第73話 支配する玉座
「こちらにお着替えいただけますか?」
「え?これですか?」
「左様でございます」
洋館に入る前、執事の方から《高級スーツ》というアイテムを渡される。スーツを着るのは久しぶりだ。
さっき渡されたばかりの《高級スーツ》を装備して、俺はさっきまで背負っていたハンマーと着ていた鎧……ん?鎧を脱いでどうするつもりなんだ?
これから戦うかもしれないっていうのに、どうして鎧とハンマーを手放してしまうんだ?どうした?
「似合わないな。髪型のセットも頼んだ方が良い」
「服装ってこれですか?他のって」
「鎧で踊る訳にも行かないな」
「え?踊るんですか?」
「どうだろうな。私も着替えるんだ。お互いに我慢しよう」
ブラックさんは黒のカッコいいスーツ姿から、水色のキラキラしたドレスに着替える。ドレスの裾から見える足が線みたいに綺麗で、モデルみたいな人だなぁ、と思った。
スタイル良いよなぁ、俺ももうちょい背が高かったらスーツ似合うんだろうけど。
「メイクルームまでご案内します」
「よろしく頼む」
なんだか食べられる為に下拵えを自分でしているアレみたいだな。絶対に鎧で行った方が良いし、絶対にハンマーを持って行った方が良いのに、自分からそれを手放してしまっている。
さっきは秘密結社の話を聞いた事を後悔していたけど、ここまで現実的な危機が目の前まで来ると、心の準備が出来るという意味で助かる。色々と意見があっちこっち行ってしまっているね。
メイクルームは洋館から少し離れた所にあった。
テレビなんかでよく見る、王宮の中みたいに天井が高くて、謎の絵画が飾ってあって、よくよく見ると全ての物に装飾が施してあって。床は大理石だろうか?
それになんかよく分からない高そうな良い匂いがする。クラクラするような匂い。
そして、あちこちに金の金蜘蛛が飾ってある。本当の金だとしたらとんでもない。ここの洋館全体の価値を合わせたら数100億はしてしまうのかもしれないね。
「キッシシ!なんだか楽しそうな場所だな!音楽も聴こえるぞ?」
「ピアノ?後はバイオリンかな。あんまり詳しくないけど、そこら辺の楽器だね」
「こんな俺が飾ってあるなんてなぁ!俺はここに住もうかな!」
「そうするかい?ゴーパーくん」
「どうだー?ダメか?」
「いやぁ……まぁ、カジノの方が良いんじゃない?ね?みんなも待ってるでしょ?多分」
「そうかもなぁ……うーん、これ持って帰りたいなぁ」
俺も持って帰りたいよ。これだけあったらアーローさんがどれだけ喜ぶだろうか。
どうせ悪い事して集めたお金だろうし、盗んでも……いや、それはまた別の話かな?
メイクルームで初めてのメイクをされる。顔全体に色々塗られたり、線を引かれたり、髪の毛をバカみたいにワックスで固められたりなど、中々初めての経験で面白い部分もある。
僅かにカッコよくなっていく自分。うーん、悪くはないかもしれない。
「良い感じだな!キッシシ!」
「かもねー。なんか勿体無いね」
「似合ってるじゃないか。ダンスは踊れる?」
「ダンスは踊れないですね……ちょっと浮いちゃうかもです」
「俺は踊れるぞ?キシシ」
「そうなの?あ、そういえば」
ここは私有地だからゴーパーを召喚しても良いのかな。ちょっと試しに聞いてみるか。
「あの、ゴーパーって召喚しても」
「まだダメだ。言っていなかったが、金蜘蛛の召喚は催物の一つとして数えられているんだ」
「え?というと俺も、なんかステージに上がるみたいな?」
「そうだ。ステージというよりも玉座と言った方が正しいよ」
「玉座」
王様がいる時代からある建物内なのか?あんまり歴史詳しくないから知らないけど、この辺りって王族居たのかね?でも、アーローさんは貴族がどうのこうのって言ってたから、ワンチャンそういうのもあるんだろうけどなんだか怖いね。
「残念だね。ゴーパー」
「キッシシ!その時を楽しみに待っておくぜ!」
メイクが終わり、ようやく洋館の本館みたいな場所へと入れるようになる。入り口の門にはライオンやワシやらの置物が飾られていて、門番のように俺たちを睨んでくる。
