罵詈雑言
「嫐銀也ってどういう奴なんだ?」
部屋を出てから俺はそう質問した。なんとなく、ろくでもない奴ということは予想できるが。
「……何と言ったら良いんでしょうか」
「近づいただけで何かしら文句をつけてくるような人間。正直異常者と言って間違いないレベル。部員にするどころか、友好的な関係を築くことすら困難な相手よ」
門前はそう言った。正直なところ、絶対に関わりたくないところだ。というか、そもそも、そこまでして研究会に入る必要はあるのか?
「という感じで、嫐銀也という人物は悪名高いということですかね」
「1つ思ったんだが、そんな人間を無理して説得してまで、あの研究会に参加する必要性はあるか?あの人も何を考えているのか分からないような奴だし」
「確かにケイがそう言うのも当然だと思います。ただあの人、沖田というらしいのですが、彼も何らかの意図があって発言をしている筈ですよ」
「つまり、嫐という奴にはパラレルワールド、異世界に何か関係があるかも知れない、という訳か?」
「ただ、絶対に連れて来ることのできない人の名前を挙げて、研究会に入れないという意思を示しているという可能性もあるわよ」
門前はそう指摘した。確かにそうかも知れないと思えてきた。
「まぁ、良いじゃないですか。何事もやってみないと分からない。明日の放課後に嫐銀也と接触したいのですが、どうですか?彼はいつも図書館にいるらしいのですが」
「断るわ。用事があるから」
門前は間髪入れずに断る。
本当か?という疑いの目で、門前を見ていると、「斬る」というような目で睨まれたので、目を逸らす。
「じゃあ、俺も用事があるんでパスで」
「ケイが用事がないことはこちらで把握してますよ」
「は?何だよそれ?怖すぎだろ。まぁ、用事は無いんだけど」
「フェリーナさんはどうですか?」
「わたしは系さんが行くなら行くよ」
「では決まりということで良いですね?」
「ちょっと考えてみろよ。嫐って奴がキレて急に暴れ出したり、実は暴力団関係者で手足縛られて東京湾に沈められたり、特別なチカラを持っていて、リアル図書館戦争が勃発する可能性だってあるだろ」
「どれだけ行きたくないんですか。ケイ」
「冗談の一種だよ。まぁ明日、そいつに会いに行けば良いんだろ」
まぁいい。そういう頭がおかしいような奴も一目見てみる価値はあるかも知れない。
❇︎❇︎
翌日の放課後。クイズ研究会を訪ねてから約1日が経った。授業中は平穏で、食堂には相変わらず変人はいたが、特に問題はなかった。そして、帰りのHRで繰り広げられる担任の御高説中に、フェリーナを見て癒しを得たところまでは昨日と同じである。
そして、案の定裕太郎がやって来て、「行きましょう」と言うので俺たちは図書館に向かった。
この学園の図書館は、図書室ではなく図書館と言うだけあって、他の校舎とは独立した建物でなかなか大きい。
裕太郎が図書館の扉を開けたので、その後に続く。こういう時に率先して先に行ってくれるのは、頼もしいと言えるかもしれない。
「すごく広い」
フェリーナは図書館の内部を目にしてそう言った。確かに広いと思う。
図書館には、劇場の2階席のように上のフロアが広がっていた。そこから灰色の髪の少年が此方を見下ろしていた。目つきはかなり悪い。フェリーナが図書館で声を出してしまったために顰蹙を買ってしまったのかも知れない。
「彼が嫐銀也ですよ」
裕太郎が灰髪(銀髪?)のさっきの少年を目で指した瞬間、数多くの物音が鳴った。嫐の周りには、嫐を囲むようにして、多数の本が浮いていた。非現実的な光景だ。
「え?どういうこと?」
嫐の近くにいた女子生徒が動揺したように言う。直後、嫐を取り囲んでいた本たちは四方へ飛び出した。周りの生徒たちには本の衝突を受けた者もいたが、大怪我をする程のものではないだろう。そして、俺たちのいた下のフロアにも少し本が飛んで来ていた。
「おい、そこの金髪の女。何をした」
嫐はフェリーナに対して怒鳴るように言った。相当頭に来ているようだ。
フェリーナは何かあたふたしている。フェリーナが慌てやすい性格なのか(そういうタイプの女の子も俺は好きだ)、フェリーナから見て、嫐がそれだけ危険な奴なのかは分からないが、フェリーナが取り乱すのはあまり良くない。落ち着かせよう、と思ったところで嫐が言う。
「聞いているのか。これはどう言うことなんだ?お前にはそれを説明する責任があるだろ。その責任を果たさないのは俺に対して不誠実であり、お前は社会から排斥されることになる。お前のような人間は何処に行っても駄目だ」
「これはかなりまずい状況だよ」
フェリーナはそう呟いた。俺が「どういうことだ?」と聞こうとすると、嫐が「うぁぁああぁぁああ」などと咆哮を上げだした。嫐という奴は俺が予想していたよりも、頭のおかしい人間なのかも知れない。
嫐が声を上げると再び彼の周りに本が集まりだした。その直後案の定、本が四方へ飛んだ。何となく、いや確実にこちらに向かってくる本が多い。
俺と裕太郎は嫐の死角に入るよう、咄嗟に本棚の裏へ逃げた。その瞬間、俺の目には嫐に対して掌を向けるフェリーナが映った。魔法発動の準備だ。
「フェリーナ、止めるんだ」
俺の声にフェリーナは応えない。
理事長室で見た魔法よりも『構え』の時間が長く、まだ魔法は発動していなかった。より壮大な魔法なのかも知れない。
俺は意を決して、フェリーナのもとへ走った。そして、フェリーナの腹部に手を回して、強制的に本棚に引き摺り込んだ。俺の腕力からしたら、かなりの重労働だ。
「ひゃぁ。ちょっとケイさん」
「この状況で変な声出すなよ」
何とかフェリーナを本棚の裏へ連れ込むことができた。魔法を取り敢えず止めることができたようだ。
「ここで、魔法を使ったらどうなるか分かるだろ。図書館だぞ。しかも他の人に見られたら、かなり面倒臭いことになる」
「無関係のものを燃やさないだけの分別くらいは、わたしにだって付いてるよ」
「分別?そういう問題じゃない気が」
こうしてフェリーナと会話している時に、ふと裕太郎を見てみると、何故か微笑んでいる。謎だ。もしかすると、真顔が笑顔というやつなのかも知れない。
「おい、金髪女。逃げることしか出来ないのか?逃げるというのは、弱者がすることだ。つまり、お前は俺より格下って訳だ。そういう奴は逃げようが隠れようが、結果は同じ。そもそも、何故俺がお前のような下等生物の我儘に付き合ってやらないといけないんだ」
嫐の長い罵詈雑言の後、フェリーナは再び本棚の裏から立ち上がり、嫐を睨み付け、こう言った。
「今からお前をぶっ殺します」
次話も明日投稿します。