仮説
「はい、では本題に移りますよ」
「結構真剣な話なのか?」
「いいや、別に。あ、昼食は食べながらでもだ————」
「貧乳を好かずして巨乳を愛するのは、算数すっ飛ばして数学に行くようなもんやろ」
裕太郎が話している最中に、そんな関西弁が響き渡る。俺たちの後ろでさっきから騒いでいた連中の1人だ。確か十傑の1人で9位か10位とかだった気がする。1年生ながら、いかがわしい学派を設立して、『エロの貴公子』などと呼ばれて、それなりに有名な人物である。
と、そんなことを考えていると、貴公子のもとに何故かテンションの高い(いつものことだが)熱血学ランの野郎がやって来た。
「お前たち、なかなか面白そうな話をしてるな。笑笑の笑だ」
「なんや。風神轟が何の用や?」
「お前、貧乳が何やらとか言ってたが、世の中乳乳の乳だろ」
「その発言は聞き流せへんぞ。ちょっとお前には説法が必要やな」
今にも風神と貴公子の間で戦争が始まりそうである。というか、あの学ラン、風神轟っていう名前なんだな。結構カッコいい。
「ケイ、サラ……えぇと、フェリーナさん、席移りますか?」
「その方が良さそうだな」
というわけで、俺たちは席を変えた。
「では、今度こそ本題を話します。部活に入りませんか?」
「何の部活だ?言っておくが俺は部活とかそういう系統のものは嫌いだぞ」
「まぁ、それは何となく分かりますが、おそらくそういった心配はあまりしないでいいかと。僕たちが入るのはクイズ研究会です。部活というか研究会ですね」
「なんか楽しそう」
フェリーナはそう言う。
「でもなんでそんな所に参加するんだ?」
「実はですね。ここからが重要なんですが、そのクイズ研究会というのは名前だけで、実態としてはパラレルワールドだとか異世界といったものを研究しているみたいなんですよ」
「でも、そんな胡散臭いところに行く価値があるか、というのは甚だ疑問なんだが」
「しかし、日常生活をしていて、パラレルワールドや異世界を研究しようと思いますか?おそらく研究するに至ったそれなりのキッカケがあるはずなんですよ。『火のないところに煙は立たぬ』と言いますし」
「まぁ、唯の厨二病な気もするが、行ったところでそこまで損することはないかもしれないな」
「フェリーナさんも大丈夫ですか?」
「わたしはいいよ」
「では、早速今日行ってみましょう」
「門前はどうするんだ?」
「誘いますよ。理事長にフェリーナさんの面倒を見るようにと言われているので、そのことに触れれば断ることはない筈ですよ。彼女も今までずっと理事長に従ってきたのですから」
帰りのHRが終わり、放課後となった。相変わらず担任の話は長かったが、今日は隣にフェリーナがいたので辛さも和らぐと言うものである。
そんなことを考えながら、フェリーナの麗しの横顔で目の保養をしていると、裕太郎がやってきた。最初は嫌な奴だと思ったが、意外と頼りになるのかも知れないと思わなくも無くなってきたと言えなくもない。
「では、行きますか」
俺たちは廊下へ出るといつの間にか門前もいた。別に誰かを目で追いかけるのに夢中になっていたから気づかなかった訳ではない。
なんだか、今謝るのが適切という雰囲気がしたので、門前に謝っておこう。
「門前、昨日のことはすまなかった。これからは気を付けるから」
「別に気にして無い」
「そうか」
まぁ一応問題は解決したかなぁ、と俺が思うと、渾身の笑顔で裕太郎が「では、行きましょう」と発言し、俺たちはクイズ研究会へ向かった。
「言っておくけどクイズ研究会は、おそらく簡単には入れないわよ。私も高校に上がったばかりの頃、入ろうとしたけど、新入部員は求めてないって感じね」
門前は言う。
「なるほど……門前だけに門前払いってことですか」
「…………相変わらずの笑いのセンスなのね」
裕太郎がそんなしょうもないことを言っている間に、俺たちはクイズ研究会の前に到着していた。裕太郎がドアを開く。
