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1.プロローグ

「お、親父の会社が潰れただって!?」


 俺は、金得かねう つとむ

 本日、めでたく念願の第一志望の大学へと合格を果たした、華の高校3年生だ。

 親父が起業に失敗して借金をこさえ家が貧乏なことから、高収入をもたらす学歴を崇拝するようになった俺は、部活やバイトに全力投球の同級生たちを尻目に、高校3年間、寝食の時間すら惜しんで勉強に打ち込んできた。おかげで、親からの遺伝で地頭が悪い俺でもなんとか、それなりの大学に合格することができた。


 なのに、なのに……!


「ごめんね、努。大学には行けなくなっちゃうけど、生活の為には仕方ないの」


 親父の勤めていた会社が、昨今の情勢もあって、よりにもよって合格発表当日に倒産してしまったのだ。

 家には借金こそあれ貯金はないに等しく、サラ金の審査すら通らない状況。そのため当然ながら、母がなんとか工面した大学の入学金30万円は、生活費に消えることとなった。


 大学に入学金が払えなければ、大学には入学できない。


 ということは、俺の3年間の努力は、灰燼に帰すというのか。

 もだえ苦しみながら勉学に励んだ、あの不毛な3年間は、無駄だったとでも言うのか。



 いや、まだだ。

 なんとしても、夢の大学生活、そしてその先にある理想的な人生を、俺は勝ち取って見せる!


 そう意気込んだ俺は、どうにかして入学金を調達しようと奔走した。取りあえず入学金さえ払えれば、その後の授業料については今からバイトすれば何とかなる。つまり、入学金の確保は、そのまま夢のキャンパスライフの実現を意味するのだ。



 しかし、現実は冷徹だった。

 起業に失敗した際、親族からの借金を踏み倒した前科のある親父を信用する親戚は、どこにもいなかった。それどころか、親戚の中には親父に遺恨を持っている者も多く、その怨念は息子である俺にも向かっていた。

 葬式で一度会ったきりの人を含め、ありとあらゆる親戚に必死に懇願したものの、成果はなしのつぶてだった。


 それでも、俺は大学進学を諦めることができず、数少ない友達や、挙句の果てには担任にまで、入学金を貸してくれないかと必死に頼み込んだ。だがそれも無駄で、誰もが首を横に振った。


 考えてみれば、それも当然だ。普段学校で会っているだけの人間に、突然30万貸してくれと頼まれたらどう思うだろう。それも、卒業直前という時期に、だ。普通なら、踏み倒されることを恐れて、そんな大金貸さないだろう。



