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第一話一節 準備はできているか?

 第32局地戦大隊侵攻拠点、ロケーションB34NR。

 人工の空、宇宙と人とを唯一隔ててくれるTMの傘の下で軍人たちはせわしなく、あるいは、緩慢と歩く。

 月の裏側、赤道に近い地点のその小さな拠点の大隊長室。

 そこに呼び出された一人の男がいた。

「ノッキ・エイサム一等軍曹、参りました」

 無機質な大隊長室でだらりとした声が少しだけこだまする。

「所属も名乗らない、と」

 その声にマルチデスクに腰掛けた大隊長が長い髪をなびかせながら振り返った。

「呼び出したのはそちらですから、不要かと」

「それを判断するのは、誰だと思う?」

 早くもエイサムはこの女と話すことに苛立ち、ないしは呆れのようなものを感じていた。

「第2中隊先遣偵察小隊、第2分隊長、です」

「コールサイン、RI12……君のことは報告書で良く知っているよ」

 それならば、なおの事形式など放り出して欲しい、とエイサムは心で悪態をつくが、それも彼女に言わせれば『それを判断するのは、誰だと思う?』ということなのだろう。

「光栄です」

「なるほど、確かに口は悪いようだな」

「…………」

 眉をひそめてしまったエイサムの顔を一瞥して可笑しそうに笑う。

「態度の悪さは、書いてなかったな。まあ、良い」

 皮肉に皮肉を返しただけでこの言われようである。

 エイサムはズレて落ちそうになっていた基地用マルチスーツの襟章を右手で緩慢に直そうとした。

「先日の戦闘、第2中隊ACT(強襲戦闘チーム)の強襲作戦で君の分隊が任務を失敗したせいで想定外の被害が出たと」

 腕を組みながら、彼女はエイサムをにらむ。

「申し開きは?」

「は?」

 エイサムは現実主義者的だった。

 それはただの結果であり、エイサムの事でありながら、言いたいことはあるかといわれれば、エイサムとしては無かった。

「言いたいことはあるかと聞いているんだが」

 コツコツと彼女は机を叩く。

 その細い指先に無造作に置かれていたチョコレートが当たった。

 エイサムは襟章の重みから手を放す。

「あー、私は作戦の見直しを提案しましたが、却下されたのであり、つまり……」

 思ってもいないことを話すのは苦手だった。

 チラリと彼女の目を見るが、そこに答えは無い。

「私は悪くありません」

 彼女はゆったりと椅子に身を預けてエイサムを見た。

「『我が分隊は』、だろうに。部下が嘆くぞ」

 そんな殊勝な双子ではない、とエイサムはふんと鼻を鳴らす。

「まあ、言い分は分かったよ。元より、それがどうしたという話ではないんだがな」

 彼女の机の上をごそごそとしながらのその言葉に、エイサムは軍隊の形式という奴にほとほと愛想が尽きていた。

「ま、しかし、話はそれだけじゃないんだな」

 エイサムに突き出されたのは一枚のシート。

 有機ELの冷たい感覚にエイサムの指が触れる。

「これは?」

「読むことぐらい厭うなよ」

 一々癇に障る言い回しをする、とささくれだった感情でエイサムはそれを読み進める。

 しかし、そののっけからエイサムはそんな些細な感情を放り出さなければならなかった。

「…………」

 読んでいくにつれ、エイサムの顔がこわばるような、曇っていくような変わり方をする。

「……質問は?」

 固い声でエイサムが顔も上げずにそう問うと、彼女はそう反するかのように悠然と答える。

「したければ」

「このタイミングで、転属ですか?」

「どのタイミングの話をしているのか分からないが、そうだ」

「なぜ?」

「処置さ。不満というものは溜まるだけ溜まるからな」

「小隊長が?」

 エイサムはようやく顔を上げた。

 そこに浮かぶのは、明らかな不審。

 エイサムにしてみれば、これに書かれていることは納得ができても、理解が到底できないことだった。

「隊さ。軍隊と言っても良い」

「おっしゃる意味が」

「書いてある意味は分かるだろう?」

