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煌めき

作者: たり

 煙草を燻らせながら、1人、人であるということを考える。


 高層マンションのベランダでは、冷たい風が頬を撫で、煙が静かに流れていく。

 下界に見えるミニチュアみたいな街が、実際に生きている世界だと知覚するにはまだ時間が必要な様だ。


 ベランダの柵に寄りかかりながら、深いため息をする。今日は晴天だ。


 視界の下で煩わしく動く車や、ごまのように小さく動く点たちは、人間がいるからこそ成り立つのだろう。


 人が生きている、否が応でもその事実を突きつけてくる。顔を歪ませたような筋肉の動きを知覚しながら、思わず苦笑する。


 一旦気分を変えようと新たなタバコを取り出し、ライターで火をつける。高層マンションのベランダの一角で、小さく肩を丸めるその己の小ささを振り払って。


 ゆっくりと吐いた煙が、何か言いたげにその場に残り、すぐに消えていった。


 鉄柵に体を預け、虚げに空に浮かぶ積乱雲を見つめながら思考に耽る。


 刹那、不快な隣人の騒音や風切音、風の冷たさが無へと還った。


 鼻を抜ける煙を感じながら、思考の深淵まで辿り着くのにはそう時間はかからなかった。


 見えたのは深い闇。

 塒を巻く大きな闇が、その動きを感じさせないよう、ゆっくり近寄ってくる。

 大きなうねりを生じさせながら、波に飲み込まれたことも理解させずに包み込む。

 ただ、漠然とした不安や焦燥が己を急かす。

 何も感じず、ただ暗く広い世界は、私を受け入れてくれるだろうか。



 突如、頬に冷たさを感じた。



 先ほどの積乱雲がどうやら近づいてきていたようだ。急いで灰皿にタバコを押しつけ、火種が消えたことを確認する。


 空はどんよりとした雲に覆われ、雨は下界へと降り注ぐ。ベランダの戸に手をかけ中に戻ろうとしたとき、何故かそこに名残惜しさを感じた。


 開きかけた戸を元に戻し、服に不快感を感じながらも鉄柵に近づき雨で光がぼやける下界を見下ろした。


 やはりそこには生命があり、雨で反射した光が命の灯火のようにゆらゆらと煌く。


 いっそこの光に身を委ねようか、鉄柵に手をかけ脚をかけた。頬に雨が吹き付ける。

 先日卸したばかりのスーツは、撥水などお構いなしに濡れ切っている。


 力なく浮かべる笑みは、やはり何処か影を差している。


 鉄柵の冷たさを感じながら、優しく己を遠ざけるように鉄柵を押した。


 眼下に広がる光の玉が、優しく包み込むように一層煌めいた。


 暖かい風が、頬を撫でた。


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