 親戚も、友達も、先生も、所詮はただの人間。黙って大金を貸してくれるような聖人では、決してないのだ。

 人に頭を下げ続けて二日間を無為に過ごした俺は、そんな結論に辿り着いた。


 それなら、自分で何とかするしかない。


 そう確信した俺は、日雇いのバイトに応募し、ひたすら働き続けた。

 朝8時に家を出て、9時から18時までパン工場で働く。その後、21時から翌日6時までは、物流センターで働く。そんな生活を、1週間ほど続けた。



 しかし、そんな努力もむなしく、入学金の納入期限当日までに貯められた金額は、わずか15万ほど。いま家にある金を足しても、到底30万には届かない。


 俺は最後のあがきとして、大学に電話し、入学金の納付の猶予を請願した。しかし、それには世帯の所得条件がうんたらかんたら、とのことで、あっさりと一蹴されてしまった。



 もはや万策尽きた。

 俺は今、理想を目の前にして、無様に散るのだ。

 兄弟と共用しているスマホが、脱力した俺の右手から、スルリと滑り落ちた。


「あ、お兄ちゃんスマホ割った! あーあ、これじゃゲーム見づらいじゃん」


 次の瞬間、ソシャゲの続きをしようと、俺の電話が終わるのを今か今かと待ち焦がれていた弟が、騒ぎ立てた。

 俺の絶望には目もくれず、ソシャゲに執着する弟の言葉が、俺の憤りに火をつけた。


「ゲームぐらい何だ! 俺の絶望に比べれば、それぐらい!」

「ゲームぐらいって、何だよ! 無課金でも必死に、キャラを育成してきたのに!」


 売り言葉に買い言葉。弟の思慮のない返事は、心の炎を一気に大きくした。寝不足によるストレスも手伝って、俺はつい禁句を口にしてしまった。


「このゲーム中毒者め! そうだ、お前さえいなければ! そしたらもう少し家計が楽で、もしかしたら入学金も……」

「それはこっちの台詞だ! お兄ちゃんさえいなければ、微課金ぐらいならできたかもしれないのに!」

「お前ときたら、ゲームばっかり! この穀潰しが!」

「そんなんだから、お兄ちゃんはボッチなんだよ!」

「それも、受験のため……なのに! お前なんて……」


 弟の刺々しい物言いに耐えかね、弟にいよいよ物理攻撃でも仕掛けようかと思ったその時、妹が止めに入った。


 弟ならともかく、妹まで巻き添えにすると警察沙汰になりかねない。前科なんてついた日には人生終了だ。俺は犯罪者認定への恐怖から、冷静さを取り戻した。

 彼女は俺にとって、勉強中、食い意地の張った弟2人の目を盗んで夜食を調達してくれた戦友でもあるから、厄介を掛けたくないという良心もほんの少しはあったが。


「お兄ちゃん達、落ち着いて」

「そうは言っても……」

つとむお兄ちゃん、悪いのは彼じゃなくて、お父さんが失職したことでしょう?」

「でも……もし家計が今より楽で、家に貯金があったなら、俺は大学に行けるのに!」

「たしかにそうかもしれないけど、無いものは仕方ないじゃない」

「だけど、金さえあれば……」

「でも、それは想像でしかないでしょう? いくら想像したところで、現実にはお金がないんだから。どうしようもないわ」


 どうしようもない。

 その言葉は、俺に現実を突きつけた。


 俺は、得も言われぬ、やり場のない怒りに苛まれた。それは、親父の会社を倒産に追いやった社会への嫌悪か、あるいは外的要因に夢を打ち砕かれる、無力な自分への憤慨か。

 どちらかはともかく、俺はたまらず家を飛び出し、公道へと躍り出た。


「お前さん、危ないよ!」


 ボゴゴゴゴゴゴ!!





 そうだ。お年玉をはたいて、小学校入学の時に買った高級ランドセル。従妹のお古を貰えば、4万円貯金できたはず。

 それだけじゃない。おやつのお菓子やジュースだって、1ヶ月2000円としても、累計すれば相当な額になるはず。

 そうそう、中学の時だって。アニオタの友達と、映画やカラオケに行かなければ1回につき2千円は貯められたはず。


 俺は一体、親父が起業に失敗して小遣いが廃止される中2の冬までに、どれほどの浪費をしてきたんだ。


 それに、その後だって。中学の卒業祝いで配られた図書券も、使わずに金券屋に売ればよかった。

 高校の時だって、勉強一筋にならずに、ある程度バイトをしておくべきだったんだ。


 俺が今までに浪費せず、かつバイトで蓄財していれば、入学金ぐらい何とかなったんじゃないのか。


 俺は、間違っていたのだ。

 学歴に囚われていたが、その前に先立つものがなければ何も始まらない。

 徹底的に貯金をして初めて、努力が生きてくる。


 だから、もし来世人間に生まれたなら、ボロいお下がりランドセルを笑われようが、徹底的に貯金するぞ。友達に付き合いが悪いと蔑まれようが、徹底的に貯金するぞ。何があろうと、徹底的に貯金するぞ。




 こうして俺はこの日、家から飛び出したところをトラックに轢かれ、死んだ。

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