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作者: 広峰

 会議室のドアがノックされた。

 会議室の中には、佐藤部長と私、それから若手社員の山田と女子社員の斎藤さんが、それぞれ長机を前にパイプ椅子に座っていた。


「失礼します」


 声がして、ガチャリと戸が開けられると、開いたドアの向こうからぱああっと華やかな光が射してくる。

 そして、片手に会議資料、背にリュックのような袋を背負った鈴木さんが、ジャジャーンという音と共にキラキラした光の中から登場した。

 彼は会議室のドアを開けて丁寧にお辞儀をした。

 彼が顔をあげると、辺りを照らす輝きが一段と増したようだった。


「ああっ。眩しい」


 私の隣で、斎藤さんが目の前に手をかざしながら彼の登場に感動していた。

 私も光源の鈴木さんをまともに見てしまい、その眩しさに目から涙が一粒こぼれ落ちた。

 彼の登場で無機質的な会議室が、一転して華やかな社交場に変わったような気がした。

 彼はそのまま中に入ると、佐藤部長の前へトコトコ歩いてきた。

 理不尽にも彼が一歩進むごとに小さな花びらが舞い、フローラル系の甘い香りが漂ってくる。バイオリンの優雅な調べが聞こえるようだ。

 彼が発する、そのふんわりと甘い魅惑的な香りに思わず目まいがした。

 ああ、この匂い、胸一杯吸い込みたい。いいや、こんなことで流されてはいけない。

 鈴木さんは佐藤部長の前で挨拶するためにぺこりと頭を下げた。


「よろしくお願いいたします」


 彼の頭頂部が元に戻っていくとき、大輪の赤い薔薇の花がいくつもその背後に花開いた。気のせいかどこからかワルツが流れてくる。

 天晴れだ。素晴らしい。完璧な美しさだ、鈴木さん。

 それから鈴木さんは会議資料を差し出して、愛想笑いを浮かべた。

 すると、キラキラした微細な粒子が薔薇の周りにたちこめ、彼を引き立てるように輝かせた。

 その上、またしてもうっとりするような甘い香りが広がった。ものすごい駄目押しだ。

 殆どの人間は、第一印象でその人を好きか嫌いか瞬時に判断するという。もしそうなら彼は万人に愛されてしまうだろう。


「鈴木さん、ステキだわ!」


 斎藤さんが両手を胸の前で組むように握りしめて、頬をピンクに染めた。

 私もかなり感動した。全く彼は全身がきらめいて見えた。

 これから大事な会議だというのに。駄目だ。動揺してはならない。冷静にならなくては。


 おもむろに伸ばした佐藤部長の指が資料と鈴木さんの手に触れた。一瞬触れた部分が光を放ったようだった。

 佐藤部長は低く唸った。


「うう。軽く痺れたぞ。静電気か」

「申し訳ございません。痛かったですか」


 彼はうろたえて謝った。

 鈴木さんの周囲にまた変化がおとずれた。うつむき加減の白い花がいくつも現れてはらはらと散っていった。

 美しくも悲しい旋律が漂い、彼の詫びる気持ちがこちらにまで伝染する。

 斎藤さんの目から涙がこぼれた。山田が鼻をすすった。

 鈴木さんの目の前にいた佐藤部長は、あっさりと彼を許した。


「いや、大したことはないから気にするな。むしろ刺激的でいい。……相変わらず君の資料は良くまとまっているな」

「そうですか、ありがとうございます。恐れ入ります」


 彼がほっとしたように胸をなでおろすと、今度は七色の虹が佐藤部長との間にさあっと浮かび出た。

 清々しい気分だ。晴ればれと爽やかな青空。何やら柑橘系の香りまでしてきた。

 なんだかヤッホー、と叫びたくなるようなそんな楽しい気持ちだ。

 私が自制心を総動員していると、山田が小声で耳打ちしてきた。


「鈴木さん、なかなかやりますね」

「そうだね。負けられないな」


 そう返事をして様子をうかがうと、彼がこちらをちらりと見た。

 とたんに彼の後ろに宇宙空間が現れ、きらめく星があふれるほど流れた。

 その中のいくつかが、ぴゅうっと唸りをあげてこちらに向かって飛んできた。


「うわ」


 思わずのけぞった。山田も顔をしかめていた。

 おお、これは結構な迫力だ。牽制の表現か。流れ星が脳天にぶつかりそうだった。


「……やりすぎの感じがしなくもないかな」


 しかし佐藤部長は彼に好感を持ったらしく、満足そうにうなづいた。


「良いだろう。採用だ」


 それを聞いた斎藤さんが、興奮して身悶えしながら言った。


「すごいわ鈴木さん。私、私、なんだか夢中になっちゃいそう!」

「ちょっと待って、斎藤さん。何、夢中って。だめだよ」


 あわてて山田がはしゃぐ斎藤さんをなだめだした。

 山田は斎藤さんに気でもあるのだろうか。


「だって、すっごい光ってる。キラキラって。それに鈴木さんとってもいい匂い。ドキドキするわあ。最高よ。ねえ、そう思いません?」


 うっとりしている彼女から話を振られ、私はなるべく冷静に考えて答えた。


「まあ、いい匂いなのは否定しないけど。でも、もう少し控えめでもいいと思う」

「ですよねえ。俺は逆に鼻につくと思うよ」


 山田が同意した。

 しかし、斎藤さんは譲らない。


「そうかしら。私、バッチコイよ。これくらい派手でインパクトがなくっちゃ」

「え、斎藤さんこういうのが好きなの? そ、そうか……」


 山田はぶつぶつ言いながら考え込みだした。

 一方、部長はこちらの批評を聞いていたらしい。

 こほん、と咳払いして鈴木さんに言った。


「あー、鈴木君。もういいよ。スイッチ切って。開発中の『相乗効果発生装置』は波及レベルに関して検討する必要があるようだな」


 鈴木さんは背中の開発中の試作品が入っているリュックを下ろすと、中に手を突っ込んでスイッチを切った。

 急に彼の背後の宇宙空間は消え去り、白々とした静けさが戻ってきた。

 薔薇も虹もとうの昔に姿を消し、わきをかすめ飛びひゅんひゅん言う流星の尾の痕跡も無い。

 我に返った司会進行役の私は、皆を促した。


「では、早速検討を開始いたしましょう」


 鈴木さんは、リュックでよれよれになったスーツの肩部分をちょっと引っ張って直し、小太りであんまり背の高くないガニ股の体を、パイプ椅子に

「よっこらしょ」と呟きながらどすんと乗せた。

 そして凝ったらしい両肩を軽くまわしながら言った。


「佐藤部長、資料にはありませんが現在軽量化を検討中です。中年にはキツイ重さですので」


 そして後退した前髪前線をつるりと撫でた。


 何故だかわからないが、効果が無くなり平凡な中年のおじさんに戻った鈴木さんをじっと見ていた私と斎藤さん、それから山田までもが、夢から覚めたかのように大きな溜息を同時に吐きだした。




 終


読んでいただきありがとうございます。


少女漫画などに見られる、乙女のトキメキを表現する背景のお花やキラキラするアレを3D映像化できたら面白いのに、などと思った次第です。


2009.10.16

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