杞憂
俺は今帰宅するため、電車に乗っている。
あれから、速まった心臓の律動はなかなか治らなかったが、今は平常を取り戻している……はずだ。
電車の座席には空きがあるが、俺はドアの前に立ち、外を見ている。流れる景色を見ていると癒される。
俺は、今日起こった色々なことに思いを馳せる。
まずは門前を怒らせてしまったことだ。
俺は幼少時代に色々と立て込んでいたりして、そこで本来身につけるべき社会性を得ていない、と自分では分析している。
そのためか、無意識に人を怒らせてしまうことは少なくない。しかし、今日は少し展開が早すぎる気がする。
例えれば、ぼーっと歩いていたら、いつの間にか立ち入り禁止エリアにいたようなものだ。怖い怖い。
門前が「もうあなたと話すことはないわよ」みたいな感じなのか、明日になれば「昨日は私が悪かったわ」となるのか、どれくらい怒りが大きいのかわからない。
でもそんなことは考えても仕方のないことだ。人間は論理的ではないから、考えたところで無駄というのは、よくあることだ。
そして、フェリーナである。俺はまたあの時を思い出して、心臓の律動が速くなる。
あの柔らかい唇の感触。あの耳をくすぐるような甘い声。あの理性を揺るがすような髪の匂い。
フェリーナは何故あんなことをしたのだろうか。これも考えたところで何も分からないと理解しているが、考えられずにはいられない。
フェリーナは「わたし系さんのことがーー」と言っていた。自惚れているわけではないが、その後に続くのは常識的に考えて、「好き」とかだろう。
「いつも味方」とか言っていたわけだし、こちらに好意的だと考えるのが妥当だ。
それでも、俺は女性に男として好かれるタイプの人間ではない。そういうのは平のポジションだ。
だからこそ、あのフェリーナの行動は驚きだった。ぼーっと歩いていたら、1万円札を拾ったようなものだ。
1万円札といえば、俺はあの時焦って1万円札を置いて、店を出てしまった。まぁ、でもアレの対価としては安いものか。いや駄目だ。そういう考え方をしていると、結婚詐欺に引っかかったり、キャバ嬢に何十万円も貢いだりする人種になってしまう気がする。
それと、どうでもいいが、平が「紳士として」とか意味不明なことを言っていたのを思い出し、少し腹が立ってくる。いけ好かない奴だ。
そもそも、フェリーナは異世界から来たと言っていたし、フェリーナの育った環境では、キスのハードルが著しく低い可能性だってある。西欧人がすぐハグするのと同じだ。
それか、フェリーナは男を誑かしまくる悪女なのか。俺を騙して、何かを得ようとしているのか。
色々なことが頭に巡るが、全て杞憂であって欲しいと願っている自分がいる。そうだ、フェリーナが悪女なわけないじゃないか。
ここで俺は天才的な考えが浮かぶ。やはりフェリーナは俺のことが好きなのだ。おそらく一目惚れという奴だ。
そして、門前も俺のことが好きなのだ。だって考えてみて欲しい。門前は、俺がフェリーナにパフェを“あーん”された直後に怒り出した。
つまり、嫉妬だ。門前はツンデレなんだ。そう考えると、門前の言動が可愛らしく思えてくる。
恋に積極的な転校生に、ツンデレ。あとは、幼馴染、妹が欲しいところだが、残念ながら俺にはどちらもいない。生き別れの妹か義理の妹ができるのを待つしかないか。
まぁ、幼馴染は突然できるものでは無いので、しょうがない。
最後にフェリーナの魔法のことだ。あの円を描いて回る火の玉を見たが、それ一回きりだ。あの火の玉がどのような性質を持っているかなど、ほぼ何も分かっていないと言っても過言ではない。
異世界のことについてもかなり気になる。俺はかなりの量の参考文献を読んで来たが、実際の異世界人は見たことがない。まぁ、それが普通だが。
異世界を語るような者は、普通なら、夢見がちな人間として無視されるところだが、フェリーナの場合、実際に魔法を使っているのだから、そうもいかない。
そんなことを考えたり、電車から見える住宅街などを見ていたら、電車は自宅の最寄り駅に着いていた。
俺は歌を歌いながら、スキップして家への道を進む。
そういえば門前と衝突した時に持っていた本はどこかに行ってしまったな、と思い出す。
俺は家の前に到着し、インターフォンを押す。今すぐ解錠するという旨の返答をもらい、ドアへ向かう。
ドアを開けた瞬間、
「お帰りなさいませ、ご主人様」
系を迎えたのはメイドであった。
次話は明日投稿します。