第46話 嫌な笑顔
まるでカップルみたいに振る舞った俺たち。それはこの瞬間だけのものなのか、それともこれから先も続いていくのか?
玄関から出て、扉を閉める。少し話す。少し話す。
「それじゃあ、また連絡するよ。今度は落ち着いている時にでも……とは言ってもずっと忙しいか」
「そうかもしれない。まぁ、今日はありがとう……後、最後に一つ聞いても良い?」
「なんだ?なにを聞きたい?」
今日の本題。俺が柏木を呼んだ理由と、これから先の俺に関するお話。出来るだけオブラートに包んで、肯定されるように、俺が傷付かないように質問する。
「柏木って結婚してるよな」
「うん。え、まさか?」
「いや違う。もし仮に柏木の奥さんが人間じゃ無かったら嫌いになるか?」
「は?まぁ……正直良く分からんよな。だって、人間だったとしても未知だからな」
「というと?」
「お前はずっと1人の人を好きであり続けられるか?俺だって嫌いになりそうになりながら付き合ってる。失恋とかした事あるだろ?お前も」
正直それはないけど、確かに相手が人間だからといって、ずっと好きでいられるのかは分からない。いや、そういう話が聞きたいんじゃない。もっと直接的に聞けば良かった。だから、直接的に聞くしかない。
「もっと直接的に聞いても良いか?柏木は、ほとんど人間の機械と恋愛出来るか?」
「はぁ?俺?俺はちょっとそういうの無理なタイプかもしれん」
やっぱり俺はおかしいんだ。やっぱり俺は、このままこの道を進む覚悟を決めなければ……なんでだろう?俺はきっといつかローズさんの事を好きじゃなくなるはずなのに。どうして?
「まぁ、でも?それが当たり前になってるんなら、そういう事もあるんじゃないか?当たり前だけど」
「…………分かった。なら、言うわ。ローズさんはモンスターなんだよ。AI」
「は?え、マジで?」
俺が柏木に伝えた理由はシンプル。それは純粋に、俺がそれを、人間とモンスターが恋愛をする世の中を当たり前にしたいと思ったからだ。まずは俺からやらないと説得力なんてどこにもない。しかし、まだ柏木に言うぐらいの度胸しかない。
「そう。別にこの事は喋ってもいいし、黙ってても良い。でも、俺は、俺はモンスターも生きてると思う。柏木も思っただろ。今日一緒にいて」
「うーん、まぁ、てかあれだしな。普通にローズさん美人だからな。まぁ、好きになるのも分かるわ。しかも、好きって言ってくれるなら……まぁ、料理得意だもんな」
「そういう事じゃない。俺は人間みたいに思えるんだよ。みんながおかしく感じるんだ。だって、見ただろ?居ただろ?この部屋に」
「……まぁ、そうだなぁ。ならやめるのか?冒険者。せっかく成功してるのに」
そうなる。俺もそうなる。
モンスターが人間だと思うなら、モンスターを殺す事は人間を殺す事と一緒になる。気色悪いが、俺はその現実があるこの世界で人を殺しているんだ。そうか?
都合よくその部分にだけ目を瞑るべきか?それとも、他に考え方はないだろうか?豚を食べる一方、豚を可愛がるような価値観の共存。
しかし、ローズさんは豚ではなく人間だった。
「俺は冒険者を続けるし、いつかは必ずS級冒険者になるし、その結果、モンスターが人間みたいに生きられる世の中を作りたい。ただ、そうだとしても俺はダンジョンでモンスターをた、殺さなければならない。これは、俺はそれを受け入れるしか出来ない」
「はは……思い詰めすぎだよ」
「そうだ!!思い詰めすぎだ!!」
「え!?何!?これも?」
「アルダード。モンスターだよ」
俺は思い詰めてる。考えれば考えるほど頭がおかしくなりそうに。
どうしたら良いんだよーー……こればっかりは誰も頼りにならない……誰にも相談出来ない?ガチャ。
「ねぇ、ずっと聞こえてるよ。私の話してるの」
「ローズ……」
「あ、ど、どうも?え?聞いてました?」
「柏木さん。一つ私は嘘を付いてました。中に入ってください、謝りたい事が」
きっとそれは、俺がローズと付き合っているという事に関する話だろう。みんな大変だ。おかしな状況にいる。戦いなら簡単なのに。いや、これも一緒なのか?
