5:ヒーロー側【何がそんなにも卑屈になる要素があるのか】と連動
動かないように言われた為、じっとしていると、ラクシュ様がカップに手を伸ばした。こういう場では、招待側が先に口にするべき事なのに、どうしてと驚いた。そんな私の心の内など分からないのか、その顔はとても楽しそうに笑っていて、ますます混乱する。
カップを手に取り、口元に運ばれる。けれど…少しして、カップがソーサーに戻されるけれど、音を立てないなんてすごいなと感心していたら、ラクシュ様はにこりと笑う。
「天気もいいですし、歩きませんか?こんなにも綺麗な庭園そうそう見る機会はございませんので」
と、急にそんな事を言ってきた。もう動いてもいいのかしら。と思いつつも、せっかくのお茶が…と思う気持ちもある。でも、そんな事は言えないので、庭園へと案内するべく席を立つ。
そうして広い庭園を案内するのだけれど…一応、後ろに護衛の騎士と、メイドもついては来ているけれど、大きな声で話さなければ聞こえない距離だ。
庭園を案内するという名目の為、花に詳しいのか、良い香りがするものはこれ。とか、手入れが大変でとか、そういう話をしつつ、歩く。これが恋人であるとか、婚約者であるならば、腕を組んだりしながら歩くのだろうけれど、いくらなんでも打診の時点ではそこまするのははしたない。
…わざとそうして、嫌われるのもいいかもしれないけれど、日本でもそういうの余り積極的にできる方じゃなかったしなぁ。
「あの、こんな事、お伺いするのも失礼かと思いますが…なぜ、わたくしを?」
色とりどりの花が輪の様に植えられている場所がある。そこが一番、私が好きな場所。それに…この場所ならば、おそらく見張り役の二人も傍に近寄れないから、話を聞かれる恐れもない。
だから、勇気を出して、なぜ私なのかを聞く。
「ルーヴェリア様のパーティーにいらしていたでしょう?その時のドレスがとても印象的で…」
「お見かけ、しましたかしら」
「遠くからでも、印象に…ああ、木々の色と、あの赤が目に飛び込んできまして」
木々…回廊かしら。確かにあそこは近くに木も植えられていましたが…ですが、回廊ですれ違った人はいませんでしたし…どこかからか見えるのかしら。
でも、ドレスが印象的って…今日も綺麗ですよと言われても、どこを褒めているのかわかったものではない。だから、大抵これを言えば難色を示す、はず。
「…わたくし、魔力、ございませんよ」
「それが何か問題ありますでしょうか?」
「…ルーヴェリア様のおそばにいらっしゃる貴方様の奥方が、魔力なしでは…」
「それは、ルーヴェリア様をも貶める発言になりますよ。それに、魔力のあるなしは、関係ありませんしね」
う…確かに、第二王子様であるルーヴェリア様は魔力がない。けれど、武術は抜きんでて秀でていて、騎士学校でも負けなしだったという。それに、王太子様も、スタンフォード様も高魔力持ちだ。だから、子が出来れば高魔力持ちが生まれるだろうとも言われ、期待されているし。
魔力なしだと卑下された事でも?と、聞かれて、何も言えない。卑下はされていない。ただ、三女と比べられているのではと感じたことはある。それに…魔力なしの貴族の娘の末路を聞いてしまってからは…
「私はもちろん、私の血縁は、魔力のあるなしは重要視しておりませんので」
「そ、れは、そうでしょうけれど、その、下の妹の方が、器量も良いですし、父の」
確かに気にしない家がほとんどだ。一部の家がそう考えているだけで。私の家は、そこまで酷くはないけれど、それでもやっぱり多少は、ね。だから、妹を勧める為に言葉を紡ぐが…急に、手を取られてはっとした。しかも…手首にキス!?
そのまま…手首に当てた唇を、そのままに、目線だけこちらへ向けられて、ぶわっと顔が熱くなる。イケメンの流し目とか…っ!というか、唇やわらか…っ!
きっと私の顔は真っ赤になっているだろう。それが楽しかったのか、くすっと笑って…そっと手が降ろされた。
「私が、貴方と話をしたいのです。間違えてはいけませんよ…地位や名誉など、どうでもよいので」
「っ…」
な、なんだろ…顔はやさしげだし、落ち着いた声で話すけれど…うすら寒さを感じた。ぞくぞくした。地位や名誉がどうでもいいって、では何を求めて私に婚約の打診をしたというの。
「今度はぜひ、王都観光でも一緒にしましょうね」
「ええ、ぜひ」
庭園を後にして、今日はもう帰ると言うので、父を呼び、見送る。その時にそう約束をして別れたけれど…やっぱり、当初の予定通りに修道院生活目指そう。なんか…こう、うすら寒いし。