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第一話二節 ゴー・ダウン

「ふぅ……」

 DFCSをまとい、片手にXPS PSFO(個人用飛来物防護盾)、もう片手に民生品の望遠カメラ。

 望遠カメラを覗いても、エイサムの目には荒寥たる大地が広がっているだけだった。

「エリザベス、敵影は?」

『確認できない』

「だろうな」

 憮然とした面持ちでエイサムは望遠カメラを下ろす。

「よし、乗車しろ」

 エイサムが隣で頬を膨らませるイザベラの背中を叩きながら、短波無線越しに指示する。

 イザベラがため息をついたのが見えるが、無線は切っているようで聞こえはしなかった。

『一曹、敵は?』

「見えない。出発だ」

 エイサムが隣を通り過ぎるラギョウ機が不満そうにCW‐1004の物理セーフティをかける。

『なんなんですか、一体。五回目ですよ』

「しょうがないだろ。レーダーにTM反応があったんだから」

『敵だったら交戦すればいいだけじゃないですか』

「血気盛んな割に物理セーフティはかけるんだな。電子で十分だ」

『しかし、訓練では――』

「今、お前の隣に帽子のツバでお前をつつきまわす軍曹がいるのか? マニピュレータが壊れたらその銃は使い物にならないんだぞ」

 過ぎ去るラギョウ機を後ろ目に見ると渋々といった風にセーフティを外すのが見える。

 生意気なことに全ての指をC2C(相互連携チップ)と接続しているらしい。

「ミカリ、もうちょっとこの新兵の様子を見てやってくれ」

『分隊長の仕事では?』

「俺は手一杯だ」

 ようやく後方に停めていたトレーラーにたどり着いたエイサムはため息交じりにドアを開け、PSFOを投げ込んでから乗り込んだ。

「グラディウス、RI12。交信を要求」

 トレーラーの運転席に積んだCSRC‐105をスーツに接続し、大隊本部と通信を試みる。

 どうでも良い合流任務に高度暗号化通信機なんぞ必要あるのか分からないが、そうであるならば、もっと新型をよこすべきだとエイサムは大型のコイツを気に入っていなかった。

「グラディウス、こちらRI12」

『RI12、グラディウス。通信待機』

「レーダーに映ったTM反応は敵ではなかった。これから移動を再開する。以上」

『グラディウス、了解』

 何が了解だ、と思いながらエイサムは乱雑にコネクタを外す。

 いちいち足を止めることを好く思っていないのはエイサムも同じだった。

「イザベラ、乗ったか?」

『乗ったわ』

「よし、移動再開だ。言わなくても分かってると思うが――」

『時速30km/h、車間距離5m、移動警戒レベル、ですよね?』

 エイサムの掛け声で前方の三機のHAIVがゆっくりと上体を起こした。

「優秀だな、ラギョウ」

『五回目ですから』

 動き出したHAIV達に少し遅れてエイサムはトレーラーを出す。

 先行するのは偵察型のエリザベス機。続いて三角形を為すようにラギョウ機とミカリ機が続く。

 移動を始めてはや二日。

 足を止めつつも、エイサム達は順調に北上しつつあった。

『しかし、一曹。自分は納得できません』

「何が?」

 暇ゆえに自動運転ではなく、マニュアルで操縦するエイサムがぼんやりと前を見る。

『あんな小さなTM反応であれば、たとえ敵であっても大したことないでしょう』

「ラギョウ、お前な」

『確かにHAIVは三機ですが、こっちにはアサルトライフルのCW‐0004だけじゃなく、軽機関銃のCW‐1004だってあるんです』

 エイサムはラギョウの気持ちが分からないではなかった。

 彼が新兵であった頃もまたそうであったからだ。

 何でできているのかも分からないハンドルを何となくエイサムはさすった。

「ミカリ、HAIVと戦車のキルレシオは?」

『5.4対1です』

 エイサムは前を行く三機のHAIVの背中を見る。

 なるほど、そのくたびれた背中では戦車に勝てそうもない。

『EMP(電磁パルス)状況5で2対1ですね』

「そういうことだ、ラギョウ伍長」

『じゃあ、接敵したらEMPを撃ってもらって、それで戦車1台とちょっとの相手はできますよね』

 エイサムはため息をついてハンドルにもたれかかる。

「お前、自分の命とそのポンコツの値段がEMPと張り合うと思ってるんじゃないだろう

な」

『レベルの低いEMPを撃ってもらえば……』

 何とかラギョウが食らい下がるが、ラギョウ自身その言葉の矛盾に気づいて口をつぐんでしまう。