一度部屋に戻り、三人でリビングに座る。
「私……羽山健人さんの恋人じゃないんです……ウソついてごめんなさい……私、私、、私!!」
「いや!ローズ!違う!!」
よくない空気を感じた。
「俺はローズが好きだ!愛してる!もしローズさえ良ければ俺はローズさんを人間みたいに!!」
「わたし!!?ごめんなさい!、でも!!でも!!私は!!嫌だ!ねぇ!、!やめてー!助けて!!嫌嫌嫌!!ぁぁァ!!!アアァァァあ!!!【波紋化】!!!」
「ローズさん!柏木!危ない!」
ローズさんは理性を失って、前に見た、暴走した姿になった。黒い翼、天使みたいな真っ黒な輪っか、真っ黒な瞳に真っ赤な瞳孔。
ふわふわと浮かんでいる。ふわふわと。
部屋の中はあらゆる物が洗濯したみたいにごちゃ混ぜになる。窓ガラスは割れ、壁に色んな物がぶつかる。ローズの悲鳴も周りに響く。マズイ、このままじゃ大変だ。
「オイ!!!とっとと戻せ!!出来るだろ!!!」
「わ、分かった【召喚解除】」
その言葉の後、ローズは青い光になってスマホの中へと戻っていく。
大変な事になった。大変だ。どうしたら良いのかはわからない。
まるで化け物が暴れたみたいな室内を見て怖くなる。窓ガラスは?壁に空いた穴は?どうすればいいんだ?どうすれば良かったんだ?
約束は?俺がやろうとしていた、ローズが人間みたいに生きられる世の中を作るという願望は?こんな、こんな、こんなこんな?
どうしたら良いのかが分からない。茫然自失な、自分なんてどこにも居なくなったみたいに現実逃避をしている俺は、どうしたら良いのか分からなかった。
「健人」
「……ごめん」
「ごめんじゃねーよ。な?」
柏木は片方の口角を上げて、嫌な。いや、嫌ではない笑顔をした。
「分かったよ。お前がやろうとしている事。正直、俺は全然協力出来ない」
「そうだよな」
「でもな、でも間違いなくローズさんは生きてるよ。生きてるのは間違いない」
「え?」
「嘘を付いて、それで苦しくなって、でも、庇ってもらえて嬉しくて。で、お前に好きって言ってもらえておかしくなったんだろ?ならお前が好きになるのも当然だよ」
「……」
「いいか?別に、俺はお前が誰を好きになろうと構わん。でもな、人間じゃないなら人間じゃない現実を受け止める必要がある」
人間じゃない……人間じゃない現実を受け止める必要があるってどういう、どういう事なんだ。
「お前とローズが幸せな世の中だったらそれで良いじゃねーか。人間らしさなんてその後で良いだろ。いいか?人は他人になれないんだよ。でも、その中でも可能性だけは捨てるな」
「もう……」
「いつかは人間になれるかもしれない。でも、人間になれないかもしれない。どっちも同じだ。どっちでも、どっちであっても幸せならそれで良いはずだろ」
「……確かにそうだと思う。でも、俺は、ローズと約束したから」
「約束?」
「ローズが人間みたいに、自由に街を歩けるようにするって」
約束は破れない。でも、柏木の言っている事は分かる。それ以上に、生きているって言ってもらえたのが自分の事以上に嬉しい。生きてる。
そうだ、ローズも生きているんだ。でも、だからこそこれから先どうすれば良いのか分からない。アルダードもそう、ゴーパーもそう。みんなそう。
「なら諦めるなよ。その道のりを楽しめ。過程の中に幸せを見出せないなら、その選択は間違いだから」
「分かった。絶対諦めない。本当にありがとう。柏木」
「ははは……最悪の1日だよ」
その言葉の後、柏木は本当に、嫌になるくらいの笑顔を見せてきた。嫌な奴。でも、本当にありがとう。