門の中心には金蜘蛛。ノックする為の道具も蜘蛛みたいになっている。その瞳はキンキラだ。
「それではこちらへ」
モンスターを開けると中から音楽だけではなくて、人の話し声が聞こえてくる。
さっきまでは微かに聞こえていた楽器の音色も思っていた以上に大きな音で奏でられていたという事がわかった。音の振動で萎縮してしまいそうだ。ちゃんと正気を保たないと飲み込まれてしまう。というか、クインを殺せなくなる。
シャンデリアもある入り口の広間には赤いカーペットが敷かれた大きな階段もあり、そこを登っていくとそこにはおとぎ話みたいにキラキラした世界があった。
みんな片手に高そうな飲み物を持って、テーブルの上には美味しそうな軽食が並べられていて。
綺麗なドレスで目が眩む。華やかなこの場所に秘密結社はいるのだろうか。
男性はみんな背が高くて、髪の毛をかき上げるようにセットしている。女性は赤や青や白のドレスを着ているが、その背中が開いていたり、胸の谷間を当たり前みたいに出していたり、スリットのような部分から太ももが出ていたりと、今までいた場所とは違う価値観がある。
ここはある種原始的な空間なのかもしれない。正直トリガーラッキーさんも結構露出してるけど、ここでの露出は日常生活の物と違う。
むしろ出してない方が間違いなんじゃないか?出してない方が恥ずかしいんじゃないか?と思うような世界に飛び込んでしまった。
この場所の1番ど真ん中には玉座がある。王様が座るような玉座と、その手前に少し段になっている空間。謁見する為の場所だろうか?それとも、王様と他の人を隔てる為の結界。誰も座っていない。ここの家主が王様なんだろうか。
違う世界だ。会社員から冒険者になった時よりも、あの時よりもより大きな変化を感じる。ここは俺を飲み込もうとしているのだ。空間が人を支配しようとしているし、人は皆支配されようとしている。
「久しぶりだね。ブラックさん」
「丹羽か。どうした」
この空間に自分丸ごと飲み込まれていると、向こうからスーツを着た知的な男性がやってきた。顔のパーツが線細で、髪の毛を真ん中でかき上げている。
ちょっとだけ唇にメイクをしているのか、謎にプルンとしていた。でも別におかしい訳ではない。
片手にはシャンパンだかなんだかを持っていたが、その手はほっそーりしていて綺麗。
ただ、細そうな印象とは違い、声は低くて聞き取りにくい。それに自分の感情を抑えているような感じもあって、どこか不気味だった。
「この方は?」
「ふ、コイツは羽山健人だ。見た事は?」
「あぁ、見覚えがあります。私は丹羽です、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします……冒険者です」
「私はピアノの調律師です。それではまた後ほど」
パーティーっぽいな!こうやってコネクションを作っていくんだろ!?
今俺は調律師の丹羽さんとお知り合いになった。もし仮に、向こうが俺に興味を持って、ガッツリ話しかけてきたりしたら、それが仕事へと繋がっていくんだろう。
コンサートなどにゲストとして俺を招いたりするのだ。そうすると、俺が見に行ったという事でそのコンサートに付加価値が生まれる。そういう仕組みなはずだ。
上流階級怖い!こうやって富める者が力を蓄えていくんだ。言い換えるとお互いに助け合ってるんだろう。綺麗だけど綺麗じゃない場所だ。
震え上がるような感動が湧き上がってくるのと同時に、この場所で行われる生贄の儀式のイメージも湧いてきた。
ここにあるのは巨大な力による支配だ。その支配の元、人の感性は方向性を持ち、おかしな物を正常だと捉えるようになる。
支配されないようにしないと。やっぱり秘密結社の話を教えてもらえたのはラッキーだったな。
読んでいただきありがとうございました!!
何かトラブルが起こらない限りは毎日投稿をしていこうと思っているので、次話もよろしくお願いします!18時頃更新予定ですよ!
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