『EMPレベル3以下はHAIVに不利な状況ですが』

『……知ってますよ』

 ラギョウ機は片手で携行していたCW‐1004を腹の前で両手で支える。

 それを見ていたエイサムはジャラリと自動給弾ベルトの音がするような気がした。

『それと、C2Cのフルタイム全接続は手が疲れるからお勧めしないですね』

『アレをするな、コレをするなって……じゃあ、自分ができることは何なんです?』

『それは分隊長に聞くべきです』

「このクレーターを出たら少し左に曲がるぞ。11時方向、345」

『……はぁ、了解です』

 ちょうど月は昼だった。

 地球の影から顔を出した太陽が月面をそのまま照り付ける。

 外は恐らく熱いのだろう。しかし、エイサムはスーツとトレーラーの空調に守られて少し不機嫌そうに眉をひそめるだけでいいのだ。

「新兵が拗ねちまった。エリザベス、景気が良いのを頼む」

『ちょっと、私、半睡眠するつもりだったのに』

『イザベラの機嫌を損ねる可能性あり』

「イズの機嫌が悪いのはいつものことだろ? 頼むよ」

『了解』

 イザベラのマイクからエリザベスのため息がほのかに聞こえる。

 気密に甘えてヘルメットは外しているようだった。

 クレーターの稜線を越える所でエイサムは自動運転に切り替え、ウェストポーチを漁る。

『おいおい、なんで俺がこんな服を着るかって?』

 いつも無表情で静かに命令を待つエリザベスのつかの間の発散。

 オールディズロックの、一世紀前に飽きられたその歌詞がエリザベスの唇からどうしようもなくこぼれ出す。

『それで、なんでこんなに髪を伸ばして、こんな連中とつるむのかって?』

「それは俺が一晩中ステージでヤりたいからさ」

 エイサムの口からは汚い歌声だけでなく、紫の煙が一緒に吐き出される。

 それは不良の歌であったし、退廃の煙であった。

『だから、お前がそれを見たいならやることはただ一つ、俺をハイにしてくれよ』

 四拍子のエイサムの手拍子だけが伴奏のロックとは思えない静かなバック。

 それでも、熱情は確かにロックだ。

『ハイって言ってるんだ。最高潮の、ロックンロールさ』

「最高潮のロックンロールさ」

『興奮と熱狂の、最高潮のロックンロールなんだ』

「フゥ! ルゥビィ!」




 共和連盟位置コード、ロケーションB33CN ポイントRR199812。

 そこは本来であれば今、まさに第二中隊MCT(主戦闘チーム)第三小隊が通過しているはずのポイントだった。

 しかし、そこに広がるのは破壊の爪痕。

『ふぅ、はぁ……はぁ……』

 クレーターの中心で黒い影がショットガンについた銃剣でMk‐2の横腹を突き刺し、そのまま発砲する。

 酸化剤がふんだんに反応し、強装弾が散弾をぶちまけた。

 金属の裂ける悲鳴が響き渡る。

 それは銃剣を通し、コクピットまでかすかに伝わっていた。

『……!』

 思わず銃剣をリリースし、ショットガンを袂に寄せると、Mk‐2は静かに力なく月面に倒れ込む。

 これでこのポイントで活動する者は居なくなった。

 ただ、そのショットガンを携えた漆黒の影以外は。

『はぁ……っ』

 そのコクピットの中で彼女は静かに息を吐いた。

 視界を生体接続されたモニタから彼女の眼球に戻すと辺りは一面の煙。

 紫の煙だ。

『違う……』

 思わず少しむせ返り、ヘルメットのバイザーを上げようと右腕を動かそうとするが、叶わない。

 彼女の四肢は黒い影の中で磔にされているようにだらしなく、固定されていた。

 暴れる彼女の意志に従って黒い影がジャンクと化したMk‐2をショットガンで転がす。

『不味い……美味しくない……』

 その現実から逃れる様に視界をまた機体に預ける。

 クリアに見えるCGIの月面が彼女の心を救ってくれる訳ではなかった。

 結局、そこも下らない現実の延長線上でしかない。

 ショットガンをコッキングすると空薬莢が排出され、ボルトが後退したまま止まる。

『……不味い』

 黒い影は歩き出す。

 人さながらのシルエットがまるでおとぎ話の巨人の様にゆらめく。

 ショットシェルを銃下部から一発ずつマガジンチューブに挿入していく。

 どこからともなく、ボルトリリースの乾いた音がしたような気がした時には、もうそこには巨人は居なかった。

 コバライネン少佐が青ざめ、大隊長のところへ報告に行くのはその二時間後だった。

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