第二話
「さーて、いっただきます」
空腹だから何でもいいや、という気持ちで玲花の料理を食べて、正直驚いた。
おいしい。
高校の時…と言っても二年くらい前だけど、その時食べた料理はマズかった。はっきり覚えてる、体育祭の時に作ってきてくれた弁当…確かにメシマズ弁当だったはずだ。
「うめえ。何、練習してきた?」
「高校の時だって、あれから自分のお弁当はよく自分で作ってたもん。」
あれから…ねえ。
「…そっか。とにかく料理上手いのは意外だ」
「そんな不思議そうな顔してると、おかず取り上げるよ!」
「え!?うそうそ」
「でも意外なのはこっち。喬生のことだから、今日は絶対コンビニ弁当だと思った」
「一人暮らしっぽいことしたくなったんだよ。今日の感じからすると…そのうちビニ弁になるかもしれん」
「あはは。でも食生活はちゃんとしないと」
「まあね」
くそう、メシが作れたくらいでお姉さん気取りか!
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その後の食事中は今までと変わらない、下らない話で盛り上がった。
ただ今日からはお互い一人暮らしで、いつもいる場所じゃないということ。二人っきりで一緒にメシを食うのも久しぶりだったので、何だか不思議な気持ちだった。
何気なく玲花の部屋を見渡して、あるものが目に入る。
「そういえば、炊飯器どうすんだ?」
夕飯を終え、二人で洗い物を済ませているとき、ふと炊飯器が目についたので玲花に訊ねる。
結局炊けなかったコメは「もったいない」と俺の炊飯器に移し(俺の炊飯器のご飯はパックに分けて冷凍庫行き)、役目を終えた玲花の炊飯器はクチを開けたまま床に放置されている。
「ん、ないと不便だからね。今週末にでも池袋あたりに買いに行くよ」
「うわ、もう都会人ぶってるよ。池袋だって」
「何よ、高校生の頃にも何回か行ってるんだから」
「ほー」
そんなムキになるあたり、大して俺と変わりないんじゃないか。
と言っても俺は行ったことないけどね。人ごみは苦手だし。
「全く。安いのがあればいいんだけど、痛い出費だわ。あ…という訳で新しい炊飯器買うまでご飯お願い」
「はあ?サトウのゴハンで我慢しろよ。あれ美味しいって姉貴が言ってたぞ」
「嫌よ、お金かかるもん。もちろん私はおかず作るからさ」
「ほう」
べ、別におかずが欲しいわけじゃないんだからねっ!ご飯がないと困るって言うから…。勘違いしないでよ!
なんてね。
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「お疲れさん。川本君、休憩とっちゃって」
「はい。」
店の外にあるイスに腰を落ち着け、一つ溜め息をつく。
高校では郵便局での短期バイトしかしたことがなかったので、これも一人暮らしを満喫するためのステップ、と引っ越してきてすぐにバイトを探した。
そして求人情報誌でタイミング良く募集をしていた駅前のカレーショップで雇ってもらうことになり、今はそのバイト初日の休憩時間。
と言っても、裏口にあるイスで一息つく程度。隣は雨ざらしの即席喫煙所らしいけど、タバコを吸わない俺には関係なし。
「あ…そういえば」
俺はロッカーに戻り携帯を取り出すと、発信履歴の一番上にある『玲花』に合わせて決定ボタンを押す。
数コールの後、聞きなれたの声の返事。
『もしもし喬生?どうしたの』
「あー、もう炊飯器買った?」
『うん。今帰るところ。』
「そっか。運べそう?」
『うん。え、何?運んでくれるの?』
「いや…今バイトなんだ。休憩中だけど。」
『バイト?早いな、もう決めたんだ。』
「ああ、まあね。高校のときは短期しかやったこと無かったし。」
『でもバイトならどっちみち来れないじゃん。』
「悪い。週末買いに行くって言ってたの、さっき思い出して。」
『ふーん。今日ご飯は?』
「バイト終わるのが六時だから、適当に食べて帰るつもり。」
ちょっと沈黙。玲花の「んー」がいつもより長く感じる。
『ねえ、今日も一緒に食べない?炊飯器買った記念に、私がご飯炊くから。』
「俺おかず作れないぞ。」
『私が作るから大丈夫だよ。いい?』
「気前いいな。もちろん、終わったら連絡するよ。」
『はーい。じゃあがんばってね』
妙にご機嫌の玲花の声。ほうほう、新しい炊飯器がそんなに嬉しいか。昨日まで出費がどうたら文句言ってたくせに。
でもメシを作ってくれるとはありがたいな…ヤツが毎日ご機嫌ならいいんだけど。