第2話 ので
シャン……シャン……シャン……シャン……シャン……シャン……
うるさい!!流石にうるさいから音消そう……
うるさいリジェネの音をスマホの設定で消すと、頭の上が静かになった。
個室から出て、洗面台で丁寧にとにかく汚れが取れるまで丁寧に手を洗う。メンテナンスとかのスキルで見ると分かるけど、手には細菌が付きやすいからこういう時にしっかり洗おう!
ゴシゴシと数秒間、石鹸を泡立てていると同僚の柏原からピコンッ!と連絡が来た。
ハンカチで手を拭いて、スマホの画面を操作する。
『まだか?社長機嫌悪いぞ?』
『もう戻るよ』
簡素なメッセージ。
「ただいま戻りました。すみません遅くなってしまって」
「いいよぉ。それではみんなに改めて一言頼めるかなぁ?」
「えー、今回、二十年という長い期間でのベーススキルを解放出来たことを嬉しく思っております。私の健康面について、とくに私が風邪を引いてないかなど、沢山のお気遣いをありがとうございました」
ペコリと頭を下げる。一言ってこんな感じでいいかな。時間を置いたおかげで冷静でいられた。
その言葉にパチパチと拍手がされる。初のベーススキル解放というある種の偉業を果たした健人だったが、人に褒められるのは苦手だった。
「えっと、あの社長……すみません」
「ん?なんだね!今は大事な時だろぉ?」
「羽山さんに用があるという人がいらっしゃるんですが……お取次なさいませんか?」
「誰だ?」
「えー……『冒険団』の方たちです……」
「なにぃ! そんな方々がどうして!」
冒険団っていうと、冒険者団体の連合だよな?冒険者企業の総まとめみたいな組織……そんな人達がなんの用だ?
「健人くん!私たちのことは後でいいから!早く行ってきなさい!……失礼のないようにな!」
「はい!」
受付係の方に案内されて、応接室に向かう。
甲冑を着て、顔面にクチバシのように尖った仮面を着けている人が居た。頭にニワトリみたいなトサカが付いてる。
その隣にはワイシャツの上にコルセットを巻き、ひらひらと動き辛そうな長ーいスカートを履き…………スタイル良い、目立つ服を着た女性が居た。全体的に暗めな色使いで、スチームパンク?みたいな感じか?
黒いシルクハットにショートカットで、動きやすそうだ。というか、この二人テレビで見たことある気がする……
「初めまして、羽山健人です……こちら名刺です」
「どうも!私たち名刺とかないのでこれで!」
コルセットを巻いた女性のスマホのQRコードを見せてくる。
「最新はこれですから。まだですか?」
「あ、すみません。スマホ……」
コード読み取りでQRコードを読み取ると、意外に犬の耳やら鼻やらをつけたアバターをしていた。
申請をすると承認された。これが会社でも当たり前になれば……でもそれはそれでめんどそうだなぁ。
「あの、すみません。冒険団の方々がどうして弊社までお越しになったのでしょうか?」
「それは君のスキルです!もしかして通知をオフにしてる人?」
「それってリジェネのことですか?でも……」
「そうだぁ!……それだぁ!……」
全身に鎧を着た方の人が低い声で唸るように声を上げる。びっくりしたぁ!いきなりだったから……
「欲しいぃ……そのスキルが欲しいぃ!」
「分かりましたぁ?アナタのスキルは特別ですので。もうすでに特別強化の候補生として名前が上がってますので」
「俺が?でも冒険なんて……」
特別強化の候補生っていうと国からスゲー金額の冒険者補助を受けられるってやつ?それって子供の頃の成績によって決まるんじゃないのか?
「俺もう二十六歳ですけど、大丈夫なんでしょうか?」
「アナタは特別中の特別ですから……ささ!早く行きましょう!会社には私たちが話しておきますので」
「え?どこに?」
「仕立て屋です。アナタはまだ赤ちゃんみたいなものですので!」
赤ちゃん……まぁ、それは置いといて、仕立て屋っていうと装備とかを見繕ってくれるところだよな? 行ったことないけど、「アナタにはこんな役職が向いてます」とかも教えてくれるらしい……
「いやいや、ちょっと待ってください!いや、俺はまだ冒険者になるなんて……」
「え!?そんな凄いスキルを無駄にするつもりなのですか!?そんなのあり得ないので!」
「でも、今さっき解放したばかりで、心がまだ……」
「そんなの冒険者になってからで良いので!早く早く」
「いやいや、待って!」
明らかに額から汗が出てきた。これはちょっと……【自己診断】!
心拍数とストレスの異常が見られる、いや、ならこの状況はひとまず逃げ出さないと、でも、どうしたら?
目の前には有名な冒険者が二人。うーん……
「あ!そうだ」
「え?どうしたんです?」
「ひとまずは、親に連絡しても良いですか?せっかくスキルを解放したので」
「ダメです!それは移動中でも良いので!」
「いや、長くなりそうなので!」
「……親は大事だぁ、行ってきていいぞぉ!」
「あ、ありがとうございます!」
親をダシにして、この場からの逃亡に成功する。
もう一度スマホを見てみると、親からの連絡もあったので、ちょうど良かった。
それに折り返して母親と電話する、感謝もしとかないとだ。
「もしもし?お母さん?」
「あぁ!見たよ?リジェネって健人、すごいんじゃないの!?」
「凄い、うん。正直まだ実感ないというか」
「とりあえず、おめでとう!まさかアンタがテレビに出るなんてねぇ」
「ありがとう。え、俺テレビ出てるの?」
「出てるわよ、凄いね」
「そっか」
やっぱりこの世界は不思議だ。
おそらく『投影者』によるモノだから、写りはバッチリなんだろうけど、どんな感じなのか気になるし後で映像もらお。
「それじゃあ、ちょっと人を待たせてるからさ。ごめんね、また今度連絡するから」
「そう?もうちょっと話しても良いじゃない」
「会いに行くよ。あの、母さんのお陰でもあるんだからさ、ありがとね。このスキル」
「ははは!なら豪勢なお土産待ってるから」
「はは、持ってくよ。それじゃあね」
「じゃあね〜」
うーん、これで大丈夫だ。
あの二人の所に戻って、結論を出すとしよう。
今のところ、俺はこのまま会社員を続けようと思う。安定した生活の方が、精神も健康も安定的になるからだ。
あんな有名人の誘いを断るなんて難しいなぁ。
「戻りましたー」
「お!遅かったですね。待ちくたびれたので」
「あの、お断りさせていただいても宜しいですか?やはり、僕には荷が重いと言いますか……」
「本気ですか!?こんなチャンス他にはないので!」
「わざわざご足労頂いたのに、申し訳ありません……」
「ふん!そんな事を言ってられるのは今のうちなので。また来ます。今度はちゃんと説得しに来ますので!」
プンプンとしながら帰っていく冒険者のお二方。
やっぱり浮世離れした人が多いな、完全に実力主義の世界だっていうし、そういうのは仕事において必要じゃないんだろう。
「よ。やっぱテレビで見るより綺麗だったな」
「そうだな。まぁ、変わってたけど」
「なれば良かったのに。どうせここに居ても何にもならねーのに」
「どう考えても大変でしょ」
「お前も夢だったんじゃないの?違う?」
「まぁ、相当早めに諦めたけどね」
「へぇ」
この世界の人間で冒険者になりたいと思った事がない人間はいない。でも、俺はそういう冒険者よりも、自分の健康が大事だった。
出来る限り普通に生活出来たら、それが一番幸せだ。