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四話 邪教の神殿 アスタロトII

 次に飛鳥が目覚めたのはベッドの上だった。 


 ――ここは……?


 全身を包み込むのはマシュマロのようにもっちりとした掛け布団。

 絹で出来たシーツの肌触りは滑らかで、まるで素肌を優しく撫でられているよう。


 一方、マットレスはどこまでも体重を柔らかく受け止め、気を抜けば沈んで行ってしまいそうな錯覚すら感じてしまう。


 お世辞にも裕福な暮らしを送って来たとは言えない飛鳥は、十五年間生きてきてここまで上質な寝具に触れるのは初めてだった。

 あまりの心地良さに、思考を手放して二度寝してしまいそうになり――


 ――この布団は人を駄目にするタイプだ。

 

 そう自分に言い聞かせ、飛鳥はがばりと起き上がることで眠気を振り払う。


「ええっと――?」


 ――なんでここにいるんだっけ。


 飛鳥はそう続けようとしたのだが、言葉にならなかった。

 自身の口から漏れ出たのは少女(・・)()()


 その違和感は凄まじく、おかげで飛鳥の思考が鮮明になる。


 ――そうだ。僕は昨日、【跳躍(ワープ)】の呪文を唱えて……。


 ようやく飛鳥は思い出す。


 彼女(・・)は、イナンナという少女に憑依してしまったのだ。


 これは由々しき事態である。


 元の世界に戻る条件は、邪神の復活する可能性の根絶と復活した邪神の討伐。

 ならば、すでに邪神の魂を宿している自分の存在は……?


 女神は、飛鳥たちが自分の力の及ばない『ルフェリア』で死んだ場合、二度と生き返れないと口にした。

 つまり、彼らを元の世界に戻すことは自分の命と引き換えになるわけで。


 これが飛鳥の願いを受けた女神の計らいだとしたら、あまりにも残酷すぎる。

 打ちのめされた飛鳥は――それが何の解決にもならないと理解しつつも――逃げ出してしまった。


 そして、転移に成功した途端、力が抜けていき――。

 ……そこから先は記憶が曖昧だ。


 なので、飛鳥はここがどこなのかすらわからない。

 イナンナというキャラクターを設定したのは飛鳥だが、ゲームとして規定しておいた行動以外は全く心当たりがないからだ。


 飛鳥がゲームマスターとして操作していたのは、あくまで表層の行動のみ。

 極端な話、登場人物が朝食に何を好んでいるかなど考えたこともなく、それ故に知る由もない。


 なら、周囲の状況から類推するしかないだろう。

 飛鳥はそう考え、辺りを見渡した。


 まず視界に入ったのはシルクの天蓋である。

 うっすらと向こう側が透けていて、シーツ同様に高品質なのは間違いない。

 とはいえ、遮りとしての役割は十二分に果たしていて、飛鳥のいる内側は薄暗い。

 どうやら、燭台による暖かな明かりがこの部屋唯一の光源のようだった。


 次にベッド。

 暗がりではあるが、確認できるサイズは大人が三人横になって余裕があるほど。

 さながら、テレビなどで拝見できる王族の寝室を思わせ、どう見ても冒険者の泊まる宿という雰囲気ではない。


 ――貴族の館……とか?


