10%
人間は脳の10%しか使っていない。そんな神話は科学的には否定されている。
まぁ、考えてみれば分かるだろう。傷がついても放っておけば、自然に治り、欲に従うだけで子孫を残すことができる、そんな神秘的で有能な身体が、脳の90%を無駄にするという失敗を犯すわけがないだろう。
しかし、俺からすれば、それは事実と言えるかもしれない。俺が脳を100%使っているとすれば、他の人間はそれこそ脳の10%しか使っていないように見える。
まぁ、流石にそんなことは本気で思ってはいないが、俺の脳は普通と違うようだ。
俺は、ある特別な能力を持っているらしい。それは『すべてを理解することのできる能力』
と言っても、理解できないことは色々あるし、分からないことは沢山ある。
実際、分からないことがなければ、今頃俺はノーベル賞を平和賞と文学賞以外すべて受賞しているに違いない。
正直、俺にもこの能力についてはよく分からないが、まぁ、とてつもなく頭が良くなると認識しておけば良いだろう。
そんなことを考えながら、俺は駅から学校までの道をスキップして歩いていた。
時刻は11時頃。俺はもちろん学校に向かっている。
遅刻し過ぎて逆に急ぐ気がなくなってしまったパターンである。実際、本屋の袋を左手に下げていることから、学校に行くことに対しての不誠実さが窺える。
「暑い。暑すぎる」
今はもう9月中旬だ。数年前まではこの時期はここまで暑くなかった気がする。地球温暖化め。
「メタンガスと二酸化炭素が悪い」
と二酸化炭素を排出していると、右半身に強い衝撃を感じ、その直後俺は左にふっ飛ばされた。
「あ......?何だ?」
と右を見てみると、俺と同い年ぐらいの女の子が倒れていた。驚愕というような顔をしている。
そして、俺は重要なことに気づく。この女の子、俺の高校の制服を着ている。
「もしかしてこの展開、転校生?」
俺が問いかけると、女の子は立ち上がり、
「…………は、はぁ?私たち、同じクラスでしょ」
冷たい視線が返って来る。
「えっ?これ学校に着いて、隣の席になって『何でお前が?』みたいになるやつじゃないのか?俺の隣の席空いてるし」
「あ、あなたの言っていることは理解しかねるけど、とりあえず早く逃げるのよ」
あなたの言っていることを理解しかねるのはこっちなのだが、女の子はいたって真剣で、少し焦っているようにも見える。
「どういう……。は?」
俺は女の子に発言の意図を聞こうとして、物騒なものを発見してしまった。
彼女がやってきた道から、刃物を持った男がこちらに向かって走って来ていた。
「通り魔よ。通り魔。早く」
女の子は俺の右腕を掴んで走り出す。
「通り魔っていうか、俺たちをピンポイントで狙っている気しかしないんだが」
周りにも、人がいるのに男は見向きもしない。まぁ、被害が出ないならいいんだが。
「とにかく学校に」
女の子はそう言うが、俺はもう体力が厳しい。運動不足のツケがこんなところで回って来るとは。
なんとかして、俺たちは学校に入ることができた。学校の入口にはしっかりおじさんが見張っているので、関係者以外は入れないはずだ。もう安全だ。
凄く汗をかいてしまった。俺は代謝が悪いからあまり汗をかかないのに。まぁ、代謝と汗はほとんど関係ないけど。
「何なんだよ。警察に通報したのか?」
「今から電話するのよ」
何故か不機嫌そうに返答された。
女の子は電話が終わったようだ。
「あなた、走るの遅すぎでしょ。私がいなかったらあなた、死んでたんじゃない?私って命の恩人なんじゃ……」
「はぁ?そもそも君に会わなかったら、こんな目に遭わなかったと思うのですが」
今日はロクな日になる気がしない。
「というか、あの男は何者なんだ?他の人襲ったりしてないよな」
「それは分からない。あれはサイコパスとかそういう類だから」
「っおい、それはまずいだろ」
「じゃあ、私が倒しに行こうか?」
「そんな冗談言っている場合じゃないだろ。そもそも、何で、君はあの男に追いかけられてたんだよ」
「…………。もう警察呼んだし、そもそもあなたに何ができるっていうの?」
「……」
そもそも、何故この子はこんなにも不機嫌なんだ?俺が走るのが遅かったからか?やっぱり人の気持ちは理解することができない。
「まぁいいや。行くぞ」
俺は女の子を引っ張って校舎へ向かう。
「えっ。いや、ちょっと」
「だって、同じクラスだろ?」
「いや、それさっき『転校生?』とか言ってた人にだけはいわれたくないんだけど」
女の子は唇を尖らせる。
「そういえば、名前を聞いてなかった」
「はぁ。門前綾奈よ。なんかすぐに忘れられそうな気がしてならないけど」
「通り魔を引き連れて来た人なんて一生忘れるわけがないだろ」
門前はむぅ、と不満そうに頬を膨らませる。
「そういや、俺は」
「北舘系でしょ。史上最大級の首席っていう」
こうして2人は校舎に入っていった。
この時の系は、その後もう1人の強烈な少女に会うことになることをまだ知らない。
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χ刀乱魔