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二十話 ひとつ飛ばし再会

思うところがあったので書き直しました

 飛鳥が向かった路地裏は、道幅が精々三メートル程度しかなく、仄暗さも相まって非常に見通しが悪かった。

 鼻を突くのは生ごみが腐ったような匂い。

 じめじめしていることもあり、お世辞にも快適とは言い難い。


 だが、この道はスラム街に続いていて、おおよその中間地点に盗賊ギルドが存在している。

 先の話によれば、真一に関する情報を得るのに最も手っ取り早い選択なのは確かだし、どうせならシアと合流して情報の共有も行える。


 そんな、一石二鳥の考えに基づく行動だったのだが――。


 飛鳥は背中の剣に手をやると立ち止まる。


「……何の用でしょうか?」


 続けて振り返り、暗闇に向けて凛とした声を上げた。


 ……何者かに、明確な悪意を以て後を付けられている。

 『危険感知』の判定に成功し、そう気づいたのは路地裏に入るより少し前。


 それでも足を止めなかったのは、てっきり街のごろつきが相手だと考えていたからだ。


 少女が人目の付きにくい物陰に向かったのだ。

 その上、大量の金貨も手にしている。

 悪漢からすれば鴨が葱を背負って現れたようなものだろう。

 幾つもの店をハシゴしたこともあって、狙いを定められていてもおかしくはない。

 

 とはいえ、自分の魔法の腕ならば、街のチンピラ程度は極めて穏便(・・)に事を収められるはず。

 自惚れではなく、レベル差という客観的な事実に則した行動だった。


 しかし、どうやら様子がおかしい。

 『危険感知』スキルのおかげで三人だと数はわかっているが、全くといっていいほど足音や息遣いがしないのだ。


 イナンナは、ワイバーン程度ならば一太刀で葬り去ることの出来る魔導剣士(ルーンナイト)である。


 だというのに、一切の気配を感じさせないなんて、たかだかごろつきが可能なのだろうか?

 イナンナは、『聞き耳』といった探索系のスキルを所持していないとはいえ……。


 もし、それだけの実力があるのなら、ごろつきなんかに収まっている器ではないのだけは確かだった。


 ならば、考えられるのはもう一つの可能性。

 用があるのは、偶然路地裏に迷い込んだ少女ではなく、飛鳥――いや、イナンナ(・・・・)個人に対して。


 そして、その推測はどうやら正解だったようだ。


「…………」


 不意打ちは不可能だと悟ったのだろう。

 虚空から、三人の男が無言で現れた。


 全員、中肉中背の特徴のない体格に、目元以外が包み隠された覆面。

 すでに臨戦態勢を取っており、左手にはすらりとした反りが深い片刃の剣が握られている。


 配置は飛鳥の正面に一人と、斜めの右と左に一人ずつ。

 三方を退路を断つ形で囲んでおり、例え感づかれていたとしても、逃すつもりはさらさらないらしい。


 ――忍者、みたいだ。


 油断しているわけではないが、彼らを見て最初に飛鳥が考えたのは、そんなどうでもよいことだった。

 もっとも、『メイク・ワールド』において、そのような職業(クラス)は存在しない。

 身のこなしから推測すれば、どうやらシアと同じ暗殺者(アサシン)のようだ。


「貴様、イナンナ……だな?」


 正面の男が、覆面越しにくぐもった重低音で語りかけてくる。


 ――違う……なんて嘘をついても無駄なんだろうなあ。


 威圧を込めたそれは、確信をもって問いかけてきているのが飛鳥には理解できた。

 彼女の緋色の髪はとても目立つため、言い逃れはまず不可能。

 ならいっそ、早々に認めてしまい、少しでも情報を引き出す方が効率的に違いない。


「……そうですよ?」


 それに、恐らく彼らはバイモン教団の一員である。

 手間が省けたと考えれば好都合だ。


 ……なんて飛鳥はたかをくくっていたのだが。


「貴様の持った神器……渡してもらうぞ!」

「……えっ!?」

「問答無用!」


 思わぬ台詞と共に三方向から襲いかかられ、飛鳥の反応が一瞬だけ遅れた。

 致命的とまでは言わないまでも、彼女のことを不利にする、ほんの少しだけの隙。

 予定では、開幕で魔法による目くらましを行うつもりだったのだが、数で劣る乱戦となっては呪文を唱えている暇などない。


 正面からの一太刀を剣で受け止めると、背後からの追撃を身を捻ることで何とか回避する。


 一対多で最も恐ろしいのは死角からの攻撃を受けることだ。

 飛鳥は壁に背を預けようと、体勢を崩しながらも通路の端へと駆け寄った。


 無論、暗殺者(アサシン)たちからすれば、みすみすと見逃す理由もなく。

 壁へと向かうまでの間、追撃が飛鳥を襲う。

 三人が連携しての、息をつく暇もない矢継ぎ早の攻撃である。

 

