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三話 逃走中 史上最強の冒険者たちからにげきれ!

 まだ日の高い昼下がり。


 本来なら、この時間帯は早々に仕事(クエスト)を終えた冒険者たちが和やかに歓談しているはずである。

 だというのに、酒場の中は静まり返っていた。

 

 原因は、三人の少年少女たちだ。

 つい先ほどまで依頼について真剣に話し合っていたはずの彼らだが、瞬時に表情が一変しパニックに陥っている。


 ただの冒険者であれば何の問題もない。

 何か馬鹿なミスでもやらかしたのだと、酒の肴にされるだけだろう。


 しかし、彼らであれば別問題。


 彼らの名は『ヴェルダー』。

 街一番――いや、国一番の冒険者パーティなのだ。

 それ故に異変が及ぼす影響は絶大で、全員が固唾を飲み、彼らの一挙一動に視線を向けているのであった。





「……どうなったっていうんだ?」


 注目されているとはつゆ知らず、真一は頭を押さえながらぼやいた。

 酷く体が怠い。

 まるで、悪夢から覚めたばかりのようだ。

 手元にあった槍を杖代わりにすることで何とか立っていられるという有様である。


 もしかしたら、着慣れない重鎧であることも影響しているのかもしれない。

 豪華な装飾を施されたそれは、傍から見ている分には良いのだが、身に纏うには重すぎる。


「こ、これ、まさか『幸せの青い小鳥』亭!? だとしたら、あの神様が言っていた通り、本当に『ルフェリア』に来ちゃってるよー!?」


 続けて、皮鎧に矢筒を装備した少女が大声を上げた。

 恐らくは美紀だろう。

 彼女のキャラクターシートに描かれていたイラストそっくりであり、流麗な金髪が波打っている。


 少女の声に含まれているのは悲哀ではなく、どちらかといえば興奮。

 不安より、現状に対する興味が打ち勝っているようだった。


「はぁ……これだから美紀は」


 そんな少女を見て、修道僧風の男は呆れを込めたため息。

 そして、海のように青い前髪をかきあげ――首を傾げた。


「……ちょっと待ってください。あの神様の説明通りだとしたら、聖騎士(パラディン)が真一、弓聖(サジタリー)が美紀でしょう? 僕は健斗です。最後の一人……飛鳥はどこに行ったんです?」


 健斗の言葉に、二人はハッとなる。

 彼らも飛鳥同様に説明を聞き及んでいた。


 確か、全員はプレイヤーキャラクターに憑依した状態だと女神は言っていたはずだ。

 だとしたら、ゲームマスターだった飛鳥は……?

 もしかしたら、元々の姿のまま来てしまったのか?


