第56話 グリーンスライム
闘技場の中心で、大雨が降り続ける中、鉄のような肉体に変化した俺は動かずに状況が好転するのを待つ。
ただ、前と違うのは、【波紋化】は相手にダメージを与え続けるという事だ。つまり、俺はこのままでも勝てるのだ。がっはは。
「何が起こってるのか分かんないけど!もうさっきみたいには行かないからネ!【大二雷連脚】!!」
さっきの巨大な雷の脚が今度は右脚、左脚の2本になって、俺の事を右脚と左脚で交互に攻撃してくる。
ただ、それによって俺は当たり前のようにダメージを受けない。無敵だ……【鉄人化】には隙がない。
そして!【波紋化】は今もあの2人に攻撃を続けている。完璧だ、ついに完成された。
「ど、どうしよ?ソルド〜」
「落ち着いて。少し離れよう。きっとあの技が届かない場所があるはずだ。もし勝てないようなら逃げれば良い」
「そっかー!良かったー!」
「ね?大丈夫だよ」
ソルドはストームの唇にキスをする。いやいやいや、さっきまでローズさんがどうのこうのって言ってたじゃん。
ストームはそれに喜んでいる様子だが、俺の気持ちはなんだか複雑。絶対どっか歪んでるんだよなぁ、あの人。
俺と見ている物は近い気がするんだけど、何かが根本的に違うような……何が違うんだろ?俺とあの人で。
「【罠】」
「え!ソルドー!なんか毒がー!」
「うぐ……強力な毒だ……でも、これぐらいなら何とかなる!【解毒】」
2人の身体から毒々しい紫の液体が汗として流れ出てくる。てか、一瞬トリガーラッキーさんの声が聞こえたような気がするけど、何だったんだ?
「なぜだ……ちょ、ちょっと1回この辺りを」
「【毒弾】」
「イターい!ねぇ!どうしたの?どうなってるの?」
「くっ!【解毒】
バン!と、拳銃の発砲音が聞こえた。つまり、これはトリガーラッキーさんの仕業だろう。あの人って毒属性使いなんだ。普通に知らなかったけど、意外と意外かもしれない。
「逃げられないので」
「ストームこっちに!」
「【罠】」
「もぉぉ!また!またドクー!」
「……ふざけるなよ。【解毒】だ!」
ソルドたちは、歩く度に罠に引っかかっていた。なるほど……トリガーラッキーさんには運命が見えている。だから、絶対に相手が引っかかる罠を仕掛ける事が出来るのか。コワ。
「ストーム、目標はアイツに変更だ!そうしないと埒が開かない!」
「アイア」
「【反撃】」
「イサー!【大雷脚】!」
大きな脚はラッキーさんを襲ったが、その衝撃は全てストームへと返った。トリガーラッキーさんはダメージを受けていない。ダメージを受けたのはストーム。
「無駄なので」
トリガーラッキーさんは微かに笑っていた。微笑だ。それを見た俺は背中が凍りそうだった。ビキッ!って感じで寒気が全身に走った。
こんなの神しか勝てないじゃん。どうなってんねん。
思っているよりも強力な味方が付いていた事を嬉しく思うのと同時に、絶対敵にしないようにしよ、と思った。
○○
私たちが戦っていると、空模様がおかしくなり、台風のような天候へと変化していった。
雨に濡れた死神と、更地になったこの場所を見ていると、ここが住宅街であったを忘れ、ダンジョンの中にいるように思えてしまう。
目の前の『死神』は私たちの精神をおかしくさせる。今までも沢山のモンスターと戦ってきた。立ち向かってきた。
それなのに、初めて戦闘した時みたいに私の心は動揺していた。あらゆる動作がぎこちなくなる。
いつもならもっと器用に相手の隙を付けるはずなのに、何故か手間取ってしまい、何度もチャンスを無駄にした。
ただ、『死神』はもう疲弊していて、通常攻撃の動きが鈍い。さらに、使う技の数も少ないので、後から来た私ですら攻撃のパターンを理解する事が出来た。
絶対に勝てる相手だ。私なら何とかなるはず。
「もう少しで倒せるはずだ。気は抜くなよ?まだ召喚獣はいるか?」
「他にもいるけど。でも、道中のモンスターだよ?」
「それでも良い。今度アイツが【死の咆哮】を使ったら迷わず召喚してくれ。『死神』がソイツらを攻撃している隙に全力で叩く」
「「はい!」」
ウルブルは私の元には帰ってこなかった。他に残っているのはたまたま仲間になったグリーンスライムや、なんでもないスノーリザードぐらい。
アイツに倒されると死んでしまうらしい。私のウルブルはもう帰ってこない。という事は、その作戦を実行するという事は、他のみんなも死んでしまうという事なのだろうか?
