二話 逆転神判 ~蘇る算段~
「……ほぅ?」
飛鳥の言葉を聞いた途端、女神の雰囲気ががらりと変化した。
柔らかだったはずの光は失われ、代わりに鋭い威圧だけが送られてくる。
射竦めるような波動を受け、飛鳥は今にも仰け反ってしまいそう。
だが、気合で堪え、負けじと視線を返す。
『……なら、僕は向こうの世界で邪神を復活させます』
破れかぶれのようにも思える飛鳥の台詞だが、彼は女神が無碍にできないという確信を持って先の言葉を口にした。
要するに、脅迫である。
根拠は二つ。
一つ目は、わざわざ飛鳥をこの空間に呼び寄せ転生させると言い出したことだ。
彼女は転生について説明する直前に『責任』という単語を使った。
救えなかったが故の謝罪ではなく、あくまで強制。
だが、そんな物々しい前ふりに反し、女神からの指定は全くといっていいほどなかった。
下されたのは『転生して何をしてもいい』というあまりにも緩い指定である。
それはつまり、飛鳥を転生させること自体が目的なのだと推測できる。
もう一つは、『邪神の復活にだけは加担するな』と釘を刺したこと。
これは脅迫の文言にも繋がっていて、ご丁寧に言及してきた以上、女神にとって最も避けたい事態に違いない。
恐らくは、魔道書の『メイク・ワールド』相手とは異なり、彼女は異世界の邪神に対抗する術を持たないのだ。
もし、簡単に排除できるのであれば、自分で動いて解決してしまえばよいのだから。
実のところ、飛鳥はずっとこの二点が気にかかっていて、まるで喉に小骨が引っかかったかのような心持だった。
もっとも、だからこそ一転攻勢に出られたのだが。
――読み違えがあれば、自分の立場が悪くなるだけだけど……。
飛鳥は、厳しい顔つきをした女神からじっと目を離さない。
目を反らせば、負けだ。
飛鳥は胆力に自身があるわけではないのだが、交渉において重要なのは不安を悟られないことだとは承知していた。
……一拍の間。
時間にして、恐らくは十秒も経っていないだろう。
だが、二人の間に漂っているのは、互いに真剣を突きつけあっているような緊迫感。
そのせいで、飛鳥には永劫のようにすら感じられる時間だった。
そして――
「ほう……考えましたね?」
一本取られたとばかりに女神は薄く笑った。
◆
「あなたの推測通り、私は『ルフェリア』へ介入することは出来ません。管轄外であり、大きく力を制限されるのです。精々出来るのは、自分の管轄下の魂を送り届けるぐらいですね」
「……やはり、ですか」
「TRPGとしての『メイク・ワールド』の世界観を覚えているでしょう?」
――創造神に見放された剣と魔法の世界。
その一文が飛鳥の脳裏にすぐさま浮かんでくる。
てっきり今日までは単なるフレーバー的な一文でしかないと思い込んでいたが……。
「あれは実際に管理者がいないからなんです。だから、一介の魔道書なんかに容易く操作されてしまうわけで……。まあ、あなたがそこまで考えていたかどうかはわかりませんけどね」
「あはは……」
図星を突かれ、飛鳥は苦笑い。
とはいえ、賭けに勝ったのは間違いない。
女神も咎めるのではなく、どこかやんわりとした雰囲気でふふっと笑う。
あたかもそれは聖母のような愛おしさを含んだものだった。
その笑顔に安心したからか、飛鳥は胸元を握りしめていた手を放すのだが、途端にまた別の疑問が浮かんでくる。
「ふと思ったんですが、女神様が『メイク・ワールド』を使えば干渉できない問題も解決するんじゃないんでしょうか?」
「いえ……あれは、邪神を呼び出すために使用者を誘導し、『ルフェリア』へと介入する魔道書なのです。魂を喰らうのも、元はといえば準備が整った状況で邪神へと捧げる為。ですから、私が使っても何の意味もないでしょう」
……つまり、飛鳥は用済みになったから喰われそうになったということらしい。
