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第78話 蜘蛛の焼印

 

 玉座へと向かう為に廊下を歩いていた。整然とした空気が流れていた舞踏の時間が終わり、洋館には今までにない静寂が訪れている。演奏も全て止まって、何かを心待ちにしている空気だ。ワクワクしているんだろう、儀式が始まるのを。

 そもそもローズさんがなりたいという人間とは何ぞ?何を持って人間は人間なんだ。

 こんな人たちよりは、人を殺さないモンスターの方がよっぽど綺麗な生き物なのに。


「それでは一度玉座の幕を下ろしますので、静かーに移動しましょう」

「はい」

「お前らも音を立てないようにしろよ。この静寂だ、ちょっとした音で客人の興は醒める」


 何度も何度も儀式を行なってきたんだろう。このやり取りにはゲストを楽しませよう、より良い物にしていこうというプロフェッショナルを感じた。ハットにもプロ意識がある。

 しかし、その方向性はおそらく間違っていて、正義の道を踏み外している。間違ってなくても、踏み外していなくても俺は大嫌いだ。


 天井から玉座を覆う為の布が降りてくる。それが落ち切ったところで、静かに幕の中へと移動する。会場は今もダイヤモンドみたいにキラキラと輝いているんだろうけど、この中は暗い。幕の目から微かに入り込む光で足元を確認する。

 檻を持った2人は辛そうだ。こんな事をする為だったとしても、人間は努力出来るらしい。

 ハットが俺に近付き、耳打ちをしてくる。これからの計画の話だ。


「……羽山健人様は玉座の隣に移動してくださいませ。その後、ワタクシの言葉で金蜘蛛様を召喚していただけますでしょうか?」

「……近くでは見れない?見てみたい」

「……そうですか……でしたら召喚の後にコチラまでおいでくだされば宜しいかと」

「……分かった」


 近くで儀式を見たいから近付くのではなく、いつでも止められるように近付くのだ。

 とりあえず俺は玉座まで向かう。おそらくこの場所の王様が金蜘蛛なのだ。ゴーパーという1つの人格ではなくて、金蜘蛛という曖昧な存在がこの玉座に座るべき存在。

 静寂を破ったのは、ティンパニの大きな打楽器のドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンと鳴り続ける地を揺らすような低音。俺の呼吸すらも荒くなる。意識が遠くへ離れていきそうだ。これは儀式だ。間違いない、全く金蜘蛛を信仰していない俺ですら厳かな気持ちになってしまう。

 ドンドンドンドンという音を切り裂くように、ラッパが高らかに会場に響き渡る。悲鳴のような高音。気持ちが悪くなりそうだ。

 幕が開き、会場にいる人たちから歓声が上がる。腹の底から湧き上がるような歓声に打楽器の低音も、ラッパの高音もかき消されてしまう。祝福されているような気持ちになる。実際に祝福されているのだろう。

 大きな声は少女の意識を取り戻させたのか、寝そべっていた彼女は僅かに首を観客、に向ける。

 ここまでが儀式だ。集団の声に目を覚ます少女。きっと、生贄の儀式とはこれまでに起こった全ての行為だ。喋って踊って黙って雄叫びを上げて少女が目を覚まして。それが全て儀式なんだ。

 どんな気持ちなんだよ。下衆な歓声で目が覚めたら目が眩むほど綺麗で悪意に塗れた地獄みたいな場所にいて、檻の中で、枷を付けられて、誰も助けてくれる人はいなくて。吐きそうになるくらいムカつく。絶対全員殺す。