 真一はそう考え、慌てて辺りを窺うのだが、それらしき人影は見受けられなかった。


「あ、あの……」


 すると、真一の衣服の裾が引っ張られた。

 そこにいたのは、深紅の長髪の少女である。

 金色の瞳には困惑が浮かんでいた。


 真一は、容姿の特徴からして依頼人の少女なのだと察した。


 状況からして、自分たちが転移したのはTPRGでプレイしていた場面なのだ。

 突然奇行に走り出した冒険者に驚いているのだろう。


「話しの途中に悪い。でも俺たちは連れを探さなきゃならなくて……」

「えっと、真一……だよね?」

「え?」


 断りを入れようとして――遮られた。


「それに、美紀ちゃんに健斗くん……あってるよね?」


 そのまま、恐る恐るといった様子で言葉を紡いでいく。


「状況がつかめないのですが……」

「ま、まさか。飛鳥君なの?」

「……鏡、見せてもらってもいいかな」


 最後に、少女は感情を押し殺した声でそれだけ漏らした。





 飛鳥は、別人の姿となった友人のやりとりを見ていた時点で嫌な予感がしていた。

 何故なら、友人たちは明らかに彼がいないものとして扱っていたからだ。


 飛鳥はゲームマスターであり憑依するべきプレイヤーキャラクターを所持していない。

 危惧していた通り、自分が誰なのかもわからない状態だ。


 だが、その場に見知らぬ少年がいれば、消去法で飛鳥なのだと理解できるはず。


 導き出される答えは、今の自分がパッと見で飛鳥だと除外される容姿をしていること。

 つまり、自分が乗り移ったのは――少女。


 半ば確信に至ったのは真一に声をかけたときか。


 その瞬間、明らかな違和感を覚えた。

 飛鳥の口をついて出たのは、涼しげなソプラノボイス。


 元より男子高校生としては高い声域の飛鳥だが、流石に女性と聞き間違えるほどではない。

 つい、おどおどと喋る羽目になってしまったのも、信じがたい結論に達してしまったからだ。


「飛鳥君、鏡探すからちょっと待っててー!」


 美紀はそれだけ言って、腰につけた小物入れをがさごそと探し始めた。

 どうやら鏡はその中にあるらしい。


 待っている間、飛鳥は視線を下に落とし、自身の胸元に鎮座している随分豊かな双丘へと手をやった。

 むにゅり。


 健全な男子高校生であれば、夢にまで見たような感触。

 しかし、飛鳥が胸に触れたのはそれを求めてではない。


 視覚が間違っているのではないかという、一種の縋るような気持ちである。

 だが、感触も肯定を示し、間違いなく今の飛鳥は少女なのだと伝えてきている。


「……本当に飛鳥なのか?」


 ふくよかな丸みに指先が沈み込み、むにゅむにゅと何度も揉む。

 変幻自在なその光景を前に、真一が頬を赤らめながら問うた。


「あ……。うん、僕が飛鳥だよ」


 流石に飛鳥も恥ずかしくなって触診(・・)を止める。


「……僕たちの名前を知っているということが何よりの証拠でしょう」


 健斗がくいと眼鏡を上げる仕草をして――今の自分は着用していないのだと気づいた様子だった。

 誤魔化すようにこほんと小さな咳払い。


 間の抜けた動作に、悪いと思いつつも飛鳥はついくすりと笑う。


「四人全員そろって転移出来たのは幸運ですね。バラバラに飛ばされることも危惧していましたから。となれば、やることは一つでしょう。……邪神の復活とやらを阻止し、女神に約束を叶えてもらう。それだけです」

「そうだな。元々のクエスト通り、邪教団とやらをぶっ潰せばいいだけだろ? 元の世界に帰れれば、飛鳥も男に戻れるはずだし」

「……うん」


 友人たちは、巻き込まれたというのに飛鳥のことを好意的に受け止めてくれている。

 条件さえ何とか満たせば生き返れるというのが大きいのだろう。

 おかげで少しだけ気が楽になった。


「お待たせー。これ、使って!」


 どうやら、話しているうちに美紀が鏡を探し終えたようだ。

 ありがたく受け取ると、手鏡を自分の方に向け――


「え……」


 飛鳥の表情が凍りついた。


 映し出されたのは、燃える炎のような紅蓮の長髪が特徴的な少女である。

 外見から察するに、年齢は大よそ十五、六ほど。


 切れ長で勝気さを訴えてくる金の瞳。

 流麗で整った目鼻立ち。

 素肌は新雪のように真っ白で染み一つなく、恐らく彼女がにこりと微笑むだけで周囲の異性の目は――ともすれば、同性さえも――釘付けになってしまうに違いない。


 だが、今の彼女(・・)――つまりは飛鳥の顔に浮かんでいるのは、驚愕と恐怖。

 その二つの感情のみだった。


「嘘……」


 飛鳥の口から呆然としたつぶやきが漏れる。

 取り落とされた手鏡が、木でできた床に激突し罅割れた。


「……飛鳥?」


 ただ事でない様子に、全員の視線が飛鳥に向いた。

 そこにいたのは、虚ろな目をしたまま、拳を胸に当てている少女。


 そして――


「ごめんっ!」


 飛鳥は、脱兎のごとく逃げ出した。


「「「は?」」」


 ぽかーんと大口を開ける友人たち。

 だが、飛鳥は振り返らずに駆けていく。


「あ、飛鳥、どうしたんだ!?」


 引き留める真一の声がやけに耳に残っていた。

 だが、飛鳥はそれに構っている暇はない。


 そうして、酒場の扉を抜けたところで叫ぶ。


「【跳躍(ワープ)】!」


 発動したのは、古に失われたという古代呪文だ。

 常人であれば魔力の殆どを一瞬で使い果たす大魔法である。


 効力は、その名のとおり、事前に指定された拠点への瞬間移動。

 TRPGのセッション中に指定した記憶はないので、一体どこに飛ぶのかもわからない。


 だとしても発動するしかなかった。


 それほどまでに、今の彼女は切羽詰まっている。


 何故なら――飛鳥の憑依した少女の名はイナンナ。

 物語の開幕を告げるために登場した依頼人の少女である。


 しかし、それはあくまで仮の姿。


 飛鳥自身が作ってしまった設定だからこそわかる。


 イナンナとは邪神アスタロトを崇める教団の巫女であり――そして、アスタロト本人でもある。


 不完全な儀式の結果、魂だけを巫女に宿した邪悪なる一柱。


 カンスト間際の友人たちに相応しい強敵として用意した、今回の連続シナリオのラスボスなのだった。

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