4.初クエスト
「おい、そこの新顔。お前、噂の新入りだろ!!
俺らと組まねえか?」
クエスト掲示板の前にやって来た俺は、数分と経たないうちに、鉄の四角い札を付けた男4人に声を掛けられた。札と装備から見て、4人とも初級の剣士であることは間違いない。
「俺って噂になってるのか?」
「なんだ、知らないのか。先週来た新米冒険者がギルドナンバー2の魔力だったって、有名になってるぜ」
「そうなのか」
噂については、実害がない限りは問題ないとして、問題はこいつらとパーティを組んだらどれだけ稼げるかだ。
「どのクエストを受けるつもりなんだ?」
「俺らは明日、南の草原のホーンラビット狩りの依頼を受けるつもりだ」
ホーンラビットは、先刻まで俺の同僚だったドブさらいの冒険者によれば、額に角が生えた大型のウサギらしい。木の棒で一撃殴れば倒せるほど脆いが、角のおかげで攻撃力は高く、かつ素早いとか。
「ホーンラビット? ウサギならお前ら4人で十分じゃないのか」
「やつら素早いから、逃したラビットを狩るために遠距離攻撃が使える仲間が欲しい。
報酬は160G山分けだ」
報酬160G。ドブさらいの10倍か。
しかし、俺を含めた5人で山分けすると、1人わずか32G=3200円だ。
命を危険にさらす仕事な上、クエスト失敗のリスクもあるのに、報酬がドブさらいのたった2倍なんて割に合わなくないか?
元同僚の冒険者連中が口々に、クエストに比べたらドブの方がマシだと言うのも頷ける。
「あの、もう少し報酬の高いクエストはないのか」
「これ以上のクエストなんていくらでもあるが、俺らには無理だな。このラビット狩りですら、ギリなんだぜ」
3200円でもギリなんて。初級冒険者というのは厳しいんだな。
「で、どうする」
「少し考えさせてくれ」
人は、金のこととなると、途端にその本性を現す。そのことは、前世でさんざん学習した。
彼らとて、本当に善意で俺に近づいてきているとは断定できない。嘘をついているようには見えなかったが、報酬をごまかしている可能性だってないとはいえないのだ。
そこで俺は、クエスト掲示板でホーンラビットの討伐依頼を確認した。
結果、報酬額は正しかったので、俺は彼らと組むことにした。
********
「おうフレ、今日はよろしくな!」
「こちらこそよろしく頼む」
翌朝。
俺たちは、朝日が昇ると同時に街を発ち、南の草原に向かった。
俺が参加することになったパーティのリーダー・ヨーグは、昨日の今日なのに、出会って間もない俺をいつのまにやらフレ呼ばわりしている。
随分と人懐っこい人だ。
「ホーンラビットは、普段は魔物化してないウサギ同様に大人しいが、相手が敵意を見せると突進してくる。
できる限りそっと近づき、剣の間合いに入るまで決して斬るな。フレは草むらに隠れて、俺らが逃がしたラビットを倒してくれ」
「わかった。でもなんで、普段大人しいホーンラビットを狩る必要があるんだ?」
「奴ら、他のウサギと違って食欲旺盛でな。
この時期になると繁殖期に備えて畑の野菜を食い荒らすんだ。奴らは急いで狩り尽くさないと、あっという間に畑を更地にされてしまうんだ」
「なるほど」
「ま、依頼主が農家だから報酬は高くないんだけどな。
それでも、俺ら初級にとってはありがたい。緊急性が高い分、他のクエストよりは報酬が良いからな」
ヨーグは何も知らない俺に、クエストについて丁寧に説明してくれる。
昨日、疑心暗鬼になってあれこれ詮索していたのがなんか申し訳ない。
「そろそろ奴らの発生地帯だ。気を引き締めていけ。
奴らは鈍感だが素早いから、気づかれたら厄介だ。いいか、見つけたら小声で報告するんだぞ。
いいか、絶対に大声出すなよ!!」
「リーダー、一番気を付けるべきはお前だろ」
「ガハハ、ドラは手厳しいな!!」
「だから声でかいってんだよ」
その時ヨーグの仲間の1人が、前方の畑にラビットを3匹発見した。
「リーダー、あそこに3匹いるぜ」
「農家の人が活動しているこの時間に、堂々と畑を食い荒らしてるのは間違いない。
奴だ。
よし、慎重に近づくぞ」
「リーダーこそ、気を付けろっての」
俺たちは、足音を殺してじりじりと近づく。
でも、音を立てなかったとしても、さすがに人が目の前で近づいてきていたら気づくんじゃ。ヨーグに小声で質問してみる。
