第2話 思わぬ再会
大変遅くなりました。予想より大分苦戦しました。出来れば今月中にもう一話書ければ……いいかなあ(汗)
「夢だったんだわ」
固く温かいものを枕に差し込む光にクロレーヌは呟く。
「ファルンが目を覚ましたなんて夢のような話あるはずなかったのよ」
なんかアクロバットな方法でフリンゼとヤルマルティアのファーダが辺境の銀河から謎の波動を発生させてファルンを目覚めさせる、なんて夢だからこそあり得る子供でもバカにする設定だろう。
ファルンがあの紅い優しい瞳を私に映して、あの力強い腕で抱き締めてくれて、羽根髪をグシャグシャになるまで撫でてくれて、逢いたかったと声をかけてくれて、安心する匂いに包まれて眠る。
なんて残酷な夢なんだろう。目が覚めればそこにあるのは心が何処かに消えてしまった身体と父を模倣するエミュレーションデータだけ。
瞳に娘の姿が映ることはなく、あの頼もしい力で息を詰まらせることもない。文句をいいながら羽根髪を整える事も無ければ、それを悪いと思ってもいない声色で謝られる事も無く、安心する匂いもなく感じるのは病院特有の清潔さしか感じない空虚な臭いだけ。
そんな現実いらない。それならまだ夢の中にいてもいいだろう。いっそそのまま目を覚まさなくても…
「ソレハ困ルネ。夢ニ引キ込マレタラ孫ノ顏モ拝メナイ」
うるさいなあ…夢ならもっとこう生々しい事じゃなくて感動させる事を言いなさいよ。素敵なフリュになったね。とか
「ソンナぼだーるガ東カラ現レル見タイナ当タリ前ナ世ノ摂理ジャ褒メ言葉ニナラナイダロウニ、ソンナコトデイイノカイ?」
……この、歯が平行宇宙に行くようなセリフを平気で吐ける人だった。娘でそのレベルなのだから妻には推して知るべしだ。逆にリアルすぎてイヤだ。
そうだ手だ。優しく撫でて欲しい。グシャグシャになんてしないで優しく触って抱き締めて。怖いものなんて何もないように包み込むように。
すると、髪を梳くように、流れるように羽根髪を撫でられる。ソレは肩までも流れるように。やがて顔ごと。いや、頭どころか上半身すらも温かく硬いものが包み込み押し付けられ、優しい匂いでクロレーヌをつつみこむ。
そう、やればできるじゃない。私の夢も
「次ハ、次ハドウシテホシイ?私ノ可愛イ小サナふりしあ。ドウシタラ目ヲ開ケテクレル?ドウカソノ美シイ瞳ニ私ヲ映シテオクレ。私ハ君ガ必要ナンダ。タノムヨ。夢ノ国カラ帰ッテキテクレ」
意識が浮上し、パチリと目を開ける。クロレーヌの視界には優しい父の笑顔が咲いていた。枕だと思っていた。温かく硬いものは父の膝であった。
「あ、嘘。え…夢じゃ…」
「オハヨウふりしあ。私モ半信半疑ダッタケド、夢ジャナイ。コレガ現実ダヨ」
がばりと起き上がるや、クロレーヌは父にしがみついた。その背中に優しく腕が回され、頭を優しく撫でられる。
「ファルン!ファルン!怖いよ!怖いよ!」
「大丈夫、大丈夫。ふぁるんハココニイルヨ。何処ニモイカナイ」
「そうじゃないの。これが現実だって信じられないの!もっと強く抱き締めて!夢じゃないって分かるように!」
ハーフとはいえダストールの血が強く出たアレクタルがそれをしてしまうとクロレーヌの身体は壊れてしまう。だから、アレクタルは娘を潰さないよう、それでいて力一杯抱き締めていると感じられるギリギリの強さで娘を抱きしめ、肩に顔を埋める。彼自身が、娘の存在を感じ取る為にも。
「……聞こえる。ファルンが生きている音。トクン、トクン……って」
アレクタルの身体の温もりが、鼓動が、息づかいが、全身で生きているとクロレーヌに主張していた。あの運命の日、その全てが喪われた。
