八話 バッツ&ミリー
予定通りとはいえ、一瞬にして制圧してしまったことに驚きながら、飛鳥は悠々と歩いていく。
ステータス異常としての『睡眠』は相手の行動を止めるのがメインであり、ダメージを1でも受ければ解除されてしまう。
相手が単体ならまだしも、複数いる場合は抵抗した一人に起こされてしまうこともしばしばである。
だが、逆に言えば、ダメージを受けない限りまず解除されることはないのだ。
今回の場合など好例で、レベル差もあって完全に無力化に成功している。
――まずは、人間の方を起こすべきかな。
飛鳥はそう考えると、藍色の髪をした女性へと駆け寄った。
横たわっているため断言はできないが、随分と大人びた風貌であり、恐らくは二十代後半よりは上だろう。
チャームポイントはほっぺたに散りばめられたそばかすか。
「……起きてください」
「ん……。私、どうしてこんなところで……って、なにこれっ!」
軽く揺すると彼女はすぐに目を覚ました。
そして周囲の惨状を目の当たりにして叫ぶ。
「僕……いえ、私が魔法でやりました。あのままでは危険かと判断したので」
「あ、あなたが……? 本当に?」
飛鳥には、女性が不信を抱いているのがありありとわかった。
何せ、山のようにいたゴブリン全てが眠りこけてしまっているのだ。
ほんの少し前まで命のやり取りをしていたとは思えない長閑な光景であり、目の当たりにしても信じられないのも無理はない。
「ええ。……少しばかり、心得があるんです」
なので、飛鳥は魔力で指先に明かりを灯して見せることで証明とした。
自身の職業まで告白する必要はないだろう。
一々、説明するのも面倒という考え。
「えーっと、ありがとう。実際、あのままじゃじり貧でやられてたと思うわ」
半信半疑ではあるが納得したようで礼を言う女性。
続けて飛鳥は、もう一人の冒険者である若草色の髪をした壮年男性を起こしに向かう。
年齢は女性より少し上で三十路過ぎぐらい。
彼の方が眠りが深いようで、かなり強めに揺さぶっているというのに中々目を覚ます気配がない。
すると、見かねたのか女性が近寄ってきて容赦なく左頬をひっぱたく。
「……っいってぇ!」
「……すみません」
ぱーん! と景気のいい音が響き渡り、思わず飛鳥は謝ってしまう。
男性の左頬には十字の傷があった。
この戦いでついたものではなく、古傷なのだろう。
完全に塞がっているとはいえ、思いっきり叩かれればやはり……痛い。
「……え」
さて、男性冒険者なのだが、飛鳥の顔を見た途端に一時停止。
飛鳥が怪訝に感じていると、女性の方が説明してくれた。
「あの?」
「……バッツのやつ、見惚れてるのよ。あなたみたいに上品で可愛らしい人、初めて見たから」
「いやあ、起きた途端、目の前に別嬪さんがいて、天国にでも来たのかと思ったぜ」
「えっと……それは……」
バッツと呼ばれた青年が、後頭部を掻きながら軽口と飛ばす。
褒められたのは間違いない。
だが、飛鳥はどう答えればよいのか判断に困ってしまう。
確かに、この身体は紛れもなく美少女であり、鏡を見た以上自惚れではないと自覚している。
しかし、中身は飛鳥なのだ。
男子である以上、「可愛らしい」なんて言われる年はとっくの昔に卒業してしまっていて、どうにも免疫がない。
言われるとしたら、クラスの女子にからかわれるときだけか。
頬を染めて恥じ入ってしまうのは無理もないことだろう。
「私も同じ。……これだけ差があると、嫉妬しようって気持ちにもならないわ。あ、私の名前はミリーね」
「あ、ありがとうございます?」
この点に関しては相手が男性でも女性でも変わらない。
いや、同性であることを鑑みれば、男性に言われた方がぞわぞわしたものを感じるか。
「……それで、あなたは?」
複雑な感情を抱いていると、ミリーが問うた。
「ぼ……私は――」
一瞬の逡巡。
肉体と精神、どちらで名乗るべきなのか迷ったからだ。
