プロローグ
プロローグ
つらい。
どうして俺は、生まれたんだろう。
俺を作った人間がうらめしいわけじゃない。
むしろ生まれたことは、悪くないと思っている。
けど、世の中はあまりに熱せられてると思う。気や憎悪で。
俺は他の油人形よりかは失ってない方だとおもう。けど、俺が人の気を楽にすることは本当にできるんだろうか。
いや、してみせる。
今はまだ待つ。いつかは―――
神の歯車
胸の中には油が無い。気が付いたら、片隅でその場に座り、へたれこんでいた。人間たちのいうことを聞いてたら、燃料である油を切らしていた。将棋をし門番をしていた三人のもとへ帰れない。
「重油、お買い上げありがとうございます!」
重油……!
気が死ぬ。
おかしくなりそうだ……。
「あなた」
!
なんとか目を上げると、可憐な乙女が俺を見ていた。
乙女は正座し、俺を見つめる。手に持った重油が目に入る。油屋の人間が、こっちを見ている。
「辛そうね」
美しい声に魅了され、ただ呆然とする。紅に紫の着物や清楚な顔立ちが神々しい。
気付くと、手に持っていた油を口元に注がれ、力が湧く。感動で動けず、目から鱗がこぼれた。
(なぜ……)
辺りは俺含め三人だけだった。
「これから稽古をしないといけないので」
一瞬の出来事だった。焼き付くようだった。憧れの乙女は、行ってしまった。
しばらくその場から、動くことができなかった。
歩いて自分の持ち場まで、戻ることが出来た。仲間から心配をかけられる。
「シド! 死んだかと思ったぞ」
「二日間もどこをうろついていたのだ。余程疲れているようだが」
(一人は油を買いに行ってるのか)
言われるより先に、そういうことに気が行き届いた。なんというか、そういう癖が自分にはあった。
ドスッ。
「がっ!?」
とぼけていると、槍の後ろでど突かれた。
「やけにニヤけておるな。何があったのだ」
恥ずかしく、仲間には打ち明けられなかった。
「ちょっとな」
仲間二人、ミロとハツナは、少しいぶかしげに顔を見合わせた。
「まあいいか」
「クロのやつ、油を買いに行ったからな。わしもそろそろ行かなくては」
仲間にばれてないようだ。内心、安心していた。
あれほどの美女だ。忘れられなかった。二度も会えるとは思ってない俺は、淡々と警備をこなしていった。時々、将棋もした。帰ってからは全て負けた。
その後俺は、どうしても自分があの乙女に惚れていることを知り、気を休めるため睡眠に入った。
―――どうして、俺たちは存在しているんだろう。
過去。思っていたこと。傷つけられるのは、当たり前だと思っていた。
人間たちが辛い目を向ける中、油人形達が俺を傷つけ押さえつける。
『なんか言えよ!』
『ガタのないやつめが』
殺意が芽生えるのには慣れていた。
『こいつの持ってるもん、無くしてやろうぜ』
悔しいという感情より、”つまらない””かなしい”思いの方が勝った。
『なんも言わねえの。変な奴。いこうぜ』
世界に生まれたのは、虐めによって劇的じゃなかったと思っている。それでも、ずっと嘆いていた。生きていくことによって、人々に、もっと豊かな心が芽生えてほしいと。
自分が神になりたいとかじゃない。世界の全てがそうだから。自分にも、ある神は備わっているから。
たとえ俺によって救われる人がいるなら、それは本当に幸いだと思う。
本当は感謝したいから。辛い思いをして、俺より悲惨な人はいる。そのはずだから。
―――
バギ、バササ。
「ん、何の音だ」
「シド、見に行ってきてくれ」
(また俺か)
自分は門番の中でも下から二番目のため、いつも偵察を任される。嫌とかではない。ただ、万が一危険を強いられる。
城の木の枝が何者かによって折られた音だ。城の横のような気がした。一回りし、走っていく。
すると、荒々しい男と遭遇した。
「おい、そこのお前」
呼び止められ、男は言う。
「城の娘を知らんか。ついさっきまでここらをうろついてたはずだが」
自分は何も知らないため、適当に相槌を打つ。
「いや、知らない」
男は、溜め息をつきながら、告げる。
「近々、将棋のための後夜祭がある。その娘はその後夜祭の飾り娘でな。結婚も近い。その夜に結婚する美女なのだ。見つけ次第、貴様にも褒美をくれてやる」
……美女……?
俺は、とりあえず返事をした。
「見かけたら、言う」
「そうか。見たところ、門番だな? 貴様。俺は将棋界で”龍神”、ザシンという最強の棋士だ。報酬も水晶二つだ。では頼んだぞ」
馬の足をした白と銀色の龍神は、別の場所へ去った。鬼のような牙と鋭い目つきの人だった。角も二つ生えてたし、本当に鬼だったと思う。
(あれの嫁は良い人生にはならないはずだ)
偵察を続けていると、折られた木の近くに見覚えのある姿を見た。
紅葉の風に揺られ、木々の真ん中に一人。黒髪に撓る瞳。憧れの乙女だった。
「あ……」
何故か乙女―――油人形であるその人は、何故か着物が一部ほどけている。油のにおいがする。
「助けて」
「え?」
胸の形をよく見ると、少しへこんでいた。油がわずかにこぼれ、乙女は苦しそうにしている。
なりふりかまっていられなくなった。すぐに乙女を背負い、修理屋まで走った。