一瞬前まで笑っていた父が崩れるように倒れ、もう笑う事も、抱きしめる事も、名前を呼んでくれる事も、手を握って温もりを感じる事さえ出来なくなるというのは当時地球人年齢で八、九歳の少女にトラウマを植え付けるには十分過ぎる恐怖だった。
もう少し幼ければ妹のようにエミュレーションデータを代替と出来ただろう。もう少し年長ならどうにか時間をかけて父の分まで生きようと前を向こうと折り合いをつけられたかもしれない。だが現実には、虚構に逃げるには自我が育ち過ぎており、現実に向き合うには理性が未熟過ぎた。
それでも心が壊れずに済んだのは周りに恵まれていたからだろう。家族に親戚、それに後々の友人や大切な人が支えてくれたからだ。
だけど痛みは我慢できるだけで治った訳ではない。それを治すことが出来るのは…
「傷ヲ付ケタ私自身シカイナイカラナ。ゴメン、ゴメンナ……」
「分かってる。ファルンだって、なりたくて精死病になった訳じゃないから」
「ソレデモオ前達ヲ傷ツケタノハ違ワナイカラ」
「いいの、私達の前からまた消えないでくれればそれでいいから」
「分カッタ。殺サレテモ必ズ戻ッテクルカラ」
「ふふっ。なにそれ、でもありがとう」
そんな風にしていると、突如咳払いが聞こえてきてハッと我に帰る。しまった、ここは家じゃなくて医療センターだった。慌ててファルンから距離を……取れない〜!?ファルンにガッチリと抱き締められてて細腕の私なんかじゃ振り解けるはずもなかった。
他人に親子のスキンシップを見られて恥ずかしいなんて可愛らしい価値観を持たないアレクタルに娘を離すなんて選択肢はなかった。まして、相手が他人でないと言うならなにを言わんやである。
「ナンダイ、ラーシャ?羨シカッタノナラ君モ混ザレバヨカッタノニ」
「ち、違います。お客様もお見えになるのだから身支度しておいてください」
「心配シナクテモ準備ハ出来テルヨ。コノママココニ連レテクレバイイサ」
「娘を抱き締めたままで?」
「何カ問題デモアルノ?」
噛み合っているようで微妙に噛み合わない会話をする二人。からかっているのではなく真顔で言ってるのだからタチが悪い。
「あなたが良くても世間体があるの。いくらあなたが血の繋がった実の父親でも外見年齢差が十歳もないデルンがうら若きフリュに取り憑いていたら行き遅れます」
そういって、ラーシャはペリッとクロレーヌからアレクタルを引き剥がす。不満そうにするダメファルンをよそに彼女はドアを開いて外にいる誰かに声を掛ける。
「待たせたわね。入って来ていいわよ」
入って来た二人の顔を見てハッとするクロレーヌ。一瞬自分の身を見回して慌てるが身繕いに問題はないようでホッとしつつ何故ここにいるのかと目を剥く。
一人は金髪の少年の面影を残した、この国では少し珍しいディスカール人の快活そうな青年。彼らは耳以外がヤルマルティア人にそっくりとの事で話題を集め始めている。
もう一人は濃緑色の思慮深そうな顔つきのダストール人の青年。アレクタルと違いこちらは純粋ダストールの血である。
この二人の素性特に後者に関してはクロレーヌはこれ以上無いほどに知っているが問題は何故ここにいるかである。
「ちょっ……!?なんであなた達がここn「アァ、ヨク来テクレタ!オーベル!ジャムル!会エテ嬉シイヨ」
「え!?」
「ナ!?」
クロレーヌの台詞に乗っかるようにアレクタルが二人の青年ーオーベルとジャムルーの肩を抱き締めた。
二人とも面喰らったような顔をしている。そりゃほぼ初対面の人にいきなりこんな好意的かつ馴れ馴れしく接されたらそうなる。
その様子を見てラーシャはため息をつく。
「いきなりソレはないでしょう、あなた」
しかしアレクタルは悪びれもしない
「別ニイイジャナイカ。婿殿達ヲ出迎エテ何ガ悪イ?」
その言葉にドッカーンと、真っピンクになるクロレーヌ。オーベルとジャムルは種族の違いから真っ赤になって下を向きラーシャはため息をついている。
