第64話 S級冒険者のバランス
敵を倒すのにも慣れ出して、段々と作業化してきた頃に、ジャックさんが俺の近くに寄ってきた。
「さっきの話の続きだ。俺がお前たち2人を誘った理由」
ここを走り出す前に話しかけていたあの理由。それはなんだったのか?複雑とか言っていたけど。
「まずは『死神』に騎士団員を殺されてしまった事が1番大きな理由だ。クローバー」
「【鎌鼬】」
「【突風】」
「【熱風】」
「【斬波】」
「【雷脚】」ピコン!
「私もそれは知っています。お悔やみ申し上げます」
作業化しているとはいえ、敵に対してもうちょっと何かあっても良いんじゃないか?まぁ、別に良いけども。俺のレベルも上がってるし。
「そして次の理由は、メイル。君だ」
「え?……私ですか?」
「俺は他のS級とは違い、特別なベーススキルを持っている訳じゃない。こうして、いついかなる時であってもダンジョンに潜って、1番効率が良いやり方でレベルを上げてきた結果こうなったんだ」
「それは知ってます。ありとあらゆる職業をマスターして、ありとあらゆるスキルを使えるようになった」
「それはあまりにも誇大な広告だな。俺はそんな大した存在じゃない」
こんなに優秀な冒険者からも目を付けられて居ただなんて、俺が思っているよりもメイルさんってスゲーのか?まぁ、凄い人ではあるけど、ワンチャンS級冒険者になってたような器なのかな?
「気になっていた存在が目の前に現れて驚いたよ。そして、その実力は確かだった。今からでもS級冒険者を目指すつもりは?」
「私にはそんなつもりはありません。それに、そんな実力もないです」
「そうか。ハート」
「【灼熱】」
「【焔】」
「【紫電】」
「【斬波】」
「【雷脚】」
トランプのスート、つまりはハート、クローバー、スペード、ダイヤの4つで攻撃が分けられている。
ハートは火や雷属性、クローバーは風や火属性、スペードは無属性、ダイヤは氷や水属性という風に分かれていて、ジャック騎士団員はその指示に合わせて攻撃を変える。
俺たちはずっと【斬波】と【雷脚】を撃つだけの簡単なお仕事だった。まぁ、メイルさんはちょっと疲れてきたみたいだし、俺はMPがもうそろそろなくなるけども。
「そして、次に羽山健人。君だ」
「あ、俺ですか?」
「前にウチの事務所に連絡が入ってな。『ハンマー使い』の上位職を聞かれたんだ。そんな事を聞かれるのは初めてだったから驚いたよ」
「あぁ、『ハンマー使い』の」
そういえば俺ってまだ下級の職業なんだったな。あまりにも不便が少ないから忘れてたけど、その目標もあった。
「俺もそんな奴が期待の冒険者として成り上がっていくのは面白くてね。この作業中に調べたりしてたんだよ。だから、俺は君のファンだ」
「あ、ありがとうございます」
「君の上位職を解放する為の条件は、『ハンマー使い』をレベル100まで上げる事、『剣士』をレベル60まで上げる事、『黒魔術師』をレベル50まで上げる事、『ファーマー』をレベル50まで上げる事。この4つの条件をクリアすると、『ハンマー使い』の上位職が解放される」
こうして聞くと中々険しい道のりだ。だって俺はまだ『ハンマー使い』の条件すら満たしていない。
「それが終わるまではずっと周回だ。帰りたい気持ちがあるか?」
「え?いやぁ、まぁ、そこまではないです。いま家ないですし」
「それなら良かった。その先に『トール』という上位職がある。『ハンマー使い』は大した事ない職業だが、『トール』は優れた職業だ」
「トール!?羽山健人がトールになるのー?」
「アブソリュートか?なるほど。運命的だな」
トール。その名はなんとなく聞いた事がある。ハンマーの神様だかなんだか……いや、この認識は不味い。たぶん色々と違うような気がする。
まぁ、思ったよりも数倍良さそうな上位職で良かった。誰も使ってないっていうから、ダメなのかと思ってた。
「最後の理由はもっと簡単だ。俺はトリガーラッキーとの関係を築いておきたい。それらの理由が、俺がお前たちを誘った理由になる」
「なるほど。でもどうして?」
「ハッキリ言って今の冒険者のバランスは崩れているし、今の世界は狂ってる。絶対的な存在のキングと、それを利用する奴らに誰も逆らえないような環境が出来てしまっているが、俺はそれを変えたいんだ。そうなった時に使えるのがトリガーラッキーだろ?」
俺の方を見て、ジャックさんはそう言った。やっぱりトリガーラッキーって有名人なんだなぁ。みんなもあの人の凄さを知ってるのかな?
