第69話 愛の試練
事務所の窓辺に薔薇を飾ってみた。これはプレゼントだけど、でも受け取り手は俺だ。不思議な感覚。
トリガーラッキーさんに渡すはずの花はアーローさんに任せてしまった。忙しいのか全然ここには現れないし、直接渡すのは恥ずかしい。意味も分からん。
「あの、今から山に行きますか?貴方が買った場所です」
「あー、もう大丈夫なんですか?」
「どうやら材料も用意してくれたみたいですので。どうしますか?」
「じゃあ、行きますか」
そんな訳で俺は転移をして、自然の中へと降り立つ。霧がかかっていて辺りがよく見えない。
息してるだけで水分補給になりそうなほど霧深い山の中に、草原のようにどこまでも広い土地と山積みにされた沢山の資材があった。
「相当防火性も高いらしいですので。中でなら召喚しても問題ないはずです」
「へぇ……そうなんですね。ありがとうございます」
「それにしても本当に作れるんですか?家なんて」
【工作】の実力も分からない内にこんな事を言い出して大丈夫だったのだろうか?結果的に工事の人に入ってもらう事になるかもしれない。
不安の中で、俺は「【工作】と呟いてみた。
すると、俺は背中に持っていたハンマーをブンブンブンブンと振り回し、目の前が土煙なのかなんなのか分からない不思議な煙に包まれる。これで良いのか?
不安に思いながら数十秒待っていると、目の前にはそれはそれは立派な豪邸が築かれていた。
広さはちょっとした公園ほどあり、下手すると100メートルぐらいの高さがある家。馬鹿みたいな家だ。上から見下ろしたら綺麗なんだろうな、晴れた日に。てか、これあれ?
「これって……材料費だけでも……」
「数十億グルでしょうね。良かったですね、トリガーラッキーさんが優しくて」
「……いやぁ、本当にありがとうございます」
「綺麗な向日葵でしたけど、釣り合いそうにはないので。これからも頑張ってください。事務所の為に」
「はい!」
頑張らないといけなくなった俺は家の中へと足を踏み入れる。俺もどんな家になっているのか分からん。
どうやら複数階建てになっているらしく、一階から天井までずーーっと壁が続いている訳ではなかった。それでも高い。めちゃくちゃ高い天井だ。このままの感じで言うと3階建てぐらいだろうか?
家具や家電などは何もない開けた空間。壁の一面はガラス張りになっており、天井からはシャンデリア的な何かもぶら下がっている。
壁から壁までの長さは、陸上競技が出来そうなほどある。うーん、どこまでも広い家だこと。
王様みたいな階段で上に上がると、ガラスから景色を一望できる。なんて贅沢なんだ。逆にバカみたいだ。
「みんなを召喚しちゃっても大丈夫ですかね?」
「貴方の私有地なので。ご自由に」
「それじゃあ、【召喚】」
「うわわー!すごい広ーい!」
「我も大丈夫なのか!?」
「ちゃんと防火性があるらしいから。大丈夫だよ」
「そうか!それなら良かった!」
巨大なアルダードと空を飛ぶストームは、その家のあちこちを所狭しという感じで自由に行き来している。やっぱりこっちの方が向こうにとっても良いんだろうな。なんとなくそんな気がする。
やるべき事が一つ終わって、肩の荷が降りた気分だ。これで世界を変える事が上手くいかなくても、最低限のやるべき事は出来た。
ここならローズさんも自由に生きられるはずだ。しかし、さっきから俺の近くから離れない。
うむ、もちろんイチャイチャしてきても俺的には何にも問題はない。しかし、アーローさんの目の前でそういう事をするのは微妙じゃないかとも考えてしまい、ビビる。
選択権はローズさんにある。いや、別に俺からいっても良いのか?もしかしてそれを待ってる?