「……エミュレーションから予測はしてましたが…、普通見ず知らずの初対面の方にそんなこといって間違いだったらどうするんですか」
「ダッテクリーヌガ『姉様とクリーヌちゃんの彼氏連れてくるんで楽しみにして下さいね〜!』ッテイッテタカラナァ、舞イ上ガッテモショウガナイダロウ?」
「あ、あ、あ、あの子は〜〜〜〜〜〜〜っっっっ!!」
心の準備とか乙女心とかなんとかの機微は一切無視の爆走娘が次女クリーヌである。姉を抱き込んで眠っておいて先に起きてアレクタルにあれこれ吹聴したのだろう。
「たっだいま戻りましたよ〜!いやーハイクァーンジェネレーター混んでたんで大変でした〜。考える事は皆おなじですね〜」
その姿の見えないクリーヌも噂をすればニョっと現れた。見れば何やら鉄製の丸い巨大な容器やら底の深い白皿やら見たこともない直方体に近い少し歪みのある機械を持ち込んで来ていた。
「あ、自己紹介すんでるみたいですね〜」
「クリーヌっ!あんたって子は〜」
「早くしないと冷めちゃうのでパパッと改めて紹介しちゃいます。彼がクリーヌちゃんのカレシさんでオーベル・ヘリン・リィスさんです!アスリートってだけでも凄いのに頭もいいんですよ〜」
姉の腕をスルリとすり抜けてディスカール人青年オーベルの腕に絡み付くクリーヌ。
「お、おいよせって…親父さんの前で。あ、すみません。俺…あ、いや。自分はオーベル・ヘリン・リィスと申します。学校が一緒でして、お嬢さんとは五周期程前からお付き合いさせていただいています」
「コレハゴ丁寧ニ。コンナナリダガ私ガ父親ノ、アレクタル・フェデル・ダーハウス、デス。娘ガ大変オ世話ニナッテイマス。末永ク仲良クシテヤッテクダサイ」
「は、はい! それはもちろん!」
オーベルと『普通』に挨拶が終わってしまい、アレクタルは詰まらなさそうな顔をする
「アレ?初対面ノ人ナラ『ダストール人が敬語!?』ッテ反応ヲ見セテクレルノニ」
そう言うとオーベルは気まずそうな顔をして目を逸らしてしまい、クリーヌは「あちゃー」と言う顔をして頭に手を当てる。それを見てアレクタルは優しい笑みを浮かべる。
「……ソノ様子ダト、私ノ置キ土産ハキチント仕事ヲシテクレタヨウダネ」
恐らくは脳エミュレーションデータが似たようなからかいをオーベルに仕掛けたのだろう。アレクタルの反応にホッとしたクリーヌはオーベルに付いたまま今度はもう一人の方を指す
「それとあちらは姉様の大切な人で私にとってもお兄ちゃんみたいな人でジャムル・サモン・エルージャさんです!」
キラーパスを振られたダストール人青年ジャムルは面喰らった表情を浮かべる
「ア!?イヤ……エエト、オ初ニオ目ニカカル。私ハジャムル・サモン・エルージャ、ト申ス。オマ……アナタノムスメ……サンノクロレーヌ……殿トオ付キ合イヲサセテイタダイテイル……マス」
たどたどしい敬語にハラハラとするクロレーヌ。「オマエ」がギリギリ出なかったのにはホッとする。ダストール人異種族カップル名物『キチンと挨拶できるかな?』である。まして半分ダストール人の血が混じってるアレクタル相手ではついその感覚で喋りそうになってしまう。
だがアレクタルは苦笑していた。
「オマエ少シイツモノ感覚デ喋ッテ見ロ。無理ニ敬語使ッテ会話シテイタラ日ガ暮レテシマウゾ?」
ダストール言葉丸出しのアレクタルに一堂は目を丸くする。唯一ラーシャだけは懐かしそうな顔をしていたが。アレクタルが亡き父親と会話していた時はダストール言葉だったのだ。ようは普段職場では東京弁を喋っていても地元に帰ると関西弁や津軽弁や博多弁に戻ってしまう人と同じ理屈だ。某銀河バカもふとした拍子に関西弁になるように。