 確定するには情報が足りなさすぎる。

 何はともあれ、この部屋を出て情報を得る必要があるだろう。


 飛鳥がそう考え、ベッドから立ち上がったタイミング。


「――お嬢様、お目覚めでしょうか?」


 扉が開く音がして、何者かが囁くように呼びかけてきた。


「う、うわっ」


 不意を突かれたこともあり、飛鳥は小さく身じろぎ。

 だが、すぐに振り向くと、警戒を厳にして相手の正体を窺った。


 ヴェールの向こうの()は身長120センチほど。

 小柄な体格であり、どうやら年下のようだ。

 声色からして、少年ではなく少女に違いない。


 ――なら、心配ないかな。


 飛鳥は状況を分析し、落ち着きを取り戻す。


 それに、少女は飛鳥のことを「お嬢様」と呼んだ。

 敬意を含んだ呼び名を使う以上、敵対者とは考えにくい。


「……うん。今起きたばかりだけど」


 とりあえず、事情を説明してもらおう。

 飛鳥は目下の結論を下し、少女へと返事をすることにした。


「ご加減は……」

「なんともないよ」

「では、お部屋を明るく致しますね」

「……うん、お願い」


 恐らく一種の魔法なのだろう。

 むにゃむにゃと少女が何かを唱えると、部屋中がパッと明るくなった。


 ようやく一安心。

 そんな思いを込め、飛鳥は視界を下に落とす。


「ひぇっ」


 だが、その途端に変な声を上げてしまう。

 自身の寝乱れた寝巻が原因だ。


 パジャマに似た形状の衣服なのだが、胸元のボタンは開けっぴろげ。

 下着をつけていないこともあり、真っ白な肌――そして、年の割に大きな胸元も――が丸見えになっている。


 無論、飛鳥も現代社会に生きる男子高校生だった以上、もっと過激な画像など何度も見たことがある。


 しかし、実物(・・)が目の前にあるのとは大きく反応が異なるわけで。

 珍妙な悲鳴を上げてしまうのも仕方のないことなのだ。


「ど、どうかなさいましたか!? 失礼いたしますっ!」


 とはいえ、そんな事情を知らない周囲にとっては別問題。


 ヴェールを開けて押し入ってきたのは、水色の髪をした少女である。

 くりくりとした大きな瞳は動揺に揺れており、申し訳程度のお辞儀をした後、駆け寄ってくる。


「えーっと、これは……! 僕がやったわけじゃなくてたまたま……」


 血相を変えた少女の表情。


 男として恥ずべきことをしでかしたように思えて、ついつい飛鳥は釈明をしてしまう。

 だが、羞恥に頬を染め、シーツを胸元に手繰り寄せるその姿は、何処からどう見ても儚げに怯える美少女でしかなかった。


「申し訳ございません、お嬢様! 寝苦しいかと考え、胸元を緩めさせていただいたのですが……粗相がございましたでしょうか!?」


 そんな飛鳥に対し、少女は深々と頭を下げての平謝り。

 ちらりと見えたその表情は、不憫になるほど申し訳なさに歪んでいた。


「……これは、君が?」

「は、はい」


 不思議なことに、相手がパニックに陥っているほど回りは冷静になる。

 さしもの飛鳥も、少女の哀れな姿に落ち着きを取り戻した。


「え……あ、いや……大丈夫だから。ちょっと驚いただけで……」

「本当でございますか……?」

「うん……寝ぼけてたのかな、あはは」

「では、特にお体が痛みというわけでも?」

「なんともないよ?」


 倦怠感はまだ残っているものの、寝すぎが原因だろう。

 そう考えて飛鳥が答えれば、少女はほっと薄い胸をなで下ろす。

 よく見れば、彼女の服装は所謂メイド服のような意匠である。


 今、飛鳥のいる場所の使用人のような立場なのかもしれない。


「そうでしたか……五日前、突然お戻りになられたお嬢様はいたく憔悴されたご様子でしたから……」

「五日前? 昨日じゃなくて?」

「ええ、魔力を使い切っておられたので」


 ――ああ、戦闘不能になったのか。


 『メイク・ワールド』において、戦闘不能に陥る要因は二つ。

 HPとMP、そのどちらかが0になることだ。


 ただし、同じ戦闘不能とはいえペナルティは大きく異なる。

 HPが0になった場合その状況で攻撃を受ければ死ぬのだが、MPが0になっても死にはしない。

 その代り、五日間の昏睡状態に陥るのである。


 ただでさえ【跳躍(ワープ)】の呪文の消費量は激しいというのに、消費を倍増させる『呪文詠唱高速化』のスキルまで併用してしまった。

 結果、魔力を使い果たして意識を失ったのだろう。


「……まさか、冒険者たちが狼藉を? だとしたら生かしてはおけません」

「……ううん。僕の問題だから気にしなくていいよ。あ、もしかして戻った僕を抱きとめてくれたのは?」

「はい。私でございます。お嬢様の寝室へとお連れいたしました」

「ありがとう」


 少女の言葉に対し、飛鳥ははにかみ(・・・・)ながら礼を言う。


「勿体なきお言葉でございます……!」


 すると、少女がパッと華やいだ笑みを向けてきた。

 唖然としてしまうほど無防備なその笑顔。


 単なる上下関係を越えているように感じて、飛鳥は首を傾げた。


「……えっと、君の名前なんだったかな。寝起きだから頭が上手く働かなくて」

「ああ、お嬢様はまだ夢心地でいられるのですね。だから先ほどから男の子のような口調で……。シアでございますよ」


 得心した様子で微笑むシア。

 飛鳥はその名前を記憶の中から掘り出してみた。


 ――シア? 誰だったかな……。そんな名前のNPC作ったような……。


 そして、思い至る。


「あ!」


 シア。

 邪神を崇める教団の幹部の一人であり、イナンナの侍従兼護衛の少女である。

 一見は穏やかな気質の彼女だが、その本性は人の命を奪うことも厭わない高位の暗殺者(アサシン)


 中ボスとして登場させる予定のキャラクターで、それ故に見た目など考えてすらいなかった。

 一切、ピンとこなかったのは、なんとなく抱いていたイメージとは似ても似つかなかったからだ。


 ――もしかして、ここは……!


 彼女がいるということは、イナンナが【跳躍(ワープ)】の転移先に指定していたのはアスタロトを祭る神殿ということになる。


 ……要するに、飛鳥は親友たちから距離を取りたい一心で邪教の中枢――ひいては、ラストダンジョン予定地にやってきてしまったのだった。

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