とはいえ、飛鳥の口調ですでに話しかけてしまっている。
敬語ではあるが、自然体の話し方。
それでも怪訝には思われたくなくて、一応一人称は「私」としておいた。
「――飛鳥といいます」
なので、飛鳥は本名を告げることにした。
「アスカ? このあたりじゃ珍しい名前ね」
正直、『イナンナ』と呼ばれてもとっさに反応できる自信はなかった。
であれば、耳慣れた呼び名に越したことはない。
それに、念には念を入れる意味もある。
何故、バッツとミリーがこんな僻地にいるのか、飛鳥には理由がわからないのだ。
もし、彼らが邪教団について調べまわっている冒険者の場合、『イナンナ』の名を知っていることも考えられる。
中身が別人である証明など出来るはずもなく、アスタロトの巫女であるイナンナ――要するに飛鳥である――へと攻撃を加えてくるだろう。
レベル差から飛鳥があっさりと返り討ちにするのは間違いないが、少し前まで朗らかに話していた相手に剣を向けられるなんて、ぞっとしない。
――そもそも、この状況で和気藹々としている場合じゃない気がするけど。
「さあ、それよりもゴブリンにとどめを刺しましょう。もし目覚められたら厄介です」
「そうね。ほら、バッツもポケーっとしてないで」
「してねえよ、ミリー。俺はお前一筋だって」
そうして、飛鳥が促すと、全員散り散りになって魔物へと向かって行くのだった。
――でも、バッツにミリー。どこかで聞き覚えあるんだけどな。
飛鳥の心中に、ちょっとしたしこりを残して。
◆
所詮ゴブリンは低位の魔物。
知能の低さから魔法にも弱く、元はといえば二人の冒険者を巻き込まないようにしていただけなので範囲魔法で一掃してしまえばいい。
だが、あまりに派手なものは使えない。
大きな音が出るのは馬車馬が嫌うし、追手がいれば自身の居場所を知らせるようなものである。
もし、飛鳥がゲームマスターの立場だとしたら、確実にペナルティを与えるシチュエーションだ。
ゴブリンだけでなく、この近辺には様々な魔物が生息しているのだから。
とはいえ、完全に無防備なこの状況である。
最弱クラスの魔法でもゴブリンの命を奪うには十分だった。
放置するのも一つの手ではあったが、真夜中では荷馬車はスピードを出せない以上、距離を取るのも難しい。
再び、襲われたら――危険性はまずないとはいえ――面倒この上ない。
後顧の憂いを断つに越したことはないだろう。
そのため、飛鳥たちは三人で分担してゴブリンを片づけて行く。
飛鳥は低位の範囲魔法。
残り二人は得物の剣。
大部分を始末するのは、自然と飛鳥の役目となっていた。
程なくして、ミリーが声をかけてくる。
「アスカ、そっちは終わった?」
「はい、ミリーさん。これで最後だと思います」
「そっか。じゃあ、行きましょうか」
飛鳥は軽く答えると、促されるまま馬車の方へと向かう。
彼女たちが言うには、群れの生き残りがいる可能性も加味し、報復を警戒して場所を移すらしい。
ならばこれ幸いと、飛鳥も同乗させてもらうことにした。
――僕は今、魔物を殺したんだよね?
夜風にあたりながら飛鳥は考える。
たった今も、死肉が焼き焦げる匂いが漂ってきている。
だというのに、彼女は吐き気を催したりはしなかった。
――ゲーム感覚ってわけではないと思うんだけど。
現実感がない――というわけでもない。
近いのは、蚊や蠅を殺したような感覚か。
しかし、言ってしまえばゴブリンは子供に近い体格であり虫なんかとはまるで違う。
一切の忌避感を抱かないというのは――。
魔法で片づけた影響であり、実際に剣を突き立てればまた違うのだろうか?
包丁などで人を突き刺すのと、銃で撃ち殺すのでは受ける精神的な影響が異なると聞いたことがある。
今回の場合、どちらかといえば後者に近い。
微かな疑問を覚えつつも、飛鳥は荷台へと乗り込み、外枠にもたれかかると姿勢を楽にした。