 エイサムは目をもう一度シートに落とすが、転属指令書、という見出しだけが鮮明に見えた。

 何も考えずにそれを彼女に返そうとすると、彼女はやんわりとそれを拒否する。

「君はめんどくさがりなわけだ。全部読んでないだろう?」

「全部?」

「3枚。読んだか?」

 フリックしてみると、なるほど、確かに他にも2枚あるようだった。

 更に読み進めようとするエイサムの前で彼女が概略を話し始める。

「君の分隊はこの基地から目下北西へ進行中である第4中隊に合流してもらう。中隊は北西へ向かっているが、君たちはこのまま指定ポイントまで北上。そこで合流だ」

 なるほど、確かにこの書類にはそういう内容の事が書いてある。

 輸送してもらうべきところを陸路で地道に歩いていくわけだ。

 そこでエイサムはあることに気が付く。問題は二枚目と三枚目だった。

それらはタイトルこそ、同じ転属指令書だったが……。

「誰のですか、これ」

「君の分隊の分たよ」

「は? 私の分隊にラリロ……とかいうのはいませんが」

「君は更にこう言う。ユーナスというのもいないはずだ、と」

 エイサムが更にめくった三枚目には見事にその名前が記載されていた。

 その味気の無いフォントを眺めながら、まとわりつく嫌な予感をエイサムは感じる。

「おめでとう、君の隊は大増強だ」

 エイサムは得意げに語る大隊長を見ることもなく、額に手を当てた。

「8時間後、ですよ?」

「そうだ」

「しかも、半機械化兵……HAIV(重装歩兵戦闘車)乗りじゃないですか」

「無論、HAIVも支給されるし、君のトレーラーも新調される」

「随伴歩兵が足りません。HAIV1機に対して歩兵は――」

「2人。そのためにHAIVにはパイロットとは別に歩兵積載スペースがある。そう言いたいのは分かるし、正しい。間違ってない」

 彼女はいけしゃあしゃあとそんなことを言ってみせる。

 エイサムは知っていた。

 ここから繰り出される言葉は自分の意見を否定するものだと。

「しかし、残念なことにその4人は君の任務失敗により月面に消えた」

 エイサムは顔を上げる。

 悪質なブラックジョークかそれともただの事実なのかを知りたかったからだが、彼女の目は何も訴えてない。

 ただ、やれということ以外は。

「一つだけ教えてやろう」

「…………」

 壁に説教でもするかのように彼女はELファイルが無造作に積まれた棚を見る。

「ラリロ・ラギョウ伍長は中隊に合流した後、中隊のMCTへ合流する」

「兵員輸送、ですか?」

「もう一つ。君のトレーラーにはHAIV1機分の予備パーツが積載される」

「……彼は」

「以上だ。これ以上の質問は受け付けない」

 流石に佐官なだけはある。

 彼女の一言は場を支配するだけの力があった。

 一呼吸分の静寂が部屋に訪れる。

「……承りました。準備に入ります」

 エイサムが色々なモノを押し殺してそう言うと、彼女は少しだけ横目でエイサムを見た。

「頼んだぞ」

 聞けば、ただの気休めだ。

 エイサムは何も言わずに大隊長室を出たが、彼女はその背中から目を離さない。

 扉から出たエイサムを待ち構えていたのは大隊長補佐。

 咄嗟に略式敬礼をしてエイサムは足早に大隊長室から遠ざかる。

「…………」

 そんなエイサムを大隊長と同じように補佐はジッと見つめた後に、大隊長室に入った。

「コバライネン少佐、戻りました」

 入れ替わりで来たコバライネンを彼女は何か意味深長な笑みをたたえて迎え入れ、手を差し出す。

 その差し出された手にコバライネンは持ってきた資料を渡す。

「彼を見たか?」

「やはり、彼が?」

「彼がじゃない、彼の隊がやるんだよ」

 彼女は渡された資料を眺める。

 そこに移されたのは、裸眼や光学カメラでも捉えられるように大量の光を投射した月面。

「見にくいな」

 戦闘が光となって走り、チラチラとホワイトアウトする画面に何度も入り込む黒い影。

 投射された光を遮るように既存の兵器ではおおよそ考えられない速度で月面を飛んでいた。

「………」

