第97話 新しい通貨
みんなが固唾を飲み込んで見守っている中、ルーレットの勢いは段々と弱まっていき、数字が刻まれたどこかの窪みに球が嵌ろうとしている。『21』。『21』!!『21』!!!
この場の空気は止まりそうだ。球は動く。ルーレットも止まりそうになる。動きが遅くなったお陰で21という数字が目で追えるようになる。隣の数字は4と2。
まだ何周か出来るぐらいの体力は残した白い球をみんなの目が追う。グルグルグルグル。
「お!21に近いぞ!」
「このままだと入りそうだ……でも、いくらになるんだ?」
「36倍だよ!金のコインが5個だから……18億だよ!この一回で18億!」
「5000万が18億!?夢があるなぁ!でも、そんなのあり得るのかぁ?」
「今ノリに乗ってる!ツキに付いてる羽山健人だぞ!十分あり得る!それに!トリガーラッキー様も!ゴーパー様もいるんだぜ!?」
白い球は、窪みに入りそうになったり、そこから出たりを数回繰り返した後、『21』に収まった。収まっちまいました。まいまい。
「「「「うぉーー!!スゲー!!」」」
みんなが拳を宙に突き上げる。前の、ブラックジャックの時の俺を見ているみたいだ。
これほどまでに熱狂してくれるのはありがたい。でも、あまりにも熱すぎて俺はちょっと冷める。冷静になる。
突き上げた拳は俺の身体に移動する。そして、いつのまにか足は地面から離れ、背中を沢山の腕が支える。あら?本日2回目か?
「胴上げだぁ!!はいっ!よっしゃっ!!」
「「「よっしゃ!!」」」
「よっしゃっ!!!」
「「「よっしゃ!!!」」」
「よっしゃっ!!!!」
「「「よっしゃっ!!!!」」」
「よっしゃぁア!!!!!」
「「「「よっしゃぁぁアァ!!!!!」」」
S級に昇級した時よりも激しい胴上げだ!やっぱり博徒は違う!魂の熱が事務所の人たちと全く違う!!
普段から震えるような『賭け』に興じている博徒達は、自分達の感情を恥ずかしがる事もなく、堂々と曝け出す。一瞬で祭りの場に変化したカジノ。俺はいつまでも胴上げされ続けていた。なんか楽しくなってきたぞ!!
……………………お祭り騒ぎもある程度落ち着き、俺も地に足を付けられるようになった後、本来の目的であったブラックさんの元へと歩く。
さっきは全く気付かなかったが、ルーレットを当てた事によって【大吉】という称号が手に入っていた。
それに着いてきたスキルは《ラッキー》というベーススキルだったが、それは冒険者と同じで、あんまり意味のないお守り的なスキルだった。でも、嬉しい。
ウキウキしながらブラックさんがいる扉をノックしてから開ける。丹羽さんだけが居た。
「あれ?丹羽さんですか?」
「羽山健人くん?僕と会うのは久しぶりだよね?」
「え?お久しぶりですよね?お元気でしたか?」
「はは……元気だったよ。心配ありがとう」
あの夜。パーティー会場で会ってから行方を暗ませていた丹羽さんに会えた。まぁ、裏で色々やってたんでしょうね。
「トリガーラッキーさんもおいでになられたんですか?」
「そうなので」
「……この組み合わせはなんだか懐かしいね……あ、アーローさんも居たのか」
「え?知り合い?」
「知り合いではありますね」
「それではブラックさんが来るま」
「待たせたな」
みんなでブラックさんを待つ事になりそうだったが、すぐに扉が開き目的の人物がやってきた。
なんの話をする為に俺達を呼んだんでしょう。いつも俺にあんまり説明がないのはなんでなんでしょうか?