 剣と剣がぶつかり合う金属音が路地裏に響き渡るが、それで捌けるのは一本だけ。

 残る二本は、完全な回避にまで至らない。

 外套の裾が引き裂かれ、大きな穴が開く。


 ……痛みはなかった。

 なので、怪我はしていないのだろう。


 飛鳥は壁にぺたりとへばりつくと、暗がりの中、目視している余裕もないので漠然とした状態確認のまま攻撃を捌き続けていく。

 背後から切りつけられる不安は解消されたとはいえ、襲いくる刃は猛攻としか言いようがない。


 完全にイニシアチブを取られてしまっている。

 これだけ手数が違えば、防御しつつ反撃に転じるのは難しい。


 だが、このままではじり貧なのもまた事実。


 ――こうなったら、肉を切らせて……!


 数で攻めるタイプの暗殺者(アサシン)相手なら、一撃を喰らっても致命傷にはなりえない。

 返す刀で仕留めれば何の問題もないはずだ。

 痛みを恐れていては始まらないと飛鳥が覚悟を決め、一転攻勢に出ようとした瞬間。


「お前ら……!」


 何処からともなく割り込んだのは金髪の少年だった。

 小剣で()の攻撃を受け止めると、軽々と振り払う。


「そいつに手を出すっていうなら、俺が相手になるぞ……!」


 少年は目を細めると――低く、唸る。

 怒号と共に、暗闇でも煌めきを失わない金が揺らめいて。

 ビリビリとした、威圧。


 決して、飛鳥の方へとは向けられてはいない。

 全てが暗殺者(アサシン)三人に集中しているはずだ。

 だというのに、飛鳥はひりつくような感覚を覚えてしまう。


 ぞわぞわとして、鳥肌が立つ。


 このような圧迫感は、ワイバーンや目の前にいる暗殺者(アサシン)と戦っている時ですら感じなかった。

 もっとも、たじろいでしまうほどではないが――。


 しかし、近くにいる飛鳥がこれだけの殺気を受けているのだ。

 本来の対象である彼らからすればたまったものではないだろう。


 途端に動きが緩慢になり、剣戟も精彩を欠いていく。


 ――これは、『威圧』スキルでも使ったのかな。


 確か、聖騎士(パラディン)が習得できるスキルの一つで、自分より格下にプレッシャーを与え、行動判定にマイナス補正を与えるものだったはず。

 余程のレベル差があれば追い払うことも可能で、自身にターゲットを向ける『挑発』とは対照的なスキルである。


 暗殺者(アサシン)三人を一度に影響下に捉えてしまうあたり、流石はレベル9(・・・・)最高ランクの聖騎士(・・・・・・・・・)といったところだろうか。


 ……今度は飛鳥が相手の隙を突く番だった。

 動きを止めた暗殺者(アサシン)に対し、すかさず手にした剣による刺突を繰り出した。


 掠めたのは右腕。

 鮮血が飛び散って、意表を突かれた暗殺者(アサシン)が苦悶の呻きを上げる。

 続けざまに少年も、顔面へと盾による打撃を容赦なく叩きこんだ。


 気持ちがいいほどのクリーンヒット。

 暗殺者(アサシン)が意識を失って崩れ落ちる。


 たったの一人でも動きを止められたのなら、飛鳥にとっては十分だ。

 剣に魔力を纏わせ、受け止められても剣ごと圧し折れるよう、『魔力剣』の構えを取る。


 数の利点も失われ、実力においても飛鳥たちが勝っている。

 流石に勝算がなくなったと踏んだのか、残った暗殺者(アサシン)たちは後ろへと跳躍すると、暗闇へと消え去った。





 ……二人だけになった路地裏は、やけに静かだった。


「……お前な、どこ行ってたんだよ。心配したんだぞ、飛鳥」


 飛鳥の方へと向き直ると、少年は照れ隠しなのか、左目にかかるほどの長さの黒髪を掻きながら言った。

 精悍な面立ちと、鋭い青の瞳が露わになる。

 街中ということで鎧は装備せずに私服のようだが……それ以外は、あの日(・・・)見た姿と全く同じだった。


 ……彼の名は、シグルド。

 『ヴェルダー』の前衛の要として、仲間を守り抜く盾。


 だが、それは『メイク・ワールド』、ひいては『ルフェリア』においての話である。


「……真一、久しぶり」


 宿った魂の名は真一といい、この世界に飛鳥と共にやって来た内の一人。

 そして、飛鳥にとっての幼馴染であり、唯一無二の親友だった。


「……積もる話はあると思うんだけど、まずは気絶しているうちに縛ってしまおうよ」


 もっとも、なんとも締まらない再会の仕方ではあったが。

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