二十一話 時効だったー
「……これでいいかな」
路地裏の隅。
飛鳥は縄で気絶した暗殺者の手足を縛りつけると、拘束が解けないか軽く引っ張ってみた。
……かなり強固に結ばれている。
ちょっとやそっとではびくともしないのは間違いない。
ついでに、タオルで猿轡もしておいた。
相手は上位職なのだ。
低位の呪文を習得している可能性も捨てきれず、警戒しておいて損はないだろう。
魔法には適性が必要。
それが『ルフェリア』における常識らしいのだが、一目見ただけで相手の適性の有無を判別するなんて、飛鳥には土台無理な話だった。
彼女はミスがないか指さし確認すると、暗殺者を適当なところに転がした。
そして、壁――つい先ほどまで、飛鳥が剣戟を受けていた位置のすぐ近くである――にもたれ掛かっていた真一の方へと向き直る。
「待たせてごめん。終わったよ、真一」
「……なんで、こんな結び方を知ってるんだ?」
飛鳥が軽く手を挙げながら声をかけると、真一は若干引き気味だった。
「?」
小首を傾げる飛鳥。
結び目からだらりと伸びている縄を引っ張ってみるが、特におかしなところは見受けられなかった。
――特に変な結び方はしていないはずだけど……。
所謂、亀の甲羅っぽいアレとか。
手と足を括り付け、Mの形に開かせるアレとか。
いや、別に飛鳥にそういう趣味があるわけではないし、やり方など知る由もない。
とはいえ、後ろ指をさされる様な縛り方はしていないはずだ。
「普通の高校生は縄で人を縛り付ける方法なんて知らないと思うぞ。少なくとも、俺は知らん。健斗も……いや、あいつはなんか知ってそうで怖いな」
どうやら、真一が気になっているのは、あまりに丁寧に手かせ足かせを作ったことについてらしい。
「ああ、そのことなら、数週間前にゲームのため調べたことがあったんだよ」
この世界へと飛ばされる原因となった、イナンナが登場するシナリオより少し前。
彼らはまた別の連続シナリオをプレイしていたのだが、途中で『ヴェルダー』の面々がクエストに失敗する事態があった。
盗賊のアジトに忍び込んだところ、『危険感知』に失敗してしまい、不意を突かれてあまりにもあっさりと全滅したのである。
敵側の目的もあり、何とか命だけは奪われずに済んだ。
かといって、手放しで解放するのもあり得ない。
結果、次のシナリオは、三人とも手足を拘束され牢屋に入れられた状態でスタートすることになった。
しかし、ここで一つ問題点が浮上する。
ルールブックの『メイク・ワールド』には、手足を縛られた際のペナルティについて詳しいことが書いていなかったのだ。
だから、飛鳥はどれだけ動きづらいのかを自分の身を以て確かめた。
流石に自分で手を縛るなんて器用なことは不可能で、流石に足首だけに留めておいたが……。
それでもちょっとやそっとでは外れないくらい上手く縛ることが出来たと自負している。
今回は、あのときのちょっとした応用したまでのこと。
「……あのとき、そんな馬鹿なことしてたのかよ」
飛鳥の解説を受け、真一が呆れたように言った。
とはいえ、彼女には反論することが出来ない。
実際、ロープで試したこともあり、翌日は足首が痛くて仕方がなかった。
内出血した部位とスニーカーの履き口が擦れ合うたびに顔を顰めていた記憶がある。
話しているうちに思い出してきて、飛鳥は無意識に自分の足へと手をやった。
だが、すらりと伸びた真っ白な足にそんな痕跡なんて残っていない。
今の身体はイナンナのものなのだから当たり前だ。
「あはは……自分でもそう思うよ」
どうしてそんな単純なことを忘れてしまっていたのだろう。
自分でも不可思議に感じ、飛鳥は笑って誤魔化した。
真一も、そんな飛鳥に釣られたのか苦笑いを浮かべるのだが、すぐに表情を一変させてぼそり。
「やっぱ、本当に飛鳥なんだよな……」
「うん……?」
あの日、真一は間違いなくイナンナに乗り移った自分を見たはずだ。
だというのに、真一がまた同じようなことを言うので、飛鳥は怪訝に感じてしまう。
「いや……全く別人の姿だからな」
「それを言ったら、真一も同じだよね?」
飛鳥も真一も――転移した四人は生粋の日本人だ。
校風が厳しかったこともあり、髪を染めたりなんかもしていない。
だが、今の真一は黄金色の髪に青の瞳と、非常に日本人離れした容姿をしている。
異世界の冒険者、シグルド。
それは、かつての自分とはかけ離れた――しかし、一つの理想を具現化したもう一人の自分である。
自分の想像で作り上げた肉体という点に関してだけは、飛鳥も真一も変わらないだろう。
そんな想いを込め、飛鳥は彼を見つめるのだが
「……まあ、それはそうなんだが」
真一はなんとも煮え切らない態度を取るばかりだった。
「何を心配しているのかわからないけど、僕は間違いなく飛鳥だよ」
――そういえば、人と喋っていて僕って口に出すのは、久しぶりかも。
飛鳥は、ふとそう考える。
シアが近くにいては少女らしい口調を使わねばならないし、バッツたち相手のときも「私」で通していた。
一方、真一は元の自分を知る幼馴染ということで、気兼ねなく話せる数少ない相手である。
他の友人たちと違い、呼び捨てかつ、遠慮のない口調なのがその証左。
久々に自然体でいられる相手を見つけた。
飛鳥はそんな気持ちだった。
だが、そんな穏やかさも長くは続かない。
「言っとくが、あの後大変だったんだぜ」
ぽつりと真一が言った。
気絶させた暗殺者を捕縛した後、雑談に話題が逸れてしまったため、現状報告をするタイミングが流れてしまっていた。
友人たちは何処に行ったのか。
どうして真一は治安の悪い場所に入り浸っていたのか。
……その引き金は間違いなく自分の行動で、故に飛鳥はその全てを聞き届けなければならない。
「……うん」
だから、答えはその一言だけ。
飛鳥は服の胸元をきゅっと掴んで頷いた。
そして、真一は目を細めると、ゆっくりと語り始めた。
うっ血するぐらい縛るのは合意の上でも駄目、絶対