あの人はあの人でジャックさんとしても問題になりそうな人だけど、一強体制を壊すに必要なのかね?
「コッパーは全てを受け入れる。ソルドとクインはダメだ。俺はダンジョンの周回で何日も街から離れる事がある。必然的に主導権はキングが握るようになっていった。俺の責任でもあるが、それは正した方が良くなるだろう。それに、アイツの背後には……」
「今の制度がダメなんですかね?」
「……そうかもしれないな。キングらに意見を言える奴がいない事は間違いなく問題だ」
S級冒険者には責任という物があるのかもしれない。トリガーラッキーさんとかコッパーさんとかソルドとかを見ていると勘違いしそうになるけど、S級冒険者って立場はこの世の中でも相当重要なはずだ。
やっぱり冒険者が浮世離れしているのは間違っている。もっとジャックさんみたいなまともな人がS級冒険者になった方が良いのかもしれない。
「ダイヤだ」
「「はい!」」
「【氷結】」
「【水球】」
「【突風】」
「【斬波】」
「【雷脚】」
流れ作業のように、走りながら、時々アイテムを拾いながら敵を倒す。普通に歩いているよりも走った方が敵とのエンカウント率が高い。
というか、俺はさっきの雷脚でMPが無くなってしまった。体力的にはまだまだいけるんですけどね?
無念ですね。
「あの、もうMPが無くなってしまって」
「早いな。《魔臓回復薬》」
「ありがとうございます。回復しました」
「まだ休ませないぞ。後2時間はこの調子だ」
「俺は全然問題ないです。でもメイルさんは?」
「……わ、私も大丈夫。こう見えてもA級なんだから」
「らしいな。まだまだ走るぞ。とりあえずお前のレベルが80になったら教えてくれ」
俺の今のレベルは59。さっきまでピコン!ピコン!と簡単そうに上がっていたが、今はその動きも鈍くなってしまっている。
うーん、上位職が解放されるのは案外遠い未来の話しなのかもしれないなぁ。
軽く絶望しながらこのまま走る。やっぱり長旅になりそうか?このままだと。
○○
はぁ……はぁはぁ……
なんだこの人たち!化け物みたいな体力があるな。
私は着いて行くだけで必死なのに、さっきの話も半分ぐらいしか聞けなかった。疲れすぎてて。
でも、私がジャックに評価されていたのは本当に嬉しかった。それだけでも、もうちょっと冒険者を頑張ろうと思えるほどの出来事だ。
彼は自分は天才じゃない、みたいな事を言っていた。確かにそうなんだろう。なぜなら、他のA級冒険者であろうジャック騎士団員のみんなもこのスピードに着いていけてるからだ。
でも!間違いなく凡人の中では1番天才だ。それすらも私は奪われてしまうのか。
嫌になっちゃうくらい自分を見つけている。どうして私には才能も根気もなかったんだろう。後もうちょっとで成功していたとか言われても。私は本当にギリギリだったんだよ。
絶望しそうになる気持ちを抑えながら走る。
あーーー!もう走りたくない!!
読んでいただきありがとうございました!!
何かトラブルが起こらない限りは毎日投稿をしていこうと思っているので、次話もよろしくお願いします!18時頃更新予定ですよ!
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