もしかしたら、邪神を呼び出すためには、クエストをクリアしてしまうプレイヤー自体が不要だったのかもしれない。
それだけ説明して、女神は口元に手を当てて考え込む素振り。
だが、すぐに思考がまとまったのか、飛鳥の方を向いて口を開く。
「……そうですね。『責任』というのはフェアではありませんでした。元はといえば、あなたは知っていて魔道書を手に取ったわけではないのですし。そして、その上でお互いに相手に望むことがあるのも事実です。だから、『取引』をしましょうか」
◆
「では、こうしましょう。邪神が復活する可能性の根絶、または討伐――そのどちらかを成し遂げれば、あなた方を蘇生し、元の世界に送り届けるとお約束します。それだけの偉業を為せば、多少の魂の穢れは払われ、人間界に舞い戻っても問題は生じないでしょうから。これなら、文句はないですね?」
「ありがとうございます!」
女神の提示した条件は、飛鳥にとって願ったり叶ったりのものだった。
飛鳥は、頬を綻ばせて頭を下げる。
……が、すぐに問題点に思い当たり、申し訳なさそうに口を開いた。
「大見えを切っておいてあれなんですけど、僕たちはただの高校生です。到底異世界で戦えるとは思えません」
「その点は心配ありませんよ。言う機会が失われていましたが、あなた方は生身の肉体で『ルフェリア』に転移するわけではないのですから」
「……どういうことですか?」
――生身ではない?
飛鳥の頭に浮かんだのはロボットのイメージ。
剣と魔法の世界にはとても似つかわしくないそれだが、鉄の城ともいえる肉体であれば頼りにはなりそうである。
「……違います」
そんな飛鳥に、呆れたような女神。
「あちら側に存在するプレイヤーキャラクターの肉体へと憑依させるんです。あなた方にとって、慣れ親しんだ存在なのだから然したる抵抗もないでしょう。その上、一般人とは比べ物にならないほどの実力を秘めています」
女神の言うとおり、『ヴェルダー』のキャラクターたちは、長期間プレイしたこともあり『メイク・ワールド』の最高レベルまで到達しようとしていた。
邪神と真っ向勝負を挑めばまず勝ち目はないが、信徒相手に復活を阻止するぐらいは余裕に違いない。
やること自体は元のクエストと変わりないのだ。
いや、ゲームマスターの飛鳥がクリアに向けて全面協力する分、断然難易度は下がるはず。
「でも、元の人格なんかはどうなるんです?」
「彼らはいわばあなた達の分身ですから。乗っ取ってしまうのではなく、一つに戻るようなものだと考えてください。だからこそ、『ルフェリア』に干渉できない私でもあなたがたを送ることが出来るのです
――それならば……問題ないか。
飛鳥はそう判断して頷いた。
「納得していただけたのなら幸いです。……あ、そうそう。干渉が不可能な以上、あちらで死んでしまえば生き返られせることは出来ません。気を付けてくださいね?」
「……肝に銘じておきます」
「では、そろそろ夢から覚める時間ですよ。後もつかえていますしね。……健闘を祈ります」
飛鳥が決意を込め無言でうなずくと、女神が気障にぱちんと指を鳴らす。
それと同時に世界が色褪せていき、光を失っていく。
恐らく目覚めのときなのだろう。
飛鳥はそう納得しようとして――ふと、違和感に気づく。
「……ってちょっと待ってください! 僕がTRPGをやっていたのはゲームマスターとしてであって、プレイヤーキャラクターなんて作っていません!」
女神は何か思い違いをしているのかもしれない。
このままでは、魂だけが送られてしまうのでは――?
そう危惧して、大声で訴えた。
「大丈夫ですよ。ちゃんとあなたの器はそこにいますから」
だというのに、彼女は変わらず微笑むだけである。
――どういうこと!?
問い詰めたくて、飛鳥はなんとか目覚めぬよう堪えようとした。
だが、全くの無意味。
無慈悲にも彼の意識は覚醒していき――。