「ヨーグさんよ、本当にこれで気づかれずに近づけるのか」
「ああ、今の時期の奴らには、食い物以外は見えてないからな。大きな音を出さない限りは、まず気づかれはしねえよ」
本当に大丈夫なんだろうな。ヨーグたちの重い剣と鎧が、ガチャガチャと盛大に鳴ってますけど。
まあ鎧の音はどうしようもないか。
「今だ!!」
ラビットの背後に迫ったヨーグの仲間3人が同時に、ラビットに素早く打撃を加えた。
すると、次の瞬間、あっけなく3匹のラビットの背中が青く染まった。マジかよ。本当に攻撃されるまで気づかないのかよ。
てか、こんな雑魚相手ならわざわざ5人パーティで来る必要なかったんじゃ。
「よし、まず3匹。よし、このまま次行くぞ、次」
「随分弱いな。このクエスト、本当に5人パーティで来る必要あったのか?」
「弱いのは防御だけさ。あいつらの突撃は半端ない威力だ。ヒットすれば中級冒険者ですらただじゃすまない。
俺らが食らったら一発で戦闘不能だな」
「ほう」
「おまけに素早いから、奴らに戦闘態勢に入られたら、囲い込まないことには攻撃を当てることすらままならねえ。だから大人数で来る必要があるんだ」
その後、一行はラビットの角だけもぎ取ると、そのまま行軍を再開した。しかし、何か違和感がある。
――そうだ、ゲームやアニメで魔物討伐といえば、撃破後に死骸から素材や食材を採取するのがセットだったよな。なんでヨーグたちはラビットの死骸に見向きもしないんだ?
「ヨーグ、ラビットの死骸は放っておいてよかったのか?
毛皮とか肉とか取れるんじゃ」
「今回収したところで、持っていったら邪魔だ。手が塞がっても問題ない帰り際まで、放置だ」
考えてみれば、確かに邪魔だ。
ホーンラビットは見た目こそウサギと同じだが、普通のウサギに比べてかなりでかい。人間の3歳児ぐらいの大きさがある。こんなのから素材を剥ぎ取って持ち歩いてたら、戦闘時に邪魔になるだろう。
「でもその間に他の人に回収されちゃうんじゃ」
「多分討伐を終えるころにはここらの農家に回収されてるだろうな。
だが、クエストは時間との闘いだ。報酬をもらうには、今日中にラビットを30匹狩らなきゃなんねえ。
俺らには、ラビットからチマチマ素材を回収している時間はないんだ」
「そんなに時間がかかるのか」
「血抜きから内臓の処分までするとなると、20分ぐらいは見ないといけないな」
そうか。ここは、ゲームの世界ではない。素材回収には、相応の時間がかかるわけだ。
それにしても、1匹20分か。クエストの規定数である30匹全部から、素材を回収するとなると、5人で分担しても2~3時間持ってかれる計算だ。
そうなると、タイムリミットのあるクエスト中は、どうしても素材採取を諦めざるを得ないだろう。
「向こうにいるぞ。2匹だ」
「さっき3匹倒したばかりというのに、もう次が見つかったのか。
今日は調子がいいな。この調子でとっとと終わらせちまおうぜ!!」
「リーダー、調子に乗りすぎて気づかれないようにしろよ。リーダーはすぐ調子乗るんだから」
「んなことわかってるさ!!」
ヨーグたちは、さっきと同じ具合に忍び寄り、ラビット2匹を一撃で仕留めた。
ラビットらはさっきと同様、あっけないほど早く息絶えた。この調子だと、俺の出番はないんじゃないか?
――しかし、俺のそんな心配は杞憂に終わった。
クエストも後半に差し掛かった、昼頃。
「リーダー、ヤバいですぜ。向こうに7匹いる」
「な、7匹だと?
弱ったな……フレを入れても俺らが奇襲して同時に倒せるのは5匹。
1匹なら対処できるが、同時に2匹残るとな」
「リーダー、諦めるんすか」
「うむ、戦力不足ではやむを得んな」
「でもリーダー、あれを倒せばクエストの成功率は一気に上がりまっせ。クエスト規定の30匹のうち、7匹でっせ」
「リーダー、ここはやるしかないっスよ。今日のクエスト失敗したら俺たち食いっぱぐれるっス」
「うん……よし、行くか!!」
どうやらヨーグらの考えはまとまったようである。
多少のリスクを冒してでも、ラビット集団に挑むようだ。
「フレ、お前は俺らが仕掛けた時にまずファイアボールで一匹仕留めろ。で、奴らが戦闘態勢になったら、俺らが引き付けるからもう一匹仕留めてくれ。いいな」
「了解」
「よし、3,2,1で一斉にかかるぞ。
いいか、しくじるなよ?