子供達にはアレクタルが急に無遠慮な言葉遣いになったように聞こえたが、ジャムルには「若輩者にわざわざ気を使ってる年長者」としての態度がハッキリと見て取れていた
「デハ改テ、ジャムル・サモン・エルージャト申ス。オマエノ娘トツキアワセテ貰ッテイル」
「父親ノアレクタルダ。娘ガ大変世話ニナッテイル」
「世話ナドトンデモナイ。私ノ方ガ世話ニナッテイルグライダ」
「仲ガイイヨウデナニヨリダ。クロレーヌトハイツカラダ?」
「付キ合イ始メタノハ十周期程前カラダガ、友人トシテハ二十五周期程ニナルナ」
そんな感じでダストール人同士の会話が続くのをなんとも言えない表情で見守る一堂。しばし会話が続くとアレクタルは長娘に向き直る
「クロレーヌ。ジャムル君ハ実ニ礼儀正シイ若者ダネ?デルンヲ見ル目ガ備ワッテイテふぁるんハトテモ誇リニ思ウヨ」
「えっ!? ええ!!? あれで礼儀正しいの!?」
「クロレーヌ……酷イ」
せっかく恋人の父親に褒めてもらえたのに当の恋人から散々な評価でガックリと肩を落とすジャムルにアレクタルは苦笑いを浮かべる。
「正直私ガ彼ノ立場ナラ、アソコマデ礼ヲワキマエタ挨拶ガデキタカ疑問ト思ウ程度ニハネ」
「クロレーヌ…これがダストール人よ。亡きお義父様…あなたたちのおじい様もこんな感じだったし」
「じゃあマルマは今のが礼儀正しいってわかったの?」
「……ジャムル、これからもクロレーヌをよろしくね」
「私カラモオ願イスルヨ」
「ハ、ハイ! ソレハモチロン!」
「ちょっと!?」
都合の悪いことに目をつぶるマルマと天然なファルンに振り回される娘であった。さらに文句を言い募ろうとするもパンパンと手をたたく妹に遮られてしまう。
「はいはい、そろそろご歓談はその辺にしましょう! お話は食事をしながらでもできると思います! これ以上待ってるとクリーヌちゃんはお腹と背中の皮がくっついて死んじゃいます!!」
「ソレハ困ルネ。セッカク帰ッテコレタノニ娘ニ飢エ死ニサレタラ意味ガナイ。デ、ソノ奇妙ナ大荷物ニ食ベ物ガ入ッテイルノカイ?」
「そうです! 全ティ連人が驚愕した奇跡の食べ物-かれーらいす-ですよ!!」
それを聞いてあきれた目をしたオーベルも、申し訳なさそうな顔をしたジャムルも、きゃんきゃん騒いでいたクロレーヌも、期待を浮かべて鉄製の丸い巨大な容器-寸胴鍋-や、底の深い白皿-カレー皿-や、見たこともない直方体に近い少し歪みのある機械-炊飯器-をみつめる。
アレクタル以外の全員はカレーライスを食べたことはあったが、皿に乗った状態の完成品を見たことはあってもそれらを入れる容器までは見たことがなかった。
「ヤルマルティア人が生み出した叡智の結晶”ずんどうなべ”と”すいはんき”!! これらが”かれえるう”と”ごはん”を生み出し私たちの知る”かれーらいす”になるのです!!」
そう得意げに解説しながらカレーを次々とよそうクリーヌ。聞き捨てならないセリフを聞いたアレクタルはここにきて目覚めて初めてツッコミを敢行する
「ハッ!? チョ、チョット待ッテクリーヌ。……今ナンテ言ッタ?」
「え? ずんどうなべとすいはんきからかれーらいすが生まれると……」
「ソノ前!!」
「ヤルマルティア人が生み出した……」
「ヤ、ヤ、ヤ……ヤルマルティアダッテーーーーーー!!!!!????」
ここにきて妻子を振り回していたファルンがようやくぶっ飛ぶ。彼の最後の情報ではあくまで有力な学説の一つであってアレクタルの認識では『いずれは解明されるだろうが少なくとも自分が生きている間には解明されない世界七不思議のひとつ』というものであった。いやティ連世界に七不思議があるのかはわからないが……
