第77話 俺には関係ないだろ
軽やかな、それでいて軽薄ではない音楽が会場には流れている。それに合わせて趣味の悪い人達がダンスを踊っていた。気取る為の動きだ。これ自体が儀式なんだろう。
お互いの罪の意識を欠損させる為に、ルーティーン的な動きを何度も何度も繰り返している。それは思考を鈍らせるはずだ。同じ事を繰り返している内に考える事を辞めるはずだ。
みんなからは見えないようになっている玉座の裏側で、表面的な動きを見ていた。金蜘蛛が生贄を望んでいるんじゃない。彼ら自身に生贄が必要なんだ。
「ハット様、生贄を連れてきました」
「そうか」
身なりの綺麗な男は、正方形の檻に入って眠った女の子を台車に載せて持ってきた。まだ自分の身に何が起こるのか知らないのだろうか。手足の枷が自由を奪っている。
無垢なその顔を見た時に、とりあえず助ける事は確定した。問題は、どのタイミングで助けるのかだ。おそらく、時間を稼ぐ必要があるんだろう。
「あの、お手洗いってどこにありますか?」
「ヘェ?お手洗いで御座いますか?しかし、これから儀式が」
「儀式の前に鏡が見たいです。人前に出るから」
「鏡でしたらそちらに御座いますので」
ハットは近くにある化粧台を指差す。時間を稼ぐ必要があるから……いや、本当にあるのか?指示に従ってろって俺は言われているはずだ。
どこまでなら許される?どこまでのイレギュラーなら計画に支障をきたさないんだ?
「どこに?」
「え?鏡はそちらですよ?」
「お手洗いはどこにありますか?」
「……そうですか。おい案内しろ」
「承知いたしました」
「舞踏の時間を少し伸ばしてくれ。出来るよな」
「はぃ!」
女の子を台車に載せて持ってきた男は、俺をお手洗いまで案内する。この人も殺していい人だ。冒険者の権限というのがどこまで適用されるのかは知らないが、生贄なんかやってる人たちを殺しても問題ないだろ。
お手洗いに行き、用を足してから鏡を眺める。これから俺がやろうとしている事は大変な事だ。ただ、それ以上に大変な事がこの場所では起こっている。
誰かが終わらせないといけない。でも、犠牲も生贄も要らない。いや、やっぱり生贄は必要だ。死ぬべき人間が死んだ先に終わりがある。
「ありがとう。戻ろう」
「承知いたしました」
俺は、モンスターという生きている人が自由に生きられないのが嫌なんだ。
これもそうだ。あの子は自由に生きられない。
秘密結社とか、馬鹿みたいな話だと思った。でも、間違いなくここでは人殺しが行われている。俺にはなんとなく分かる。まだ見てないけど分かる。
「お帰りなさいませ。羽山健人様」
「これからの段取りを教えて。何がある?」
「舞踏の時間が終わりましたら、そこの女を檻のまま玉座の前まで運びます。その後、羽山健人様が玉座の横に立ち、そこで金蜘蛛様を召喚するのです」
「それから?」
「檻からあの女を取り出し、目を覚ました後に拷問をします。そうすると悲鳴が会場に響くのです。ブラック様からも説明を受けていると思いますが」
説明は受けていない。それは俺を思って言わなかったのか、それとも言う必要がなかったから言わなかったのか。
別にどちらでも良い。俺はやるべき事をやるだけだ。この子は絶対に助ける。
「悲鳴……」
「金蜘蛛様は悲鳴を愛しているのです」
「そうなの?」
「キッシシ!別にどっちでもねーな!」
「だそうですけど」
「あ、いやぁ……どちらにしても生贄は必要ですから」
「必要?」
「俺たちなんてただのモンスターだからな!生贄もクソもねーよ」
俺の目の前にいるハットはポケットからハンカチを取り出して、自らの帽子から流れ出る汗を拭いていた。
僕たちは悲鳴を愛しているのです、と言いなさい。僕たちには生贄が必要ですから、と言いなさい、これからは。
「辞めますか?必要じゃないみたいですけど」
「えー……いや、せっかく遠路はるばるここまで来た方もいらっしゃいますし……こんな山奥まで来て。ね?何もないって言うのも……」
「辞めましょうか。金蜘蛛はそんな事を求めていないようなので」
ついつい口論しちゃってるけど、ここで辞められちゃったら、これから先も似たような形でこの儀式が続いていってしまう。
拷問とか人殺しを見たい人がいる限り、こういうのはなくならない。どこかで誰かが苦しむ。
「私の一存で決められるような物でもないので、ひとまず今日のところは慣習に従って儀式をしましょう。羽山健人様も、実際に目にすればその価値の一端を知る事が出来るかと思います」
「他にも人が?」
「はい。様々な方の強力によってこの会は成り立っているので御座います。それをワタクシ個人の問題でどうこうする訳にもいきません」
最初にこの会場に入ってきた時に思った、この空間自体が支配しようとしているという感覚はおそらく間違いじゃなかったんだろう。
ここに長くいると、きっと心が変化する。俺も、今はこんなにこの儀式に嫌悪感を持っている俺も、いずれは玉座に支配されて、自ら望んで人を拷問するようになるのかもしれない。価値観が歪みそうで怖いが、俺はまだ正気だ。
「貴方も大変ですね。ハットさん、でしたか?」
「自己紹介がまだでしたか?ワタクシは秘密結社『グリッチスパイダー』の長を務めさせていただいております。ハットと申します。よろしくどうぞ」
「冒険者の羽山健人です。よろしく」
「そろそろ舞踏の時間が終わりますゆえ、玉座へと向かいましょうか」
「分かりました」
金蜘蛛はスケープゴートだ。どうして金蜘蛛を信仰しているのか?その理由の全ては分からないが、一つに召喚獣になりにくいから、という物が間違いなくあるだろう。
それぞれが思い思いの人格を金蜘蛛に当て嵌めれば良い。そうすればそれぞれの理想の金蜘蛛が出来上がるので、後はただそれを信じるだけで良くなる。
「あの、一つ良いですか?」
「お時間も迫ってきておりますゆえ、手短に」
「死ぬのは怖くないですか?」
「は?ワタクシですか?」
「はい。ハットさんの話です」
生贄の儀式を行う人たちの死生観はどうなっているんだろう。きっともう話す事なんてないから、ここで最後に聞いておこう。
俺はこの後クインを殺す。ただ、それだけで終わる訳がないんだ。他にも沢山の人を殺さなければならないはず。
この人も例外ではないだろう。人を殺す人は死を恐れているのか?
「ワタクシは死を恐れる事はありません。金蜘蛛様を信仰しておりますし、それに」
「?」
「そうでなくても、死など単なる眠りに過ぎません。深い眠りに入る事を恐れる人がいますか?本当に怖いのは痛みなのです」
「そうですか。なら良かったです」
「は?良かったのですか?」
「はい。行きましょう、儀式に向かいましょう」
台車がなくなった檻はさっき俺をトイレまで案内してくれた男と、どこからともなく現れたもう1人のスーツの男が運んでいる。
軽やかなリズムは終わりを迎えそうになっている。もうすぐ時間も終わる。
死ぬ事を恐れてないなら、俺も躊躇う事なくお前を殺せる。恐怖の痛みは伴うが、そんな事は俺には関係ないだろ。
読んでいただきありがとうございました!!
何かトラブルが起こらない限りは毎日投稿をしていこうと思っているので、次話もよろしくお願いします!18時頃更新予定ですよ!
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