 これが初めてじゃないんだよ。何回も同じような事をやってるんだよ。それを楽しんでんだよ。安全だと思い込んでるんだ。んな訳ねぇのに。異常が一般になっている。

 鼓動がおかしくなりそうだ。頭がクラクラする。


「……金蜘蛛様の儀式へようこそ!!」


 歓声がシッカリと収まったタイミングで、ハットが大きな声を張り上げる。それに応えるようにオーケストラは行進曲のような、吹き抜けるような、弾むような音楽を奏でる。

 檻の中の少女は事態を理解する為にあちこちを観察する。その時に俺とも目が合った。もっと不安そうな顔をしているのかと思ったら、意外となんともないような顔をしている。

 全然理解出来てない。当たり前だ。


「今回の儀式は特別です!!!なんと金蜘蛛様がおいでになって下さったのです!!!」


 さっきまで収まっていた歓声が復活する。貴族っていう割には結構体育会系な空気なんだな。

 そもそも、この場所にいる人に本当の貴族はいるのだろうか?単なるおままごとをしているだけの人しかいないような気がする。気取って何になるんだ。


「彼は金蜘蛛様の使役者であります!皆様大きな拍手を!!」


 フォーカスが俺に集まる。適当に手でも振っておいてあげた。変な事して計画がダメになったら……いや、もう最初っからダメにする前提ではあるんだけどさ。

 しばらくその状態が続いていたが、やがて拍手も小さくなっていき、元々の空気へと戻っていく。というか、ハットめちゃくちゃ声デカいな。これだけの会場なのにマイク使ってない。


「さて!時は満ちた事でしょう!!そろそろ金蜘蛛様が皆様の前に御降臨する瞬間がやって参ります!準備はよろしいですか!!」


 またまたまた歓声が上がる。お前らはロボットか。


「羽山健人様!!!高らかに紹介と唱えてくださいませ!!それではどうぞ!!!」


 高らかに。まぁ、やるだけやってやるか。冥土の土産ってやつだな。


「……【召喚】!!!」


 俺は儀式の一部になりきる。そもそも生贄の儀式が、本当に人を殺すかどうかは分からないんだ。拘束してるけど?

 何でこんな事になってるんだろうなぁ、世の中。何があったらこれを喜べるようになるんだろう。

 俺はゴーパーを玉座に召喚する。またまた歓声は大きく上がる。少女は枷に繋がれた手の震えが激しくなっていた。


「……俺は止めるから」

「キッシシ!それなら頑張れよ?」

「うん」


 さっき話したように、金蜘蛛の召喚を終えた俺は少女の所へと近付く。怒号にも似た奇声が会場を支配している。

 本当の王様はゴーパーじゃなくてこの空間だ。せっかくこんな綺麗な場所なのに、なんか勿体無いね。

 ハットは持っていた鍵を取り出して、少女が入った檻の鍵を外す。まだ理解していない女の子は、そこから出ようとしない。それをハットは無理やり引き摺り出す。

 可哀想だが、まだ決定的じゃない。いや、俺は何をしてるんだ?どうせぶち壊すならコレをキッカケにやれば良いじゃないか。行動すれば良いじゃないか。


 その時に、自分が大事な時に行動出来ない可能性に気付く。まぁ、そうなればあの2人が解決してくれるのか。俺はダメになる気がするけど。いや!信じよう!俺は俺を信じよう!


「証が必要です!!この生贄に金蜘蛛様へ献上する為の証を刻みます!!」


 檻を運んでいた男が、先端だけが蜘蛛の形をした棒を持ってきた。それは十分に熱されている。焼印だ。

 身体のどこかにそれを押し付けて、金蜘蛛の形を残すんだ。それが儀式。

 ハットはそれを持ち、少女へと近付ける。少女は全てを理解したように泣き叫ぶ。それが自分にとって害であると理解しているんだ。はぁ……なんか色々考えてたけど、結局は俺の気持ちは最初っから決まってだんだな。

 金蜘蛛の形のコテ。少女の悲鳴。叫ぶ観客。暗躍する2人。

 暗転しそうだ。思考がおかしくなりそう。いやおかしくなってる。でも、おかしくなりそうな思考が!考えが!思考が!!さっきまでの俺でも許容できる物で良かった!


「……【殴打(パンチ)】!!!」


 焼印が少女を焼く前に、俺はハットをオモッッッッッイッキリブン殴った。広い会場の端から端までぶっ飛んで、壁に叩き付けられたハット。

 良くやった、頑張った。ちゃんと守れて良かった。俺はまだ死んでない。支配されてない。

 歓声が悲鳴に変わった会場は明かりが消える。そんな中で、俺は怒りと快楽の余韻に浸っていた。



読んでいただきありがとうございました!!

何かトラブルが起こらない限りは毎日投稿をしていこうと思っているので、次話もよろしくお願いします!18時頃更新予定ですよ!

ランキングに乗りたいのでブックマークや評価などしていただけると嬉しいです!他の人に広めてもらえたりなども嬉しいです!


ブックマークや評価等とても嬉しいです!ありがとうございました!

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