ゴーギャン
「今からお前をぶっ殺します」
「はぁ?何それ?お前は俺に訳の分からないことをした挙句、その説明責任を果たさないという無礼を働いた。お前は俺の時間と心の平穏さを奪った。つまり、事実上俺はお前にものを与えたということになる。
等価交換というものがあって、与えられた者は与えた者に何かを返さなければならない。今、俺は与えられる権利があって、お前には与える義務がある。俺とお前の間にはそういう優越があるということだ。
まぁ、お前はそれを無視するかも知れない。というか、多分、今までの様子からして、無視するんだろうな。でも、無視するってことは、人間をやめるってことだ。それはもう獣だ。他の意見を聞かず、自分の獲物を貪る。まさに、下等生物だよ。」
フェリーナは魔法を発動した。俺は止めようと思ったが、今度は間に合わなかった。フェリーナの纏っている雰囲気が少し前とは大分変わっていた。
フェリーナの手から、黄色の火の玉が1つ発射され、嫐の方へ向かった。しかし、嫐には直撃せず、近くの本棚に衝突し、本棚には穴が空いた。本棚は燃えていない。我々の知る炎とはまた、別のものなのかも知れない。
「黙ってください。優越があるのは明らかにこちらです」
フェリーナは真剣な顔で嫐へ言った。
「へぇ、人の話を無視して、攻撃するんだ。それが下等生物の習性かぁ。あぁ、とても勉強になった。でもさ、等価交換で、お前の‘貸し’を相殺するには、お前が何かを与える以外に、もう一つ選択肢がある。俺がお前から何かを奪えば良いってことだ」
言った直後、嫐の周りには再度本が集まり出した。そして、竜巻のように、円を描いて回り出した。
「人間は想像の世界でのみ自由だ。こんな想像の宝庫である図書館じゃ、俺は何でもできる。お前が何をしたのかは知らないが、俺はこの能力っていうのが分かってきた。そして、この能力がお前の能力の上を行くことも確信できる」
嫐は意味不明なことを口走る。直後、浮かんでいた本は高速回転を始め、龍か何かのように此方へ向かってきた。
フェリーナはそれを見て、即座に手を構える。その瞬間、フェリーナの前方には青色の炎で出来たような、大きな円盤が盾のように鎮座していた。
本で出来た龍のようなものは、その青色に飛び込んだ瞬間、蒸発して消えた。
目の前で、途轍も無い事が起こっていたが、俺は再びフェリーナを本棚の裏に連れ込んだ。
「ひゃっ!!系さん」
「だから変な声を出すなって」
「っていうか、系さんは邪魔をしないでよ。このままだと危険なんだよ」
フェリーナは少し不機嫌そうに言う。その様子を見ていると、もっと悪戯をしたくなる……じゃなくて、この状況を打開しなければならない。
「逃げるぞ」
俺はそう言って、フェリーナの手を引いて、図書館の出口へ急いだ。裕太郎は、フェリーナが嫐へ怒り出した時から、何故か大爆笑していたので、置いていく。まぁ、あいつはどうにかなるだろう。
嫐はまた奇声を発し出し、本がこちらは次々と飛んでくる。フェリーナはそれを火の玉で迎撃する。ナイスショット。俺たちはそうして何とか図書館を出た。
「フェリーナ、ちょっと待ってくれ」
最初はフェリーナを引っ張って逃げていた俺だが、いつの間にか、立場が逆転して、フェリーナが俺の手を引いていた。運動不足の弊害というものだ。
この前も、門前と通り魔から逃げている時に、自分の体力の無さを実感した。……というか、何故俺はこんな頻繁に危険人物から逃げているのだろう。俺の平凡な日常は何処へやら。
「っていうか、わたし達はどこへ向かっているの?」
「我々はどこからきたのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」
「…………」
「…………」
「ケイ、置いていかないで下さいよ」
図書館に置いて行った裕太郎が後ろからやって来た。どうにかなったようだ。良かった。良かった。
「あぁ」
「素っ気なさ過ぎません?」
「いや、別に言うことも無いからな」
「…………そうですか。突然話題を変えますが、フェリーナさん、嫐銀也とは知り合いだったんですか?」
裕太郎は微笑付きでフェリーナに問い掛けた。
「いや、別に知り合いってわけじゃない」
「じゃあ、何故あいつがあんなにもフェリーナに腹を立てていたのか、分かるか?」
嫐という人間は色々と謎だ。第一、奴は魔法と思われるものを使ったのだ。正直、これから波乱が巻き起こる予感しかしない。
「ちょっと複雑な話になるかも。ただ、最初にわたしの意見を言っておくと、嫐銀也は今すぐにでも殺すべき」
次話も明日投稿します。