中には、パソコンをいじっている人が1人いた。制服を着ているから、生徒なのだろうが、おじさんのような男だった。身長もそれなりに高く、太さもそこそこでゴツい身体をしている。
「何の用だ?」
男は鋭い眼光でこちらを貫いてくる。そして、見た目通り、渋い声だ。
「僕たちはこのクイズ研究会に入りたいと思いまして」
「今は新入部員を募集していない」
男はそう即答した。
「僕はこのクイズ研究会が実際には何をしているのかを知っていますよ」
「……具体的には何だ?」
「貴方はパラレルワールドや異世界について調べているんでしょう?」
「何故それをお前が知っているのかは分からないが、それは正しい。だが、新入部員を募集していないことは変わらない」
「しかし、おそらく僕たちは貴方にとって有用であると思いますよ。僕は一応十傑ですし、そこの門前さんも同じです。そこのケイは首席ですし」
裕太郎はそう男を説得する。
「……そうか、歴代最優秀と言われる首席が来たとはな。ということは、その金髪は噂の転校生という訳か。それはとても興味深いことだ」
「どうです?考え直して頂けましたか?」
裕太郎は爽やかな笑顔で問い掛けた。
「でもな。俺は勝率の不確かなギャンブルをするのは好きでは無い。無論、全くしないという訳では無いのだがな。そこで俺はお前達に試験を与えることにする。お前達が本当に有用な人材という訳ならば、合格は必至な筈だ」
「試験?」
門前は疑問な様子でそう口にする。
「内容は簡単だ。嫐銀也って知ってるか?」
「まぁ、知っていますが」
裕太郎はそう言い、門前は露骨に嫌そうな顔をした。どんな奴なんだ?俺は知らないし、フェリーナも勿論知らないようだ。
「そいつをここに連れてきて、ここの部員にする。それが試験の内容だ」
「何故そんな内容なんだ?」
俺はそう質問した。
「入学試験で出題者に質問できると思うか?」
男はそう言った。質問は受け付けないということだろう。
「話は以上だ」
男はそう言い、パソコンに再度視線を戻した。
「異世界なんて本当にあるのかしら」
部屋を出ようとして、門前は挑発するようにそう言った。
「異世界は存在する」
男は落ち着いた声でそう断言する。
「根拠は?」
「お前達はシミュレーション仮説というものを知っているか?端的に言えば、俺達が今生きているこの世界はどこかの誰かが作ったシミュレーションということだ」
「でも、それって単なる仮説なわけでしょ」
門前もあくまで自分のペースを崩さない。
「考えて見て欲しい。例えば、この世界の技術が、新しく世界を作り出すことができるところまで、到達することができるだろうか」
「難しそうね」
「では、質問を変える。旧石器時代の人間は、この世界にスマートフォンというものが現れることを想像できたと思うか?」
「おそらく不可能だと思います」
今度は門前が答えなかったので、裕太郎が代わりに答えた。フェリーナは黙って話を聞いている。
「でも、スマートフォンは実際に今存在する訳だ」
男は自分のスマートフォンを手で持って言う。新商品を発表するどこかのCEOみたいだ。
「今『世界を作り出す』ということを想像できるというなら、それが実現する可能性は十分高い。むしろ、スマートフォンが生まれる可能性よりも高いと言える」
男は続ける。
「そう考えたとき、ある世界は世界を作る。これは1つとは限らない。そして、作られた世界がまた発展して他の世界を作る。そうするとかなり多くの世界が存在することになる。
もちろん、この世界が最も発展した最初の世界で、他に世界が作られておらず、この世界しか存在しないということもあるかも知れない。ただ、その可能性はどれくらいのものだと思う」
「とても低いですね」
裕太郎は答える。
「じゃあ、あなたは状況証拠だけで、被疑者を有罪にするのね」
黙っていたと思ったら、また門前が噛みついた。
「仮説が無ければ、科学は発展しない」
「あなたのは、科学は科学でも空想科学でしょ?」
俺たちは部屋を出た。
そろそろ物語も本格的に進展していきます。
次話も明日投稿します。