「……【伐採】」
死神は馬の上から大きな鎌で私たちを攻撃する。不意な攻撃ではあったが見慣れた技だったので、終わりの膠着時に私たちはスキルを叩き込んだ。
「【氷結】!」
「【水球】」
「【突風】」
「【三日月】!」
みんなが様々な属性の攻撃をしていてグチャグチャになっている所に、私は3連続の突きを叩き込む。
相手の上部、中部、下部それぞれに1回ずつ打ち込むこのスキルは、骸骨のような本体にも白馬にもダメージを与えられるのでちょうどいい。
さっきまでは馬を使った【騎突】という猛スピードで不意に突進してくるという厄介なスキルを使ってきていたが、それも今ではなくなった。
勝利は近い。これは間違いないはずだ。
よろめいた死神。ローブの中にある瞳のない顔に吸い込まれそうになる。顔を見てくるのはモンスターではなく、生き物だ。
この人は生きてるんじゃないだろうか?そう思ってしまうほどのこの場所にのめり込んでしまっている。
「油断はするな。ガードは解くな。一瞬の隙だ」
「分かってるよ」
「恐るな。感情は殺せ。無駄はいらない。必要な事だけ、ルールを把握するんだ」
「……」
自分に言い聞かせているんだろう。ジャックは独り言のようにそんな事ばかりを呟く。私に当てた言葉じゃない。
そう思っていると、『死神』が上空を見上げた。来る、怖くない!大丈夫だ、きっと。
…………ガガアァァァァァァァ!!!!!
今までで最大の咆哮を上げる……ダメだ!!怯むな!準備しないと!みんなを召喚出来るように準備を!!
思考が止まってしまいそうな恐怖が生まれる。暗転して倒れそうになる。それでも……私は、私はなんの為に戦っているんだ!!?
「終わったぞ!【召喚】!」
「「【召喚】」」
「……【召喚】!!」
目の前に総勢十匹ぐらいのモンスターが現れる。全部大した事ない。なんて事ない、ダンジョンを旅していたらいつかは仲間に出来るような召喚獣だ。
そんな脆い彼らと私は進む。私たちは進む。きっと怖いはずだ。彼らも私たちと一緒で怖いはずだ。震えているはずだ。
作物みたいに簡単に狩られる彼らを見ていて、どこかから怒りが湧いてくる。私もそうだ、私もそうだった。私もみんなを殺してた。でも、何でこんなにムカムカするんだろう?
初めて使役したグリーンスライムも死んだ、私がしくじって、倒れてしまいそうな時に助けてくれたスノーリザードも死んだ。
その時に私は気付いた。そうだ、私たちはずっとモンスターを殺してきたんだ、と気付いた。それは事実だ。それを理解した上で、私は『死神』を殺す。
闘技場の命乞いが頭に浮かぶ。死ぬ訳でもないのに、本当に死ぬみたいな顔をして私を見つめてくる瞳。それに、本当の死。私はそれが嫌になったからここにいるはずなのに。そのはずだったのに!
「【大雪崩】!」
「【爆風】!」
「【死水】」
「……【直撃する狼牙】!!!」
雪、風、水の中を私は進む。目的は死神。私は貴方を理解できないわけじゃない。でも、死んでもらう。
その全てのスキルをダイレクトに喰らった『死神』は声にならない咆哮を上げてから光になって消えてしまった。
「勝てたな。協力ありがとう。もう俺たちもMPが限界だったんだ」
「……」
「大変だった。本当に。人も死んだ」
「救えなくてごめんなさい」
「良いんだ」
全部だ。私は無力だ。
全部、何もかも救えなかった気がする。まだ雨は降り続ける。だから、こんなに立派な事をした後なのに、全然晴れやかな気持ちになれなかった。
読んでいただきありがとうございました!!
何かトラブルが起こらない限りは毎日投稿をしていこうと思っているので、次話もよろしくお願いします!18時頃更新予定ですよ!
ランキングに乗りたいのでブックマークや評価などしていただけると嬉しいです!他の人に広めてもらえたりなども嬉しいです!
ブックマークや評価等とても嬉しいです!ありがとうございました!