倒れる前の仕事は学者であるが、何を専攻しているのかというと日本語に直すのなら『並行人類学』……まあ行ってみれば歴史の『たられば』が実現していたらどういった歴史をたどったかという『架空戦記』を本気で研究するという地球人の認識でいえば『誇大妄想の考古学者』とでもいえばいいのだろうか。地球人の歴史学者の認識でいえば歴史の『if』を追求するのはタブー。不毛で意味のないことだ。
だがティエルクマスカ世界の感覚では違う。並行世界というものが現実にあるという事を知っているしそもそもトーラル文明によって異常発達してしまった歪な歴史を持っており、その歪を是正するためにも『失われた歴史』を追求するのは非常に重要なことなのだ。
そんな彼らにとって明らかに発達過程文明であるヤルマルティア世界は重要な研究項目であり、それを隠蔽した”現状維持派”はアレクタル達としては呪いの対象である。それが現実となって現れたとは桃源郷への扉が開いたも同然である。
「ゴ飯ナンカ食ベテル場合ジャナイ!今スグ時事情報でーたばんくニアクセス……イヤムシロ学院ノ仲間達ニ連絡ヲ……」
「待ちなさい、あなた。ご飯も食べずに行動してもロクな事になりませんよ」
「そうよ。だいたい学院も今頃精死病の事でてんやわんやだからファルン一人に関わってられないわよ」
「そう言う事です!まずは腹ごしらえをしてからにしましょう!お話はご飯を食べながらでも大丈夫です!」
「ヤルマルティアガ私ヲ待ッテイルノニ悠長ニ食ベテナンカ、イラ……レ……?」
ジタバタ騒いでいたアレクタルの元へクリーヌがカレーをよそって差し出すと、急に語尾が小さくなり皿に目が釘付けになった。
「コ、コノ香リハ!?」
「まあ先ずは食べて見ましょう!私もこの匂い嗅いでいたらもう我慢出来ません!」
「ア、ウン……」
娘のテンションに多少引きつつ恐る恐る一口掬って口に含む。
「…………。」
「あ、あのファルン?」
口に含んだ瞬間スプーンを加えたまま軽く三十秒ほど固まってしまった。アレクタルに思わず不安そうになるクリーヌ。もしや変なものでも入っていたかと自分のを口にするも以前食べた時と同じ神秘の味そのものである。
「あんたまた変なイタズラファルンのカレーに仕掛けたんじゃないでしょうね!?」
「失礼な! まだ何もしてないですよ! ましてカレーなんかに!!」
「……カレー以外にはするつもりだったんだな」
「そ、そんな……。デザートの”めろんしゃーべっと”に、一つだけ”あおじるしゃーべっと”を混ぜる完璧な計画がバレていたなんて……」
「語ルニ落チタナ。責任持ッテソノアオジルナントカトイウノハオマエガ食エヨ」
「苦いのはイヤです!」
そんな言い合いはカランと言う音でストップする。見るとアレクタルの皿が空になっており、それでも掬おうとして目を丸くしている姿があった
「……ハ!? モウ食べ終ワッテシマッタゾ!? ナンダコレハ!?」
「ヤルマルティアの奇跡の食品“カレーライス”です☆フリンゼが送ってきたデータから爆発的に広まってます! 美味しすぎて中毒になる人続出だそうです」
「イヤイヤイヤ旨スギルニモ限度ガアルッテ!? 意識ガ飛ンデシマッタヨ!」
「だから五分期に一度しか食べない方がいいって話もあるそうです」
「ゴ、五分期……ソウカ、五分期モウコレヲ食ベラレナインダ……」
明らかに落ち込んでしまったアレクタル。そんな貴重な食べ物だったらもっと味わって食べるべきだったと。
「ああそんな心配しなくても大丈夫ですよ! お代わりは自由だそうですので!」
「ソ、ソッカ! ソレハ良カッタ!」
捨てられた子ドゥランテ人……もとい子犬のような雰囲気になっていたアレクタルはパッと顔を明るくさせた。カレーは偉大である再びよそってもらって今度はしっかりと咀嚼して味わう。匂いが鼻を抜け、飲み込んでも心地よい辛さが残る。
