第四話
部活が終わり、俺は部室棟の前で玲花を待っていた。
ウチの高校はシャワー室があり、10月末の今ぐらいまでは部活を終えて帰る時に大抵シャワーを浴びて帰っている。俺達下っ端一年生は大体最後に入ることになるけれど。
帰り道が同じ俺と玲花は、遅くなると分かっている時以外は一緒に帰っている。はっきり決めた訳じゃないけど、何となくそうしてる。
残念ながら、お互いに彼氏彼女がいるわけでもないし。
「お待たせ」
「あいよ。じゃあ行くか」
と普通に歩き出す玲花の頭…というか髪に目が行く。
髪…ボッサボサじゃないか?さすがにそれはない…よな。これはツッコむべきなのか?天然か?
そんな風に次の一言をどうするか考えていると、ふわっと吹いた風に乗ってお風呂の香りがした。
石鹸の香りだ。
「あー、やっぱり石鹸で洗ったのは失敗だったな」
思っていたことが口にでたのかと一瞬ドキリとしたが、こちらを見ることなく髪を気にする玲花を見てホッとする。
って、普通体は石鹸で洗うんじゃないのか?
そう聞くと玲花は苦笑いのような顔で「ひひっ」と笑う。ちょっと子供っぽいけど、認めよう…かわいい。
普段から女らしさなんて欠片も感じないが、同性とも異性とも楽しくでき人から好かれるタイプだと思う。
「頭だよ。シャンプー切らしちゃったから髪を石鹸で洗ったんだけど、ボサボサ」
理由を聞いてアホか…と思いつつ、それで石鹸の香りがしたのかと納得。
くせっ毛が嫌でベリーショートにした(と本人が言っていた)くせに、そんなにボサボサじゃ意味がないのでは?
ボサボサ頭を眺めた後に、ふと視線が下がり首筋が目に入る。こうして改めて見ると、結構色白だよな。
昔は俺と同じくらい日焼けして真っ黒だったのに。最近は日焼け止めとか使ってんのかな。そういえば最近は胸も…。って、いかんいかん!
「?」
顔が熱いぞ、正気に戻れ俺!
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いつものように二人で並んで自転車で帰る。
そしていつもの通り斜度が急な坂道を登るため、二人で歩いて自転車をおす途中。
自分一人の時はこのくらいの坂道なら一気に上ってしまう。二人の時は歩いて上る。理由はまあ…パンツが見えてしまうからね、うん。
向こうはいつもの通りだけど、こっちはちょっと…いや、かなり変だ。
どうしても玲花を意識してしまう。頭の中でさっき見た首筋と胸元が現れては消える。今更と言いたくなる位、もう何千回と見てるはずなのに。
考えても見れば、幼なじみというのもあるけど部活がある日はほぼ毎日一緒に帰ってる。そしてお互い性格を知り尽くしているからか、玲花と一緒にいるときが一番楽しい。
俺ってもしかして、玲花のこと好きなのか?
「なあ、俺たちいつも一緒にいるよな」
「そうだけど…それがどうかした?」
待て待て早まるな。そんな素振りは一ミリもないけど、玲花に誰か好きなヤツがいる可能性もある。ウチと玲花の家は親同士仲が良いから、最悪俺が振られた後に嫌でも顔を合わせることになる。それは気まずい。
告白とかはまた別にして、まず探りを入れるか。
「あー、いや。お前好きなヤツとかいないの?」
なるべく軽めに聞いたつもりだったが、玲花は俺の質問に思い切り不審そうな顔をして、そっぽを向いてから返事を返す。
「どうしたの。何か言われた?」
「いや、そうじゃない」
いないとは言わないのか。表情は…横顔だけじゃ分からないな。
ああ、聞き始めたら心臓がドキドキしてきた。
「じゃあ何」
再び視線をこっちに戻すと、ちょっと強めに聞いてくる。イライラしたときの口調だ。
仕方ないだろ…聞きにくいんだから。ちょっと質問の仕方を変えるか。
「俺達よく一緒に帰ってるだろ。まあ朝もだけど…そういうの、どう思う?」
すると玲花はちょっと怒った声で返す。
「はあ…!?だから言いたいことあるならはっきり言ってよ。もしかして、一緒に帰るのが嫌になった?」
「いや、そうじゃなくて」
違う違う、何でそうなる。
言いたいけど上手い言葉が見つからない。ああ、黙ってるの見てますます怒った顔になってる。
言っちゃうか、もう。
いやだめだ…心臓が痛い。ん?心臓はおかしいか。もうよく分からなくなってきた。
でも勢いは大事だよな、ここで言わなきゃ後悔するかも…ああ!
