第一話
「こんなもんか、ふう。ちょいと休憩」
俺はクローゼットの前に最後のダンボールを置いて一息をつく。
ワンルームでも比較的余裕のある間取りのはずが、シェルフや机の前に乱雑に積まれたダンボールのせいでひどく狭く感じる。
それでも片付けの面倒くささを大きく上回る高揚感が俺の心を占めていた。
何故なら、今日から一人暮らし。
実家からは一時間半以上かかる都内の大学に通うため、ドアドアで20分程のマンションに引っ越してきた。
これからの生活を考えればテンション上がるなと言う方が無理!
運ぶものは運び終わり業者さんに引き取ってもらい、軽い休憩を挟んでから作業を再開する。
押入れや机の周辺に積んだダンボールは一先ず放置して、まずはキッチンに手をつける。
「一人暮らしと言ったら自炊だよなー。米は時間がかかるから先に炊かないとな」
コメを先に準備しておき、ガラガラのキッチンに皿や鍋を配置しながら料理を始める。材料は家を出る時にムリヤリ持たされた野菜どもでなんとかすることにする。
「うし、やるぞ」
殆ど料理なんてしたこと無いけど、何とかなるだろ。お菓子作るよりは簡単だって誰かが言ってたもんな。
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「まあ初日だし…こんなもんか」
料理を開始して約一時間半。目の前にはフライパンの上には苦しょっぱいクロ焦げのものと、小さな鍋には具の野菜がカッチカチのままの訳が分からない汁物が完成していた。
ここまでアレな料理になるとは、笑うしかない。あっははは。
「はあ…」
引越し初日だし、惣菜でいいよな、うん。
…スーパーどの辺だったかな。
上着だけ着替えてマンションのドアを開けると、タイミングを見計らったかのように携帯のバイブが鳴る。
携帯を開くと、ディスプレイには『玲花』と着信表示されている。
「もしもし、どした?」
『もしもし。今大丈夫?』
「おお」
『今日はご飯どうするの?』
「ああ…メシね。作ったよ、うん」
『おっ、自炊するんだ。えらい。ちょっと相談なんだけどさ』
「ん?今ちょうど部屋出たとこだぞ」
『ホント?待って、今開ける』
携帯を切って少し待つと、自分の部屋の二つ先にあるドアが開く。
「ちょうど良かった!入って入って」
ドアから顔をのぞかせたのは、さっきの電話の相手。真木玲花。
玲花が中学生の時にウチの近所に越してきてから、同い年の子供がいる共通点からか親同士が意気投合し家族ぐるみでの付き合いがある。俺と玲花は中学も高校も同じところに通い、大学まで同じところに決まった。そして今度は同じマンションに。
何と言うか…マンガみたいな幼馴染。
さすがに同じマンションというのは抵抗があったが、玲花のおばさんから頼まれた(女の一人暮らしが心配だったんだと思う)ので同じマンションに決めた。
玲花はというと意外にも素直にその条件を受け入れた。一人暮らしを許可してもらえた喜びが上回ったんだと思う。
ドアから顔をのぞかせたのは、さっきの電話の相手。真木玲花。
中高とスポーツをしていたからかスタイルは正直良い。背も170ある俺と同じくらいだから、かなり恵まれてる(女は身長が高くてもうれしくないかもしれないけど)。まあ本人は筋肉質で嫌みたいなことをよく言ってる。
特徴はその身長と本人も気にするクセっ毛。ただこっちに来る前に美容室で軽くパーマをあててきたらしく、今はそのゆるく巻かれたミディアムショートがお気に入りらしい。
昔は色々あったが、今では男女ということも気にならないくらい一緒にいる親友だ。
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「ダメだな、ウンともスンとも言わないな。壊れてるっぽい」
「やっぱり。もう…セットしたときはスイッチ入ったのに!初日からついてないな」
壊れた炊飯ジャーを恨めしそうに見て、深い溜め息。それでも諦めがつかないのか、電源コードを抜き差ししたり、ボタンをポチポチと押している。
諦めろ。
ふと部屋の中を見回すと、やはり自分と同じ様に大小のダンボールが置かれ、最小限の生活スペースができているだけ。同じ日に引っ越してきたんだから当たり前か。
多分自分と同じように一人暮らしといったら自炊!派なんだろう。キッチンまわりだけは食器やらが既に置いてあり、既に妙な生活感すら漂う。
炊飯器を床におろし、別の場所から電源をとろうとしている玲花。いや…いい加減諦めろよ。
そうだ、ご飯くらいなら俺が分けてやればいいか。
「なあ、ご飯なら俺炊いたやつ分けてやるよ」
「ホント?助かる」
「後で持っていくよ。一時間くらい後でいいか?」
おかずを買いに行く時間を考えてそう提案する。
「うん、ありがと。そういえば、これから買い物?」
「惣菜を買いに。こっちは見事におかずで失敗したよ。」
そして既にゴミ箱行きだがな。
そんなに俺の失敗が楽しいのか、爆笑する玲花。
「あはは、喬生らしい。じゃあ一緒に食べない?ご飯もらうかわりにおかずあげるよ。」
「その手があったか!食べる食べる、早速ご飯持ってくる」
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