恐ろしさを知らないのも無理はない。
この世界の文明レベルでは、算数ができる人間は商人と学者ぐらいだろう。
「よし。ではクエストに行こう。ポーションはまた今度だ」
「わかったわ。でも怪我したら大変よ。なるべく早く買うべきだと思うわ」
「分かっている」
****
クエストで指定されていた東の森に潜った俺たちは、潜入してしばらくして、口に牙を生やした、巨大な芋虫のような魔物が前方で蠢いているのを発見した。
「エル、ビッグワームってのはあいつか」
「そうよ」
ほう、あれがビッグワームか。
乳白色の皮膚は薄く、内臓が透けている。ぶっちゃけ、滅茶苦茶気持ち悪い。グロ耐性のない俺が近づいて凝視したら、吐き出してしまいそうだ。
それにしてもでかい。体長は5メートルぐらいありそうだ。
よし、ここはエルのお手並み拝見といくか。
「よし、エル、あいつを斬ってこい」
「ごめん……私には無理」
「でもお前剣士だろ?
普段から、ああいうのを相手にしてるんじゃないのか」
「でも私、普段スライムとしか戦わないから」
「そうは言っても、見たことはないがスライムってドロドロした魔物だろ。奴らだって、十分気持ち悪いんじゃ」
「それとこれとは別なの! あんなの無理!!」
アンデッドやスライムは斬れて、芋虫は斬れないだと? 一体どういうことだ。
まあ、エルが訳ありであろうことは承知だ。
まあ元々、ビッグワームは図体がでかくて攻撃力が高い、近接攻撃を使う剣士とは相性が悪い相手だし、エルが無理というのなら仕方ない。
最初から、ある程度は自分で始末するつもりだったし。
「ファイアボール!!」
俺は、気持ち悪い芋虫に、全力でファイアボールをかました。
皮膚は見るからに薄そうだから、これ一撃で倒せるだろう。
願わくば、グロい内臓を焼き尽くせれば良いのだが。
しかし、案の定図体の馬鹿でかい芋虫を焼き尽くすことは叶わず、グロの塊である内臓が四方八方へと飛び散った。
オエーッ!!
「よし、1匹!
エル、牙を拾ってこい」
「ごめん、無理……」
エルは下を向いて目を覆ったまま、動こうとしない。
こりゃ牙も自分で拾うしかなさそうだ。
凄まじい吐き気で気が狂いそうになりながらも、俺はなんとかビッグワームを討伐した証拠となる、ビッグワームの牙2本を回収した。
「よし、1匹!」
「これで、あと9匹ね」
そうだった。クエストの討伐数は10匹。
エルが芋虫を斬れないってことは、あと9匹すべてを俺が倒さなきゃいけないってことだ。しかも、撃破後に牙を2本拾う必要もある。
撃破の瞬間も気持ち悪いが、内臓にまみれた牙を拾うのは気持ち悪さの極みだ。
クエストを達成する頃には、俺の胃袋の中身は間違いなく空っぽだろう……
オエエーッ!!