ラビット3匹相手とかマジで死ぬぞ!
しくじるなよ! 絶対、しくじるなよ! 絶対ッ!」
って、ヨーグさん、それはいかんでしょ。ダメ押しの繰り返しは死亡フラグ、日本ではこれ常識ね。まあここ、異世界だけど。
「いくぞ。さん、にい、いち……」
「とぉりゃあああああっ」「ファイアボール!!!!」「えいっ」「はっ」「ああああああっっッ!!!!!!」
勇ましい声に混じって、情けない声が聞こえる。どうやら1人やらかしたな。
「や、やべえ。やりやがったな。
ぶっ壊れ攻撃性能のラビット3匹相手は無理だ。
に、逃げるぞ!!!!」
さっきの勇ましさはどこへやら、ヨーグら4人はすかさずバラバラの方向へ一目散に逃げだした。
さすが底辺……おっと失礼、さすが初級冒険者。逃げの判断の早さは一流だ。
あっという間に遠くへと消えてしまった。
――って、俺も逃げねえと。
むしろ俺の方が、鎧を着てない分あいつらより脆いんだから!
って……あ、これ……手遅れなやつだ…………
ラビットたちは、脱兎の如き逃げ足を披露したヨーグらではなく、逃げ遅れた俺をターゲットに設定したようだ。
3匹束になり、俺に向かって猛ダッシュで突進してくる。
スピードはチーター並みとはいわないが、馬ぐらいには速いんじゃないか?
俺の鈍足では、到底逃げられそうにない。もはや、これまでか?
いや、まだだ。
最大の防御策、それは攻撃なのである。
敵の攻撃が自身に届く前に、敵の息の根を止めてしまえば何の問題もない。
「食らえ、ファイアボール!!」
シュボッ!!
一瞬にして、勇ましいラビット3匹は、あっけなく焼きウサギになってしまった。
ラビットがファイアボールをかわそうとしなかったところを見るに、どうやら突進中のラビットは、攻撃をかわす余裕がないようだ。
だとするとこのクエスト、ヨーグたちがいなくても、俺一人で向かってくるラビットにファイアボール連打するだけで、クリアできるんじゃ?
それにしても、全身真っ黒に焦げちゃって、なかなか良い焼け具合。我ながら上出来だ。
まあ、こちとらラビット肉を持ち帰る余裕はないから、近所の農民が美味しくお召し上がりになるんでしょうけど。
――ところで、ヨーグたちはどこへ行ったのだろう?
今の段階での討伐数は26匹。こんな感じでラビットを倒せるなら、あいつら抜きでもあと4匹ぐらい問題なく狩れそうだ。
でも問題はそこじゃない。
あいつらがいないと、報酬受け取れないんだよ!
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散り散りになって隠れていたヨーグらを全員回収したのは、あれから体感で2,3時間ほど経ってからのことだった。
ったく!! 勝手に逃げるのみならず、変なところに隠れやがって!!
土に埋まったり、全身に蔦を絡ませて蔦人間になったりするか、普通!!
しかも俺やヨーグ(すぐ見つかった)が呼んでも、俺らがラビットに追われて助けを求めているものと思い込んで、返事しないどころか微動だにしないし。
真っ先に死んだフリしていたヨーグを見つけてなかったら、今日中にメンバー全員回収できてなかったぞ!!
それにしても、メンバー回収中にヨーグが語ってくれた、数々の修羅場を潜り抜けたときの身の隠し方は面白かった。この面白さに免じて、パーティメンバー共にブチ切れるのは勘弁してやろうではないか。
……いや、本音を言うと剣士4人とケンカしたら、無事でいられる保証はないので大目に見ただけです、ハイ。クエストの時間内に全員見つからなかったら、ドブの日給2日分がパー、と心配し続けていたので、精神的疲労が半端ない。いつか強くなったら慰謝料を請求するので、覚悟の準備をしておいて下さいね?
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「お疲れさまでした。クエスト達成です。こちら、報酬になります」
パーティ合流からまもなく、俺らはクエストを無事達成し、ギルドで報酬を受け取った。
報酬は約束通り5人で山分けとなったが、納得できない。
ヨーグら4人の倒したラビットは合計21匹。
対して、俺が倒したラビットは、パーティメンバー回収中に倒した分も合わせて9匹。
俺以外のメンバーが倒したのは一人当たり約5匹なのに、その倍近くの数倒した俺と報酬は変わらないのだ。
しかも勝手に逃げたし。
そのうえ回収に骨を折らされたし!!
明日からは、他パーティに参加するんじゃなくて一人で行こう。
絶対一人で行こう。うん、絶対に。