アーローさんには全然言ってない。俺とローズが付き合っている事は全然言ってないし、言ったとしたらとんでもなく引かれるという事はすでに分かりきってしまっている。
しかし、いつかは必ずバレるような気もする。どうすれば良いのか分からない俺は、ローズの方をチラッと見た。
「「あ」」
「どうされました?何かあったので?」
チラッと一瞬見ただけなのに、俺たちの瞳は交錯する。死にそうになるぐらいドキドキしてきた。これは、もしかして俺たちに課せられた試練か?愛の試練?
そもそも本当に良いのだろうか?まだ、モンスターと恋をしている事に対する抵抗感は未だにあるが、それでもローズさんはやっぱりローズさんなのだ。そこには人間が居た。
あぁ、もうめんどくさーや!
「ローズ。こっち」
「え?」
俺はローズの肩を右腕で抱き寄せた。こんなことをしたこと今まで一度もないような気がする。アーローさんはマジで目ん玉が飛び出ていた。
瞼から飛び出た瞳を拾う為に、この広い家のあちこちを手探りで探している。ローズさんには香りはない、もっといえば、温もりもそんなにない。こっちの熱が伝わっているのかも分からん。
「も、戻して……ダメ、このままだと」
「【召喚解除】」
「……もう、もう驚きませんよ。でも」
この状況に怯えているローズさんを、俺は一度自分の所へと帰す。今になってみると、もしかしたら勘違いだったのかもしれない。
「分かってましたので」
意味深な事を呟いたアーローさんは転移を使ってこの場所から去ってしまった。残された俺たち。
アルダードとストームは楽しそうで良いなぁ。なんでこんな面倒な事しちゃったんだろ。こんなにめでたい感じの日なのに。
そもそも俺がやった事がローズさんにとってどうだったのか、それがよく分からないなら単なる自己満足でしかない。
単純な自己満足から自己嫌悪に陥るのは、この世界に俺しかいないような振る舞いだ。
「びっくりした。健人くん」
「うん。俺もびっくりしてる」
「ご、ごめんなさい……だっていきなりだったから」
「いや、そういう事じゃない。あの、えーー」
またもややってしまったか?俺はローズさんに拒絶された事をびっくりしているんじゃなくて、もっと深い茫然の中にいるんだ。
なんだかクソめんどくさいことになっている状況でこれ以上言葉が出ない。ここが俺の分岐点だ。ターニングポイントだ。
「俺もごめん。なんか、焦った」
「私もごめんなさい」
どうして2人とも謝っているんだろう?不思議な気持ちになり、ただただ窓の外を眺めてみる。
霧で何にも見えない。天気が良かったら、こんな事をしないで済んだのだろうか?
アーローさんとの心の距離が決定的な物になった気がする。これからは単なる仕事仲間だ。彼女はちゃんとした人だから、それでも何にも問題もないような空気で仕事はしてくれるだろう。それでも、もうここで終わりなのは間違い。何かが終わった。
いや……いやーー、本当にダメだ。これ以上何かを考える事に意味があるとは到底思えない、凄い何かを間違え続けている気がする。
帰ろう……と思った俺の家はここだった。もう事務所のあの場所に行く意味なんてない。うーん、ちょっとダンジョンにでも行こうかな。気分転換に。
しかし、その時にまたモンスターが生きている事を思い出す。八方塞がりで死にそうだ。
ヤケになった俺はストームが読みたいと言っていたマンガを片っ端から買い漁る。ついでに俺が子供の頃好きだったマンガも、別にそこまで興味はないけど知ってるマンガも全部買った。
うぅー!アルダードの分も適当に買ってやる!!
アルダードの好きな物なんて全く分からなかったが、俺はアルダードの為に薪を買うことにした。なんかよく分からないけど、キャンプファイヤーでもしましょう!うん!
買い物をして、気持ちは少し落ち着いた。それでも、いつか事務所に行く機会がある事を思うと憂鬱だった。
読んでいただきありがとうございました!!
何かトラブルが起こらない限りは毎日投稿をしていこうと思っているので、次話もよろしくお願いします!18時頃更新予定ですよ!
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