彼女は資料を食い入るように見つめる。

 黒い影はまるで観測する感も序に近づくように映像の中で存在感を増していく。

これでもかと近づいた時には『手』が伸び、映像は激しく乱れた。

少しだけ息を呑む彼女の前で最後に移されたのは完全な『脚』。

人を模した艶のある、『脚』だった。

「これで、コイツに第4中隊が襲われたのは4回目です」

 4を強調するようにコバライネンは右手の指を彼女に突き出す。

「損害は?」

「HAIVが3機。歩兵が4人。隊全体で見れば些事かもしれませんが、何より侵攻が遅れています」

 いやに冷静な彼女に不満気なコバライネンは念を押すようにこの事態の忌々しさをとつとつと語る。

「敵の新型兵器に、我が大隊の精鋭が足止めされている。それを……」

 資料から目を離さない彼女に業を煮やしたコバライネンは身を乗り出す。

「それを貴方はたかだか1個分隊で解決しようとしている」

 そこでようやく彼女は顔を上げ、コバライネンを見た。

 その目は出来の悪い生徒を見る教師のような目だった。

「君は、これを見たのか?」

「見ました。ただの新型兵器でしょう」

 彼女の言わんとすることが分かっていないコバライネンは分かり合えない彼女に反発するように、強調してそう言った。

「HAIVだって新型兵器です。配備されて12年、実戦運用して7年です。SCU(特化接続戦闘員)も――」

「だから、これも驚くことではない、と?」

「そうです。戦争ですから、我々指揮官は一々驚いていられません」

 いかにも指揮官然と胸を張るコバライネンにふっ、と彼女は顔を緩めた。

「軍人だな」

 コバライネンも褒められたわけではないことぐらい分かる。

「貴方にもそうあってもらいたい」

 不機嫌な顔でコバライネンは意趣返ししたつもりであったが、彼女は笑うだけだ。

「残念ながら、それもあと一年さ」

 彼女は椅子から立ってコバライネンに資料を返しながら、彼を見た。

「君は戦争が終わったら何をする?」

「は?」

「いなくなった私の席に座るか?」

 彼女を支えていた椅子がゆっくりと虚しく回る。

 唐突な言葉にコバライネンは困惑するばかりだった。

「私は少し休む」

 彼女は静かに大隊長室を後にする。

 残されたコバライネンの手にあるのはリピートし続ける黒い影の映像。

 彼女が見出して、コバライネンが見出せなかった可能性がそこに延々と映り続ける。




「黒」

「こっちも黒よ」

 雑然と騒ぎ立てるハンガーで同時に発せられたその2つの可憐な声は掻き消えそうだった。

 エイサムは背中合わせになった彼の部下の前に色のついたカードを同時に見せる。

「青」

「こっちは赤だわ」

 少女たちが口にするのは背中の向こう側でもう一人が見ているカード。

 エイサムはどこを見るわけでもなく、手元のカードをシャッフルして彼女たちに見せ続ける。

「赤」

「青……ちゃんとシャッフルしてる?」

 一人が、エイサムを諫める様に声を上げた。

「うるせぇなあ……」

 エイサムにとっては今の状況はそれどころではなかった。

 とがめられたばかりだと言うのに、エイサムはそのままカードを変えることもせずに少女たちの前に出す。

 そのカードの色を見た瞬間に、声を上げた少女がエイサムの右手を振り払ってエイサムを見た。

「何なの?」

 強気ににらまれたエイサムはようやく、目の色に生が戻った。

「ちゃんと寝た?」

「42分はな」

「赤」

 言い合いをする横で生真面目に色を答えたもう一方の少女を二人はとっさに見てしまう。

 エイサムはカードを下ろして、まとめ、DFCS(戦闘用スーツ)の尻ポケットに突っ込んだ。

「何が不満なの?」

「イズ……お前はいつから『曲銃床』になったんだ」

 詰め寄るイザベラの視線から逃れる様にエイサムは肩をすくめる。

「貴方、隊長でしょ?」

「そうだ」

「その態度は信用に値しないわ」

「はぁ、よせよ」

 エイサムがパタパタと力なく手を振ると、エイサムを見る視線が二つに増える。

「………」