「ソレニシテモ私ガ目ヲ覚マスナンテ一体何ガアッタンダイ?気ガ付イタラ私ハ何モ知ラナイ所デぱにっくニナッテ取リ押サエラレテ、自分ガ精死病患者〝ダッタ”事ヲ知ラサレタケド詳シイ説明ハ『調査中』デ教エテクレナカッタンダ。ヤルマルティアトカフリンゼトカ断片的ナ情報バカリデ良クワカッテナインダヨ」
人心地ついて話題はアレクタルの目覚め……いや、前代未聞の精死病患者大量覚醒事件である。時事情報データバンクによれば先ほど目覚めた患者が五十万人を突破したという。だが目覚めたのはイゼイラの一部自治体に収容されていた患者に限定され、最終的に数倍から数十倍に達するとはいえ五億人という数字から見れば微々たる数字に過ぎずいかにそれが〝幸運”であったか。
「……私たちもそこまで詳しく知ってるというわけじゃないの。ファルンが倒れた後もいろいろ問題が多くて、今から二周期ほど前にフリンゼ・フェルフェリアを始めとして都市型探査艦ヤルバーンによるヤルマルティア計画が発動したの」
増える精死病患者。低下する出生率。その他歪な歴史が生み出した数々の矛盾……下手をすればクロレーヌやクリーヌの孫かひ孫の世代でティ連文明が崩壊する。そこまで追い込まれてしまった。
イゼイラを中心としたティ連が総力を挙げて優秀な人員を数万人も詰め込んではるかかなたの銀河へ送り込まれた
「実をいうと私もヤルバーンスタッフ応募したんですよ」
「ソウナノカ!ア、デモココニ居ルッテ事ハ……」
「補欠合格で落ちちゃったんですよ。言わせないでください恥ずかしい」
……いや補欠でも相当優秀だったのだが
「……それに、オーベルさん残して周期単位で単身赴任なんて寂しくて耐えられるか分かりませんでしたし」
「うぉい!?サラッとそんなこと言うな!!そっちのが恥ずかしいだろ!」
「あれ?寂しいの私だけですか?」
「そんな訳ないだろ!?ってあ……」
「ゴチソウサマ。仲睦マジイヨウデふぁるんハ嬉シイヨ」
出汁にされたオーベルは目がへの字になるアレクタルの視線に耐えられずプシューと目線を下に下げるのをよそに話は続く。
見つけ出した青き星ハルマ。美しくパーミラ程ではないが海が多い星であったという。小型有人宇宙船にそれらしいバイタルデータを持つデルンを確認したはいいが、通信手段が見つからずハルマもヤルバーンも混乱の極致にあったという。そこに突如彗星のごとく出現したヤルマルティア人。苦悩するフリンゼの前に颯爽と現れニホンもヤルバーンと交渉したいと優しくアドバイスをしてくれ、さらに政府を巻き込んで盛大な歓迎行事〝アマト作戦”をぶち上げてトドメに通信手段まで教えてくれた。
そしてそのデルンはファーダ・大使となってイゼイラに来る途中ハムールの船を救い、いざ帰るときに精死病患者治療実験『カグヤの帰還作戦』を主導したという。
そして結果アレクタルがここにいる……。
……ちなみにこれは別に公式発表ではなく時事情報データバンクから得られた情報からアレクタルの家族が受けた印象をまとめてアレクタルに伝えたものである。が、一般イゼイラ人からしてみれば大体こんな印象を受けるというわけで。某銀河級突撃バカがこの論評を聞いたら頭を抱えてカンベンシテクダサイというだろう。
話を聞き終えたアレクタルは遠い目をして遥かなる星からの訪問者に思いをはせる
「……アマリコウイウ言イ方ハ好キジャナイケレド、ナヨクァラグヤノ描イタ夢ヲソノ子孫ガ完成サセタンダネ」
そして今目の前に広がる光景。妻がいて、娘たちがいて、娘婿(予定)がいて、そして自分がいる。幸せな光景。いずれはここに孫も現れるのかもしれない。それはとても幸せな光景。だが…
(ヤット会エタ、ヤット……。ダケド足リナイ。足リナインダヨ……クヌート……)
ポツリと呟いた少年の名前は音にもならずに宙に消えた