第3話 泡沫の幸福①
大変遅くなりました。ちょっと短い上にノクターン横丁一歩出前ですがどうかご容赦をw
「姉様、姉様。ちょっとこっち!」
「何よ一体」
「いいから、面白いもの見れますよ!」
あれから数日、アレクタルは退院を果たした。今までいなかった父親がそこにいるという事実は混乱をもたらしつつもやがては慣れてゆく。
朝目が覚めたら急いでアレクタルを探し、間違いなくそこにいると理解して腰砕けになり、羽髪を掻き回されて我に返って怒鳴るクロレーヌにポカポカ胸を叩かれて喜ぶアレクタル、爆笑するクリーヌにため息をつきつつも口もとは綻ばせて朝食を用意するラーシャ。それはもう絵に描いたような幸せな家族の姿。
そんなある日いたずらっ子な笑みを浮かべて手招きする妹。先日青汁シャーベットを自分で食う羽目になり涙目になったのにまだ懲りてないようである。
嫌な予感はしつつも地球で言うリビングダイニングに近い部屋の入り口の近くでコソコソする妹に言われるがまま部屋の中を覗き込む。そして思いっきり後悔した。
「娘ニ嫉妬スルナンテ可愛イ事ヲシテクレルネ」
「な、何をドゥスな事を言ってるんですか……」
……ラーシャを椅子に座らせた状態で壁に追い詰めて腕で逃すまいとしているアレクタルの姿があった。いわゆる壁ドンである
「心配シナクテモ私ハ君一筋ダカラ大丈夫」
「で、でも若い貴方に今の私は釣り合わないわ……」
「幾ツニナロウガ君ノ美シサハ変ワラナイヨ。ムシロ大人ノフリュトシテ磨キガカカッテルナア」
……反対の手で顎クイまでする始末である。
「な、な、な……ひゃ、百歳近いおばあさんに何言ってるんですか!?」
「ソレヲ言ウナラ私ノハルマルマハ百歳過ギテ私ヲ産ンダヨ?ソウダセッカクダシ息子ニ挑戦シテミナイカイ?」
「は、ひゃはあぃえ!?!!?」
……母親が少女のように顔を真っピンクにして狼狽えている姿など見たい娘がどこにいる、ってここにいました。
出来れば生涯見たくなかったクロレーヌと違いクリーヌは勉強になるとばかりに食い入るように観察していた。
「モチロンマタ娘ダッタトシテモシッカリ可愛ガルカラ安心シテクレ」
「そ、そ、それのどこに安心する要素があるんですか!?」
「アア大丈夫ダ。授カラナカッタトシテモ君ヲ愛スル気持チニ一点ノ曇リモナイ」
「ですから、そういう事ではなくて……」
と、しどもどとするラーシャにそれまで情熱的な視線を注いでいたアレクタルはフッと悲しげな笑みを浮かべてみせた。
それまで壁についていた腕を離し少し身を離す
「ソウカ性急スギタカ」
ようやく解放してくれてホッとするラーシャ
「そうです、こういうのはこう」
「君ノ気持チガイツマデモ私二向イテクレテイルトイウ前提デ話ヲ進メヨウトシテタカラナ……」
「は?」
「スマナイ。君ノ気持チガ私カラ離レテシマッテイタトシテモ仕方ナイ。コレダケ待タセテシマッタカラナ……」
そう呟いて身を引いてしまうアレクタル。寂しそうな瞳で腕を引こうとする。
「君ノ心ニ私ガイナイノナラバ潔ク身ヲヒコウ」
「ちょ、ちょっと待ってください!何でそんな話になってるんですか!?」
「私ノ気持チニ応エラレナイトイウ事ハソウイウ事ナノダロウ?心配シナクテモ私ハ……」
するとラーシャが勢い良く立ち上がりアレクタルの胸倉を掴む
「私が……! どれだけ……! あなたの……! 事を……! 待ったと……! 思って……!」
言うに事欠いて想いを疑われるとは……! 怒りのあまり言葉が途切れ途切れになりながらガクガクと夫を揺さぶる。それを心配していたのはこちらの方だ。今のアレクタルは若若しく目醒めた世界に目を輝かせた魅力あるデルンであるのに対して自分はそろそろ中年から初老に差し掛かろうという所。周りからはもう諦めろ、娘もいる、人生を捨てるなと何を言われようともアレクタルの帰りだけを待ち続けたフリュなのだ。
それをどうやってこの色ボケ学者ドゥスに分からせるか……。ふと、いつぞや時事情報データバンクの片隅に映っていた映像が脳裏をよぎる。下の娘がキャーキャー言い、上の娘は顔をピンクにしながらも興味津々で見ていたのは誰が撮影して誰が投稿したのやらヤルマルティアのファーダとフリンゼが……
その光景を頭に浮かべ、胸倉掴んだアレクタルを反対の手で頭に手をやって自分のもとに引き摺り込む。
「そんなドゥスな事を言う貴方には、こうですっ!」
「ナニヲ……ンムッ!?!!?」
それまで妻を翻弄するばかりだったアレクタルが目醒めて初めて受け身に回った瞬間だった。呼吸を塞がれもがいていたがやがて妻の身体にもたれかかるように力が抜けてしまった。
やがて顔を離して顔を紅潮させながらプイと目を背ける妻の姿が目に入る。
「ヤルマルティアの男女の挨拶だそうですよ。私だってやられっぱなしではないんですから!」
しばし口に手を当てて呆然と佇むアレクタル。その影で娘達は
「わぁ〜い、マルマもやっるぅ〜」
「は、破廉恥よっ!?」
「そう言いつつ姉様だってガン見してるじゃない」
相変わらずデパガメを続けていた