「ほら、見ろ。お前もエリザベスみたいに部下らしくだな」

 エイサムのことをじっと見つめるエリザベスの寡黙な態度を大げさにエイサムがイザベラに見せつける。

「エリザベスだって不満に思ってるに決まってるわ」

「本人に聞いてみろよ。せっかく脳レベルで繋がってるんだ」

「あのね……SCUっていうのは」

「6時方向」

 イザベラの言葉を遮って短くエリザベスが呟くと、エイサムは振り返り、イザベラはエイサムの肩越しにそちらを見ようとした。

 確かに、エリザベスの言う通り、二人、こちらへ歩いてくる者がいる。

 口うるさい小隊長補佐や、苦手な大隊長でないことにエイサムは胸を撫で下ろした。

「……あー」

 しかし、その顔が判別できるようになるにつれ、エイサムの顔は曇っていく。

「アレが原因なわけ?」

 もう傍まで来ていた二人に聞こえないようにイザベラは耳に囁く。

「子守りにベビーシッターだぞ。やってられるかよ」

「また、私たちのことを――」

 エイサムの言葉にイザベラが憤慨して反論しようとしたが、エイサムが左手で制す。

「お前らだな?」

 目の前に並んだ男女はエイサムのその言葉に敬礼した。

「ラリロ・ラギョウ伍長参りました!」

 男の方が威勢よく名乗りを上げる。

 その煩さにエイサムが目を逸らし、女の方を見ると彼女は慣れているようで普通に口を開いた。

「ユーナス・ミカリ二曹です」

 ラギョウは資料を呼んだ通りの無能な新兵であるようだが、彼女は違うようだった。

 その事実だけでエイサムは少しだけ安堵する。

「ノッキ・エイサムだ。第4中隊への合流まで二人の指揮を執る。んで、このふたりが」

「イザベラ・スミス二曹よ。よろしく」

「エリザベス・スミス特曹」

 ラギョウとミカリは黙って聞いていたが、ラギョウがエリザベスの階級に眉をひそめた。

「特曹……?」

「良いか、新兵――」

 気だるげに説明の為に口を開いたエイサムの言葉にラギョウが慌てて手を広げる。

「待って下さい、その、知ってます。SCU、でしょ? ただ……」

「ただ?」

「初めて、見ただけです」

 気まずそうにそう言いながらラギョウは行き場を失った手でマルチスーツの腰のあたりを弄る。

「そうか。でも、良いか。ハジメテ、に殺されるのが戦場だ。童貞気分でいると死ぬぞ」

「はい」

「それと、俺の分隊で差別は禁止する」

 ラギョウはエイサムのその少し強い言葉に慎重にコクコクと頷く。

 その様子にエイサムが少し満足気に頷き返すとラギョウが遠慮をするように少しだけエイサムを見上げた。

「しかし、分隊長……自分が新兵だと、どこで?」

「分隊長はなんでも知ってるもんだ」

「ミカリ二等軍曹の事も?」

 うそぶいたエイサムはラギョウのその言葉に詰まる。

 実のところ、ラギョウから新兵の匂いがしただけで略歴など知らない。

 それはミカリについても、同じだった。

「あー……」

「元SCU、でしょ?」

 言葉を失って辺りを見渡すエイサムの隣で、イザベラがそう言った。

 想定していなかった言葉にエイサムはイザベラを見る。

「興味ないな」

「自分のこと、全く言わないものね」

「…………」

 イザベラにベティらわれたエイサムは不満げにミカリに向き直る。

 ミカリは少しだけ微笑んで、こう返した。

「分隊長はなんでも知ってるのでは?」

「ちっ、ラーカス……」

「ちょっと! 下品よ」

 見事に一本取られたエイサムが呟いた言葉にイザベラが眉をひそめる。

 そんなエイサムの様子をミカリは微笑んだまま見ていた。

「それで、私達の仕事道具は?」

 ミカリがマラカスを振るような動作をして自分が乗るHAIVがどれかを尋ねる。

「あー……」

 エイサムが並んでいるHAIVのどれがミカリの機体かを考えている時だった。

「おい、どいてくれよ!」

 ちょうど基地内モビルでHAIVをけん引してきたドライバーがハンガーでたむろするエイサム達をコクピットから状態を出して怒鳴った。

「もしかして、これですか!?」

 興奮した様子でラギョウがそのHAIVを指さして叫んだ。

