〈牡羊座〜ムートン、星降夜、今は亡き妹を想う〜〉
この組曲の主人公であるムートンは、ヘルメス牧場に生を受け沢山の兄弟と過ごしていた。
そこでの生活は一つの不自由もなく仕事という仕事も無かった。
年に1〜2回程、飼い主のヘルメスは毛皮を売るために毛を切り落とし、天界へ売りに行くのみである。
とても優しい飼い主の元、昼は走り回り、夜になると兄弟達と美しい星空を見上げ、次々と増えて行く星座を見て天界の様々なニュースも楽しむ事ができる。幸せに溢れた生活であったが、そんな平和な日々に突然の波乱が起きてしまった。
「またゼウスさんが問題起こしてるメァ″ね、、」
ムートンの妹ヘレはいつもの様に喋ったが、ゼウスの陰口を言ってしまった。天界の主ゼウスは、地獄耳、いや、天国耳が正しかろう、全ての声を聴くことができ、ゼウスという名前を誰が何処で発しても聞き逃すことは無いのである。
ゼウスの事だ「また」とはどう言う意味だと問うて来ることもないだろう、人間不信、いや、動物不信のゼウスだし、何よりも1番偉いのだ。
少しでも気に食わなかったり、機嫌を損ねてしまうと殆ど命は無い。大変な王様だ、しかも不死であるから世代交代も無い、いつの間にか天界の創始者は天界の最大の問題となっている。
「ヘレ、急いで隠れるメァ〝ァ〝ね、あの人に連れていかれたら、僕達一瞬で宴のジンギスカンになってしまうメァ〝ァ〝」
そう、いくら言葉が通じようとも人間にとってはただのラム肉。これも、宴が好きなゼウスの作ってしまった価値観であった。
羊達全員でゼウスの機嫌が良いことを願いながら、小屋の牧草に群がってその日は寝た。
唯一、牧草にくるまって皆の下敷きの様にヘレは寝ていたが、やはり翌朝起きると、そこにヘレの姿は無かった。どう考えてもゼウスに連れ去られてしまった様だ。
それからは多くの兄弟達がムートンと共にヘレの無事を祈り、怯え哀しむ日々を過ごしていた。飼い主のヘルメスが罰せられないだけマシだっただろうし、もしゼウスの機嫌が悪かったら牧場は既に焼け野原だし、羊1匹失うだけで済んだと思えば、マシだったと思えばその後の平和な生活は間違いなかった。
しかし、ムートンは来る日も来る日も、唯一の妹ヘレの事が頭から離れない。
この辛い日々を過ごしながら一生を終えるのかと思うと、耐えられるわけがなかった。
少しでも可能性があるなら、自分の望む幸せが再び戻ってくるなら賭けてみる事は出来るのではないか。それが叶わぬ願いでは無いということを。
「僕、ヘレを探しに行くメァ″ァ″ァ″」
羊1匹に何ができるのか、せいぜい小さな柵を乗り越える程の脚力、そして人を寝かしつけるだけでも何十匹も必要な羊だ。
しかし飼い主のヘルメスはその勇敢な決断を認め、彼が天界に行く際に使う空飛ぶ力をムートンに与えた。ムートンは広大な星空へ駆け上がって行く。
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付随音楽〈牡羊座〜ムートン、星降夜、今は亡き妹を想う〜〉