「それでは、羽山健人。そして、トリガーラッキー。君達2人に説明しなければならない事がある。私たちは君たちの後ろ盾だからね」
「なんの話しで?」
「ハットの不正の話だ。アレを解決するのは至難でね。協力が必要になりそうだ」
「アイテムを増やせるヤツですか?不正って」
「それだけなら良かったけど、どうやらグルも増やせるの。この情報を多くの人に知られると混乱するし、グルの価値が暴落する。それに」
「それに?」
部屋に入ってくるやいなやすぐに本題へ入っていく。きっと仕事が出来るタイプ何だろう。あんまりブラックさんの事詳しくないけど。
「それに、この不正……いや不具合はハットだけが持っている知識じゃない。ゲームやプログラムに詳しい人間であれば、不具合を見つける事は難しくはないそうだ」
「え?それってヤバくないですか?」
「ヤバい。今まではハットが不具合を引き起こせるポイントを常に監視し、故意に不正を行おうとした奴らがいると自分達の組織に引き抜いていたのさ。どうせ私利私欲の為だろうが、それでも彼のお陰で不具合が大きな問題に発展せずに済んでいた」
皮肉な話か?歪んだ秩序を壊した先には混沌が待っていました。
「仲間意識を強くする為の生贄の儀式だ。引き抜いた奴をあの儀式に参加させて、弱味を握っていたらしい。だから、これまで何も表に出てこなかったんだ」
「……これから先、どうするんですか?」
「私が今考えているのは、カジノにおけるコインのような新しい通貨を発行する事だな。そうすれば、データの上でグルがどれだけ増えようと何の問題もないだろ」
「なるほど、アイテムは」
「アイテムはみんなに解放する。規制するよりも自由にした方が早い」
俺にはよく分からない複雑な話だ。でも、新しい通貨を作るなんて出来るのかな?政治家でもないの……あ。
「え?もしかして?」
「察した?君たちは準政治家だろう?私が通貨の発行に1枚噛めるように努力してくれ。私たちは既にコインという擬似的な通貨を発行している。そのノウハウは必ず役に立つはずだ」
「えーそんな事俺」
「分かったので。羽山健人は?」
「お、俺ですか?」
「そうなので」
いきなりそんなに沢山の事言われても分からないよぉ!どういう事?正直俺はブラックさんに全部任せて逃げ出したい。そういう事務的なアレコレはそんなに得意じゃないんだよなぁ。
「うーん、まぁ、俺も協力します」
「約束してくれるか?」
「……約束もします。新しい通貨を作った方が良いんですよね?世の中にとって」
「それは知らないが、今ある問題は解決出来るだろう」
「なるほどぉ」
まぁ、そもそも俺自身が良い世の中を作る為に頑張っている訳じゃないから、ブラックさんにそんな事を聞くのも変だな。でも、約束を守ろうとした結果世界が無茶苦茶になるのはそれはそれで嫌っちゃ嫌。
「これで話は終わりだ。質問は?」
「俺からは特に」
「私からもないので」
「そういえば、2人とも昇級おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
今日色々ありすぎだぁ。S級になったり、18億グル手に入れたり、新しい通貨がどうのこうのって話を聞いたり、これから政治家に会ったり。
もしかすると、これは今日だけの話じゃなくて、これから先ずっとこういう人生なのかもしれない……はぁ!やめてぇ!めんどくせぇ!
「僕はこれからも君たち3人と仲良くしたいと思ってるんだ。仲間だからね」
「こちらこそよろしくお願いします。丹羽さん」
「それでは失礼しますので」
「よろしく頼むよ。S級冒険者さん」
その言葉を背後に受けて、この事務所を去る。背負っている物が増えてませんか?俺には荷が重くありませんか?
はぁ……山でゆっくりしたい。ゆったーり適当にまったーり暮らしたい。うーん。
疲れ果ててしまいそうだ。このまま生きていると。
「あ、そういえばありがとうございました。ルーレットの」
「貴方の運命なので。私は関係ありませんので」
「いやいや……そんな」
「どうせ復興に使われるお金なので。貴方の物でもないので」
……そういえばそうかぁ。
田舎でスローライフを送りたい気持ちはあったが、もうちょっとお金を貯めてからでも良いかな。
通貨も変わるみたいだし、約束も守らないとだし。
読んでいただきありがとうございました!!
何かトラブルが起こらない限りは毎日投稿をしていこうと思っているので、次話もよろしくお願いします!18時頃更新予定ですよ!
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