 それも無理はない。けん引されてきたHAIVは新鋭機Mk‐3 PARAだった。

 思わず、エイサムもその機体をまじまじと見てしまう。

「ヤッバ……」

二つに分かれたキャタピラユニットに辛うじて人っぽい上体ユニットが乗っているところまでは他の機種と何も変わらない。

しかし、特殊空挺用の外部強化TMパッケージ、それを覆う電磁反応装甲の肩の影から覗く迎撃用擲弾チェーンガンに電煙弾ディスチャージャーが鈍く光る。

そして、その胴にはペイント弾で撃たれたかのような紫のペイント。

「アレに乗れるんですか!?」

 興奮しっぱなしのラギョウの叫びにエイサムはハッと我に返る。

「んなわけないだろ」

 エイサムの言葉通りに彼が道を開けるとそのモビルは機体を重そうに引きずってその場からさっさと去ってしまった。

「そんなぁ……じゃ、誰があんなの乗るんです?」

「何も知らない分隊長様に聞いてもしょうがないでしょ」

 イザベラが馬鹿にしたようにエイサムを見る。

 しかし、エイサムはそんなことを気に留める風もなく、ラギョウと一緒になって新鋭機の影を追い続けていた。

「隊長?」

 エリザベスがそのエイサムの微妙な機微の変化に声をかける。

「あー……」

「貴方もアレに乗りたいっていうの?」

 エイサムの生返事にイザベラが眉をひそめる。

 そこでようやくエイサムは皆の方を見た。

「まさか」

 何ともキレの悪い回答にイザベラもエリザベスも顔を見合わせたが、そんなことは全く気にしないのがラギョウだった。

「じゃあ、自分らはどれに乗るんですか?」

 不満げに尋ねるラギョウにエイサムはラギョウの後ろを指さした。

「お前、こんだけ広いハンガーでなんで俺達がここにいると思う?」

 ラギョウはゆっくりと指さされた方に顔を向ける。

 そこにいるのは待機状態で整列するHAIVの列。

「これ……ですか?」

 ラギョウの真後ろにあるHAIVを一瞥してから、評価に困るといった風にラギョウが口を開く。

「雪だるまみたいですね」

 基本は現行機のMk‐2だったが、あらかたの武装が取り外されている上にツルツルの増加装甲と背面マルチラックがまるで四角い雪だるまのような印象を受ける。

 更にそこからゴテゴテと改変されたカメラユニットとこれでもかと突き出したレーダーユニットがまさにニンジンや木の枝を刺された雪だるまそのものだった。

「ああ? それはエリザベスのやつだよ」

 当の本人は雪だるまという評価が気に入ったのか、珍しく口元が緩んでいた。

 当惑したラギョウはきょろきょろと周りを見渡す。

「スミス……エリザベス特曹の? じゃ……」

「その右がミカリの。その左がお前の」

 ダラッと腕を伸ばしたまま、エイサムが一つ一つ指さす。

 ちょうど、左に指が向いた瞬間のラギョウの顔は余りに悲壮なモノだった。

「……本当ですか?」

「嘘ついてどうするんだよ」

「これ、テンゴって奴ですよね?」

 くたびれた外部装甲、たわんだキャタピラ、土に汚れた灰色のアクリルの向こうに見えるアナログ然としたカメラ。

 世界で三番目に制式採用されたHAIV、Mk‐1の一部供用パーツをMk‐2のものに換装した現地改修機、通称Mk‐1.5だった。

 供用パーツというのはつまり、ヴェトロニクス、電子戦装備が主なものでパッケージそのものは8年前のポンコツである。

「なんだ、動けば文句ないだろ」

「あの、自分はMk‐1タイプには二度しか乗ったことが無いのですが」

 悲惨な現実から目を背ける様にラギョウはエイサムを泣きそうな顔で見る。

「乗ったことがあるんだろ?」

「ええ、まあ……」

 消えりそうな声で答えるラギョウにエイサムはうなずく。

「じゃ、いいじゃねぇか。そういうことだ」

 そこへ一台のトレーラーが現れる。

 大型のトレーラーでHAIVが3機は乗りそうな荷台を備えていた。

 流石に先程の小型のモビルとは違い、皆、轢かれないように道を開ける。

「分隊長、これは……?」

 道を開けたラギョウが目の前で止まったトレーラーを見ながら、小声でエイサムに尋ねた。