一方固まったかと思えばプルプルと震え出したアレクタル。もしかしてやりすぎた!? と、思う間も無くラーシャはフワリと浮遊感を感じる。
「ソウカ。ソコマデ思ッテクレテタンダネ。ソレハ期待ニ応エナイトでるんガ廃ル」
爛々と目を輝かせた夫に抱え込まれてしまった。しまったあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。久しぶり過ぎて忘れてた。こっちが反撃したらこの人戦闘態勢に入っちゃうんだった! ジタバタ暴れて逃れようにも若い頃でさえ一度も逃れたことがない。まして夫が若若しく自分はちょっと体力落ちてきたかも? なんて状態で脱出なんて出来るはずがない。
「ちょ!? 放してください〜〜!?!!?」
「ヤダ。セッカク君カラ誘ッテクレタンダモノ。ソンナ勿体無イ事デキナイヨ」
妻の抵抗も虚しくドナドナされて行く。慌てて隠れる娘達。その様子に気付いた夫はお転婆達に苦笑する。ここで「メッ」てしてみせて妻の羞恥心を煽るのも面白いがそれをやったら本格的に拗ねられて数週間単位で触ることすら禁止されたら敵わない。とにかく今は可愛く暴れる妻を堪能するのみだ。
「よ、よかった。気付かれてたらマルマに雷落とされる所だったわ」
「あははー。こりゃ私が姉様になる日もそう遠くないかもしれないわね」
「あ、あんたって子は……」
「ヤ、ヤッテシマッタ……」
意識を飛ばした妻を前に激しく自己嫌悪する。ここまでするつもりはなかった。ただ百年近く妻の身に触れることが出来なかったと言うのは相当に心身に堪えていたらしい。
「……覚エタテノがきカ私ハ……。優シクシテアゲルツモリダッタノニコノ様ナンテ……」
だが自分のせいばかりではない。年を経て衰えるどころか爛熟した年上の色気がアレクタルを狂わせた。それに涙を零して自分の名を呼ばれて縋られたら……、等とノクターン横丁行きになりそうな思考を延々考え続け
(……ッテダメダダメダダメダダメダ!!!!!!)
どうやら精死病期間中に脳の一部をおかしくしたらしい。ここまで無体を働いておいて責任転嫁して更に襲おう等とケダモノだのツァーレだの呼ばれても文句は言えない。
「医療センターニ行ッテ脳ニューロンデータヲトッテ、脳神経ヲ修正シ、逆移植シタホウガイイカモ……」
奇しくも尊敬するファーダ大使がとあるダストール人に提案された方法と同じ処置を自分にするべきかと真剣に悩む。
いやそれよりも早急の問題として未だ火照る身体の醜い熱を少し醒ます為にも水でも飲もうか、いやヤルマルティア人のやるオフロなるものを時事データバンクで調べて仮想造成した方が良いかもしれない。
そう考えて下着姿で先ずは飲み物をと後ろ髪を引かれる思いで立ち上がろうとすると、不意に裾を引っ張られる。
振り返ると、先ほどまで気絶してたはずの妻がアレクタルのシャツを離すものかという顔でつまんでいた。
「どこ行くの……」
「ア、アアゴメン……。チョット水ヲ飲モウト」
理性を総動員してアレクタルは答えた。さっきまで散々貪った所だ。これ以上は行けない。こういう時日本人なら素数を数えたりするのかもしれないが彼は知らない。
だがそんなアレクタルの努力を嘲笑うのが現実である。
「いかないで……」
涙目で上目遣いでか細く告げられ、彼は固まった。理性艦隊が次々に欲望ドーラ艦隊に対艦ドーラを打ち込まれてゼル奴隷化されて行く。だが必死に掻い潜って旗艦だけは守り抜く
「ス、スグニ戻ルカラ……」
「いや、いっちゃやだ……」
「ダ、大丈夫。本当ニスグダヨ」
「おいてかないで……もうひとりはいや……」
ついに理性旗艦もゼル端子を打ち込まれる。だが必死で白兵戦を行い機関部だけは死守する。
「ネ、寝ボケテルンダネ。落チ着イテ……私ハ何処ニモイカナイ」
「おねがい……なんでもするから……」
機関部も制圧されてしまった。
「あなたにならなにされても……うれしいから、だから……」
腰のあたりに縋り付かれ柔らかい身体があちこちにあたり、トドメの言葉が紡がれる。
「……きて?」
ぷちり
「ガ、我慢出来ルカアアアアアアアアァァァァァァァィ!?!!?」
反省? 理性?? 何ソレ、クイモノ? という状態になってしまったアレクタル・フェデル・ダーハウス(98)は全てをかなぐり捨てて妻に襲いかかったのであった。
「……本当にあなたって人はデリカシーも遠慮も自制心もありませんね」
「イヤ、アノ、ソノ、私モ我慢シヨウトデスネ……」
「貴方は獣ですか。いえ獣でももう少し分別がありますね。ケダモノです。ツァーレです。いやいっそガーグ・デーラです」
「予想ヨリモ酷イ言ワレ様!?」
「それが貴方の言い分ですか」
「……スイマセンデシタ!」
ヤルマルティア秘伝の謝罪術・ドゲザを身動き一つ取れない妻に行なっている夫の姿があったのだった。
自分から誘った事は覚えてないのはお約束である。
それから甲斐甲斐しくお世話をするファルンに娘達のコメントはと言うと
「デルンの人ってみんなこうなのかしら……不潔」
と白眼視する姉に涙を流し
「ファルン! 弟と妹が三人ぐらい欲しいです!」
と無邪気に笑う妹に撃沈するのであった。