「す、好きだ」
「え」
時間が止まったように、ピキっと表情が固まる玲花。
しかも俺かんだ。恥ずかしい!
「なんつーか、あれ。女として好きだ。お前のこと」
心の中では『あーあーあー、言っちゃった。もう終わりだ』と思いながら、ゆっくりとそう続ける。
固まっていた玲花が動きだすまで瞬きも忘れるくらいじっと見つめる。
数十分…と思えるくらいの時間。実際はほんの数秒なんだろうけど。
「なん、な…っ」
玲花は喋り出したかと思うと、顔を真っ赤にしてカバンをブンブンと振り回す。
「いたっ、やめ…何すんだよ」
「そんな大事なこと、帰りがけにさらっと言うな!」
「ちょ、お前が言えって」
「そ、それは…だ…う…ああっ!」
「…ちょっといいか」
「え?ちょっと!?」
俺は玲花の腕を引っ張ると、自転車を置いてすぐ近くにある公園に入る。
雑木林のような緑に囲まれたベンチへ行き、辺りに人がいないことを確認して腰を下ろす。
「あの、喬生?」
玲花の声。戸惑ったような声だけど、表情までは確認できない。
恥ずかしくて顔が見れない。
「さっきも言ったけど、好きだ。いつも一緒にいて楽しいし。その…付き合って欲しい」
「…本気?」
「本気だよ」
「…」
少し続いた無言に耐え切れなくなり、玲花の方を見る。俺が見ていることに気付いたのか、玲花はチラリとこっちを見たあと、黙って頷いた。
やったああああ!
「オッケー、ってことか?」
「うん。よ、よろしくお願いします」
「やった!」
と…心の叫びが口から出てしまった。
「私でいいの?可愛くないし、そういうの求められても自信ないよ。知ってると思うけど、付き合ったりとか始めてだし」
そう言って顔を真っ赤にして下を向く。
かわいいです、はい。
「いいよ。顔真っ赤、かわいい」
「う、うるさい。さっき告白かんだくせに」
「よ、余計なことを」
「しゅ、好きです!って」
「似てねえ!くっそー、バカにしやがって!」
▼
「喬生、寝るならベッドで寝なよ」
「ん…?」
体を揺すられて起きると、目の前にはミディアムショートにゆるやかウェーブの玲花。
「本、テーブルの上に置いといたから」
「あれ、寝ちまったのか…くぁ」
伸びをして時計を見ると、11時ちょい過ぎ。
小説を読んでたはずなのに、いつから寝てたんだ?そういえばトリックの花札の解説を読んでたあたりで眠くなったような気も…。
「私部屋に帰るからね」
「うぃ」
その場で寝転んだまま、逆さまになった玲花を見送る。玲花はそんな俺を溜め息まじり一瞥して、部屋を出て行った。
何か夢を見た気がする。でも玲花に起こされて、まるっと忘れてしまった。
テーブルに置いてある、さっきまで玲花が読んでいた小説に目をやると、
『栞の位置変えたら天罰が下る』とメモ書きが添えてある。
まあ恐ろしい。ちょっとだけページをずらしてやろうか。
そう考え出すと、このメモ書き自体がダチョウ倶楽部的な意味に見えるから不思議!やらないけどね。