「これは、俺が乗る」

「ええ?」

 ラギョウの声はトレーラーの方へ歩き始めていたエイサムには届かない。

「エイサム一曹ですか?」

 トレーラーの運転席から一人の兵士が降りてきた。

「そうだ」

「大隊長からのプレゼントです。お望みの足に積み荷一式、だそうです」

「ルゥビィ……新型の、マルチTMサスだぜ?」

 満面の笑みでニヤニヤと足回りを見る為に屈んだエイサムのすねをイザベラが蹴とばした。

「次、気持ち悪いスラングを言ったらその口を吹き飛ばすから」

「狭苦しいHAIVの代わりにコイツに乗せてやっても良いのに」

 エイサムにとって蹴られたことなど、今はこのトレーラーを支給されたことの前では霞む。

「良し、荷物をまとめろ。定刻に出るぞ」

 一人だけハイテンションにそう叫んだエイサムの声はやはり、ハンガーの喧騒に消えてゆく。

 ただの、トレーラーを運んできた兵士だけが無表情にその場を立ち去って行った。




「貴方の言っていたことがようやく分かりました」

 大隊長室でTMの傘の庇護から出ていくエイサムら、第2先遣偵察分隊を見ながらコバライネンが彼女にひっそりと呟くように言葉を漏らした。

「それで?」

 彼女も座ったまま、アクリルの窓の向こうから消えゆくエイサムらを見る。

 いや、彼女が見ているのはその先だ。

「貴方は……現状に不満が?」

「なぜ?」

 コバライネンが繰り出す継ぎはぎな言葉とは裏腹に彼女の言葉は簡潔だった。

「そうでなければ、私には到底理解できません」

「何が?」

「貴方がしようとしていることの理由が」

「酷い言われようだな」

 そこでようやく彼女はコバライネンの方を見た。

 コバライネンの顔に浮かぶのは焦燥。

 今、自分がどうするべきなのかを悩む時間がもうすでにあまりなことを知ってしまった顔だった。

「否定しないのですね」

「私は君が私をどう見ているのか知らないからな」

「作戦計画、彼らに渡したもの、SMC(六人中隊)の待機……しらを切るのですか?」

 コバライネンは彼女に全てを話して欲しかった。

 自分を秘密という枷で縛り、行動を規定して欲しかった。

 彼は、彼女の言う通り、軍人であった。

「君の人生が上手くいかないように彼らがまた上手くいくとは限らないさ」

「……! 私の人生は……」

「上手くいってないだろう。つい二週間前に私の下に配属された。運の尽きだと思わないか?」

 問う彼女の目は笑っていた。

 コバライネンの意志の視線はその瞳に吸われる。

「良いことを教えてやろう」

 彼女はコバライネンを見ながら、ゆっくりとそう言った。

「彼らの作戦は北上し、中隊と合流すること。積み荷は中隊に届けるもの。SMCという部隊は存在しない」

「それは……詭弁です」

「違う、一般論だ。そこに関連性を見出すことこそ、詭弁だとは思わないか?」

 もう、逃れられないのだ。

 自分の推測から、始まった作戦から、歩み出したエイサムら、そして、彼女から。

 コバライネンはもう、逃れられない。

「彼らは、死にます」

 そして、自分も、あるいは。

 それが今、全て彼女の両肩の大佐の肩章に預けられている。

 自分が彼女より階級が高ければ、自分に今、彼女を背から撃つ覚悟があれば。

 あれば……どうなるというのだ?

「だから、言ってるだろう。座視しろ」

「…………」

「勝ち負けが分からないからギャンブルなんだ。そして、彼らはスロットの目みたいなものだ」

「……4次TMが本当にあの機体に使われていると考えるのですか」

「それも含めてギャンブルさ。その技術、敗戦国で闇に葬らせるか?」

「国家集団は負けると?」

「君は共和連盟軍人だろう。連盟が勝つことに疑問を抱くのか?」

 白々しい。あまりにも白々しいその言葉。

 彼女が並べ立てるのは何の意味も持たないただの言葉の羅列だ。

 コバライネンは吐き気を抑えるので精いっぱいだった。

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